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第2話 王族が私の腕を斬りに来た


 次の日の朝、私は安宿の固いベッドの上で目が覚めた。

 固い枕が濡れている。


 あんまり悔しくて、悲しくて、涙で枕を濡らした。

 わけではなくてこれは涎だ。


 本当は仕事に行く用事も無くなったので、お昼まで寝ていてもよかったんだけど目が覚めてしまったのだ。

 お腹が空いて殆ど眠れなかったんだ!


 朝方うとうととステーキにかぶりつく夢を見ていて、噛り付いた固い枕の感触に目が覚めた。

 最悪である。どこぞのオッサンが寝ていたであろう枕に、乙女がキスをしてしまったのだ。


 オッサンのハゲ頭に、可憐な乙女がキスをする図を想像して気分が沈んだ。

 実際にはハゲ頭にゾンビが噛り付いている図が正解なんだろうけど、女の子は想像図でも色々とフィルターをかけなければいけないのである。


 あーそれにしてもお腹空いたあー。


 何とかお金をゲットするしかない。

 取り合えず、昨日餞別にありがたく頂戴した高級酒と壷を売りに行くか。


 荷物を抱えて雑貨店に向かう道すがら、食べ物かお金が落ちてないか隈なく探索する。

 因みに私の探索能力はゼロである。


 お金発見! と見つけたのは王冠の形をしたビンの蓋だった。取り合えず手に入れとくか。

 がっかりしながらつい道端に生えている雑草を見つめてしまう。


 こいつ……食えるんじゃ。


 穴が開くほど雑草を凝視していると、後ろから声をかけられてビクンと身体が跳ね上がった。


「どうしたお嬢ちゃん、学校の宿題の植物観察かい。偉いね」

「あはは、そうなのよ。綺麗なお花が咲いてるなーって、頭に飾ったら似合うかなーって、おほほほ」


「うんうん、女の子だねー」


 去っていくオッサンの後姿を見送りながら、胸を撫で下ろした。

 あっぶねー! 声を掛けられるのがあと一秒遅かったら雑草をモリモリ食べてるとこだった。危うく女の子を捨てるところだったよ。


 だいたいこんな道端の雑草を食べられるわけがないじゃない、ドレッシングも無しに。




「うーん全部で八ゴールドだねえ」


 雑貨屋のおじさんが、私が持って来た高級酒と壷を鑑定して発した言葉がこれだ。


「たったそれだけなの? それ高級酒だよね」

「確かに高いお酒だけど、水を足してかさ増ししてあるねえ」


 誰の仕業だ!

 アレンタ君はお酒を飲まないから、剣士か魔術師か。あいつら~。


 そこで私は三日前の出来事を思い出したのである。

 躓いてビンを倒して中身を半分零した事を、バレないように水を入れた事を。


 私だったわ!

 三日前の私、今現在の私に謝れ。さー潔く謝れ。


「こ、この壷は? 高そうなんだけど」


 気を取り直して壷が安い査定なのを抗議する事にした。

 以前高級店で似たような壷が高値で売られてるのを見た事があるんだ。


「確かに物はいいんだけど、呪われてる」

「は?」


「だから呪われてる。呪いを解除すれば高く売れるけど、解除代が高い」


 呪いのアイテムだったか……これを嬉しそうに買って帰ってきたのはアレンタ君だっけ。

 あいつ何を掴まされてるのよ、危うく私が呪われるところだったじゃない。


「よく呪われなかったな、ラッキーだったなお嬢ちゃん」

「はあ」


 で、合計で八ゴールドかあ。

 これじゃ今晩の安宿にも泊まれないよ、安宿は十ゴールドなんだよね。


「お願いおじさん、もうちょっと色を付けて、お願いじまず!」


 雑貨屋のおじさんの手を取って可愛くお願い攻撃だ。生きるか死ぬかなのだ、必死である。

 こういう時に可愛い女の子は人生で得をするである。パーティーからは放り出されたけど、今はあえてそこは考えない。


「し、仕方無いなあ、ここで野垂れ死にされても掃除に困るしな。肩を三十分ばかり揉んでくれたら十ゴールドだ、これが限界」


 勝った! 追放されて一日、ついに私の勝利のターンきた! 

 結局働かされている事はこの際脇に置いといて、なんとか安宿一泊分を確保できた! 私は勝った! あはははは!


『ぐう』


 だけどご飯は食べられない。

 冒険者ギルドで薬草むしりだか草むしりだかの仕事でも探すか……




『ブヒヒーン!』

「どうどう!」


 ギルドまで空腹のお腹を抱えて歩いていると、危うく馬車に轢かれかけた。

 危なかった! 危うくパンケーキみたいに潰されるところだったよ、パンケーキ……お腹すいた。


 ほっと一息ついたのもつかの間、私はいつの間にか兵士に囲まれて剣を向けられている。

 何これ? パンケーキの切り分けかしら? 私の取り分はあるのかな?


