第30話 デトラグの町で王子と異常接近!
「ねえ、この町って枕教が浸透してるの?」
「知らないよ、この町に住んで十年だけど、そんな名前の宗教見た事も聞いた事も無いよ?」
町の住民である幻覚ちゃんにも覚えがないらしい。
「あーでも宿のお客さんから聞いた事はあるかな。他の町では〝とりあえず寝るべし〟っていう宗教があるって、もしかしたらそれが侵攻してきたのかも?」
何だその宗教は、是非入りたい。
「違うよお嬢ちゃんたち、これはその宗教のシンボル的なものじゃないよ」
一人のお爺さんが話しかけてきた。さっきまで枕をありがたがって拝んでいた人だ。
「あれはつい最近まで王都で、光姫様が愛用されていたお枕様じゃよ」
はあ、なんだ? 光姫様って。
「光姫様はこの国を守っておられる、とても偉いお方じゃな。ワシら草を食って生きているような一般人なんかは、とてもお目にかかれない高貴なお方じゃ」
「聞いた事もないわね。なんなのその変なヤツ。あなたは知ってる?」
「私も全然知らない。私たちモグラを食べて生きているような一般人なんかは、とてもお目にかかれない高貴なお方なのかも」
私もその変な一般人の仲間なのか。自分では普通のお嬢さんだと思ってたよ。
皆はきったない枕を拝んでいる。オッサンが寝てたと考えた方がしっくりとくるその枕は、二つに折れ曲がりあちこちが汚れていた。臭そう。
あれ涎の跡じゃないかなあ、バッチイなあ。
でもププっ、こんな風に自分が噛り付いてた枕を晒されるなんて、光姫様とやらも災難だ。本人が知ったら死にたくなるだろう。
「そのありがたーいお方愛用のお枕様が、王子様の計らいで国宝として各地を巡回中なんじゃ、ありがたやありがたや」
「ふーん」
って、げ! 王子だと!? ま、まさかその辺にいたりしないだろうね?
慌てて周囲を警戒するが、町の雑踏は一国の王子がいる雰囲気は無さそうではある。でも油断できない、ホラーは突然降ってくるのだ。
「あ、リンお姉さん、あそこにいるの王子様じゃないかな」
うわーいやがったあああああああ!
私はすぐさま頭から手ぬぐいを被り顔を隠した、ほっかむりである。
「だ、だめだよリンお姉さん、ありがたいお方の枕なんか盗んじゃ。国宝なんだよ?」
「泥棒スタイルじゃないわよ! 誰があんなバッチイ枕を欲しがりますか、あんなのに頭を乗せて寝るとか、脳がおかしいんじゃないかって神経を疑うレベルよ。そうじゃなくて、こっち来て」
幻覚ちゃんの手を引いてすぐさま雑踏の中に紛れる。
王子がちらっとこっちを見たような気がする、生きた心地がしない。
「王子様って素敵だよね、リンお姉さん。イケメンだし王子様だし優しそうだし王子様だし金持ちだし王子様だし金持ちだし」
大事な事は二回言うスタイルなんだね。
うっとりとしたような乙女の目になった十歳児に残酷な現実を知ってもらおうか。
「そんないいものじゃないわよアレは。あいつ私の片腕を切り落とそうと狙ってて、私をオモチャにして遊んだ後で埋める計画を立ててる恐ろしいホラーなんだから」
「あわわ、何しでかしたの、リンお姉さん」
「それが王子の馬車の前にうっかり飛び出しちゃってさあ」
「ひいい! そんな恐ろしい事! リンお姉さんは人でなしの極悪人じゃないの、人として最低です」
幼女に罵られた。悲しいようなちょっとだけ嬉しいような。
「でも安心してリンお姉さん、私チクったりしないから、モグラ仲間を売ったりしないからね!」
いつの間にそんなおかしな仲間になっていたんだろうか私は。
「モグラ仲間は鉄の兄弟!」
何かの自警団かな?
煙突掃除とかしたくなってくるな。
「ちょっとそこの女性、こちらに振り向いて頭の布を取ってもらえないだろうか」
私の後ろから地獄の声が響いたのはその時だった。
ホラー王子が真後ろにいる……ええい索敵機は何をしていた! 妖精の村から利根四号ちゃんを借りてくればよかった!
「ぶしつけで申し訳ないが、顔を見せてくれると助かる」
やばいやばいやばい、近づいてくる、私の後ろから絶望が近づいてくる。
ガタガタ震えだした私を、フィギュアちゃんと幻覚ちゃんが見上げている。
「お姉ちゃんモグラのお姉さんだから、太陽の光に弱いんだよ。私早く帰ってお姉ちゃんとお人形遊びがしたい! ねえねえお姉ちゃん早く行こう」
「おほほ、そうね妹ちゃん、さっさと帰りましょう。ほっかむりを取ったら太陽光線で死んでしまうわね」
わざと高い声色を出して誤魔化しながらその場を後にする。
「殿下、どうされましたか? あの怪しそうな女が何か」
「いやよい、ただの仲良し姉妹のモグラのお姉さんだったようだ」
王子が駆け寄った兵士と去っていく。
助かった! モグラのお姉さんで助かった! モグラのお姉さんって何?
「ねえリン、モグラのお姉さんって何?」
私の疑問に同じ疑問を被せてこないでフィギュアちゃん。
九死に一生を得た私は、急いで幻覚ちゃん家が経営している宿屋へと向かった。
時々兵士や町の人たちが怪しがって私たちを見ている。
そりゃそうだよね、ほっかむりをした女が、幼女と一緒に慌てた様子で先を急いでるんだから。完全に通報レベルだよ。
手ぬぐいは後でせめてお花の柄のやつにしよう、どうせならもうちょっと乙女的に可愛くありたい。
「ここだよ! ようこそ我が樫の木の宿へ!」
清潔そうないい宿だ。掃除も行き届いているし、王都で私が寝泊りしていたきったない安宿とは雲泥の差がある。あそこの枕はもううんざりなのだ。
「お父さんただいま! お客さん連れて来たよ、モグラのお姉さんだよ」
「おかえりスージー、これはいらっしゃいモグラのお姉さん。話は聞いています、歓迎しますよ」
「遅かったわね、どこかで道草してたでしょう。モグラのお姉さんに町の案内でもしてたの?」
幻覚ちゃんのお母さんは先に帰っていたようだ。
でも私はモグラのお姉さんといくら呼ばれても返事はしませんからね、何故なら私はモグラのお姉さんではないからです。
「しばらくお世話になります、モグラのお姉さん、じゃなかったリンナファナです」
次回 「くっそやばい依頼」
リン、動くフィギュアちゃんを一人芝居だと思われていて涙目になる