「おい小娘。殿下の馬車の妨害をするとは不届き者が、叩き斬ってやるからそこに直れ」


 うわー王族の馬車でしたこれー。

 どうしよう、土下座するか。もしくは最上級謝罪の土下寝でなんとか許してもらえないだろうか。


「待て待て下がれ。リンナファナ嬢ではないですか、お怪我はありませんか」

「あ、はい殿下」


 馬車から降りてきたのはこの国の第一王子だ。名前は……忘れた、なんだっけこの人。

 殿下は怪我をしているかもしれない私を、優しくお姫様だっこで抱えてくれた。


「リンナファナ嬢も今夜の晩餐会には出席されるのでしょう? 貴女に似合うドレスは用意させています、とても楽しみですよ」


 晩餐会! ご馳走!

 そうだった、今夜は食べ放題会、じゃなかった晩餐会にお呼ばれしてたんだ。勇者パーティーが、だけど。


「殿下、そいつはもう、うちのパーティーをクビになったゴミですよ」


 馬車からぞろぞろと降りてきたのは、私以外の勇者パーティーの面々だ。

 魔術師が少し腰が引けた歩き方をしているのは気のせいか、何か棒的な物がお尻にでも刺さったのだろうか。可哀想に。


「どういう事だ?」


「そのゴミは何の役にも立たない疫病神で、勇者にくっついてただけのオマケなんですよ。ようやく昨日成敗して追い出したところです、もう勇者パーティーとは無縁のその辺の雑草ですよ」


「そうか」


 剣士の言葉を聞いて殿下が私を地面に落とした。全くの躊躇なしである。

 いったー。


「あの、ご馳走とかドレスとかは」

「雑草ごときが私に口をきくな。この平民の無礼者が」


 そうなりますよねー。

 あんたついこの前までリンナファナ嬢、リンナファナ嬢ってお花だのお菓子だの贈ってくれてたじゃないの。ザコだとバレたらこの扱いですか、そうですか。まあ、私も名前覚えてないんだけど。


「今までに免じて私の馬車の通行の邪魔をした事は、腕の一本で許してやる。大人しく片腕を切り取られて、汚らわしい貧民街にでも消えよ」


 王子の言葉に兵士が剣を振りかざして迫ってきた。これだから王侯貴族は嫌いなのよ、平民は虫けら雑草と同じなんだから。


「さあ、左でも右でも好きな方を前に突き出せ、お前に選ばせてやるぞ」


 立ち上がりながら元仲間たちに救いを求めようと視線を送ると、剣士と魔術師はニヤニヤ笑ってて、私なんてどうでもよさそうである。


 アレンタ君は私を見て王子を見ておろおろしている。この優柔不断な勇者に、王子なんて物体に意見するなどという行為ができるわけもなし、ありゃー詰んだわ私。


 ぶるぶる震えながら利き腕ではない左腕を前に突き出す。涙で滲んで見えるのは私の細い華奢な左腕だ、もうすぐお別れだね。

 兵士の剣が振られたと同時に私は尻餅をつき、切っ先がすれすれの空間を切り裂いた。


「避けるな。もう一度だ、立って腕を突き出せ」


 腰が抜けて立てないよ。


「殿下そろそろお急ぎを」

「ふん、まあよい、特別に見逃してやろう。私の寛大さに感謝するがよい、次に見かけた時に続きをしてやる」


 寛大な有り難い王子たちは、馬車に乗り込むとそのまま走り去って行く。続きはまた今度って見逃す気無いんじゃないの。

 王子が乗り込む際に隙を見てさっき拾ったギザギザ王冠(ビンの蓋)を、ピーンと指で弾いて馬車の座席に滑り込ませておいた。


 精々お尻に丸い痕でも付けるがいいさ、あっはっは。

 笑いながら身体が震えてくる、涙もどんどん溢れてきた。


「お嬢ちゃん大丈夫だったかい」

「危うく腕を切り落とされるところだったねえ」


 町の人Aと町の人Bが私を立たせてくれたが、その言葉にビクっと震えてしまう。

 ビビッて腰が抜けて運よく尻餅をつかなければ、腕を切り落とされていた――


 危なかったよ!


 落とされた腕をくっ付けるのに、いくらかかると思ってるのよ!

 超高等治癒ポーションなんて王族くらいしか買えないんだからね!


 次回 「あなたたち、その内見てなさいよ!」


 リン、パーティの勧誘をする

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