第139話 世界は笑顔がいいんだよ
帰る途中で町に寄った時だった。
私が取った宿の部屋に女の子が転がり込んできたのだ。
カリマナである。
「リン、聞いてよ!」
「そんな奥さんの世間話みたいに突然話を繰り出されても。どうしたの何でここにいるのさ」
「リンに会いに来たんだよ。おばば様がリンは今日この宿に泊まるって教えてくれたから」
おばば様何者なの、怖い怖い。
「ねえ聞いてよ!」
「な、何があったのさ」
「カンケンのやつ、隣の奥さんに色目使ってさあ」
よし殺すか。
「こんな可愛い若奥さんがいるのにありえないよね」
「それで家出してきたんだ。それとも冒険者の私に討伐依頼かな? ようし腕がなるぞー」
待ってなさいカンケン君。
久しぶりに遊んであげるからね。全力出しちゃおうかな。
「違うよ、私も冒険者になってリンのパーティーに入りに来た」
「ちょ、ちょっと待って。家はどうすんのよ」
「大喧嘩した後で書置きして出てきたから大丈夫。私中等火炎爆発魔法を覚えたんだよ。火炎大車輪とか大得意なんだから」
あ、それ厨房を爆発させる魔法だ。
「やっぱり私は夢を叶えたいんだよ、まだ一六だもんね」
「若いなちくしょう」
「何言ってるの、リンもまだ十七じゃない」
「カリマナの夢って?」
「私の夢はねえ――私の夢はねえ――」
カリマナが立ち上がって手を大きく広げた。
「私の夢はねえ、リンと一緒に世界を冒険する事! 私はやっぱり、リンと一緒に冒険がしたいんだ!」
やばい、私の目から涙が溢れてきて止まらないよ。
四年前、カリマナはこの夢を抱いて私の後を追ったんだ。
私と冒険がしたいって私の後を追いかけて来たんだ。
そして一度命を引き取った。
あの時のお別れ、もう二度とカリマナは笑わないんだと絶望した、あの時の事がずっと私のトラウマになっていた。
でもカリマナ笑ってる、目の前で笑ってる。
再び夢を叶えようと私の前で笑ってる。
「カリマナああああ」
私はカリマナに抱き着いて泣いた。
「お母さんも行って来いって、姉妹で思いっきり世界に羽ばたいて来いって」
カリマナはそう言いながら私の頭を撫でてくれる。
ああ、懐かしいよ。これはカリマナの匂い。これは家族の匂いだね。
――今日、我がモブパーティーにメンバーが一人増えた――
そこはとある町の大きな酒場だった。
ハンバーグステーキが絶品と聞いて、フィギュアちゃんとカリマナとで食べに来たのだ。
因みに他のパーティーメンバーは冒険者ギルドに仕事を探しに行っている。ギルドに顔を出せない私は、ここでお留守番というわけなのである。
相変わらず王子が私を狙っているみたいだからねえ。
酒場は大勢の冒険者のいろんな会話が聞けるので楽しい場所だ。
私はお酒は飲まないけどね。
「結局勇者パーティーは全然使えないポンコツパーティーになったな、なんだったんだあいつら」
「最初こそは快進撃を続けてたのになあ、何処で地雷を踏んだんだろうなあ、俺たちも気をつけないとな」
「転がる記録だけは世界記録を出したんだろ?」
「その点は凄い」
アレンタ君たちは連戦連敗を続けているらしい。町のごみばこに勇者グッズが捨てられているのを、たまに見つけては供養してあげているのだ。
おばば様が新しく発売した転がる勇者のオモチャは子供たちに大人気のようで、いろんな道で転がっては馬車に踏みつぶされる光景がよく見られるよ。
「王子殿下は未だにどこぞの女の尻を追いかけているらしいぜ」
「絶対に取り戻してみせる! って元カノかなんかかね」
私以外にも追いかけられて迷惑している女性がいるのね、無事その人が逃げ切れますように。
「それよりも聞いた事あるか? 女神を連れたとんでもないパーティーの噂」
「ああ、あちこちで伝説になってるんだろ。ルーアミル殿下と仲が良くて、姫殿下の強大な後ろ盾にもなってるって」
「俺は異国の姫騎士とその従者って聞いたな」
「神出鬼没で誰も正体がわからない、クノイチと隠密ニンジャ集団だろ」
「あらゆる魔物を蹴散らし、吹き飛ばし、この国を襲った災害を退けて、悪魔もボコったらしい」
「やべーな、ケルベロスとかどうしたんだよ、軍隊でも勝てねーぞあんなん」
「姿を見ただけで悪魔が吐いたって。ホウキで掃除するのが大変だったらしい」
「ドラゴンを使役して何百もの精霊を飛ばすんだろ。出会ったが最後という話だ」
うわーどこのバケモノ集団よ。
そんなおっそろしいパーティーがいつの間に蔓延っていたとは。絶対に遭遇したくないわね、私たちなんて二秒で消し飛ばされるわよ。
「俺も聞いた事あるぞ。そんなパーティーがいるから、危なくて強大な帝国の皇帝も侵略軍隊出すの躊躇してるってさ」
「隣のダスキアルテ王国も王城に殴り込みに来られて、城を破壊されたという噂もあるみたいだ」
「邪神も倒して、魔王を泣かせたってよ」
「もうそれ、勇者パーティーなんじゃねーの?」
しかしアレンタ君たちが沈没したら、ちゃんと別の勇者パーティーが生まれるもんなんだねえ。
世の中上手くできてるわ。
まあうちとは関係ないけどね。
モブ男君たちが冒険者ギルドで拾ってくる依頼がショボいのばっかりで、未だにDランクパーティーのままなんだもん。
大きなモンスターを倒しても、ギルドを通していない事が多いんだよね。
そのうち怒られそうな気もするけど、お金のやり取りしてないから大丈夫かな。
おかげでいつも金欠パーティーなんだけど。
「あ、リン! 美味しい依頼があったよ! ほらこれ〝男爵のお嬢様の猫ちゃん捜索〟」
「今度は男爵んちの猫? それってさっきから私の膝の上に乗ってる、このピンク色の猫の事じゃないの?」
まさかこの猫もドラゴンなんて言わないよな。
「まず色からして怪しいよね、リン」
「まあ、乙女的にピンクだから許せるかな」
「さすがリンだね、ゼロ時間で依頼終了だよ!」
「それじゃ、皆もご飯食べなよ。すいませーん注文いいですかー?」
「私もデザート頼んでいいかな」
「私も!」
なるほど、仕方ないな。
カリマナの提案にフィギュアちゃんが速攻で乗っかったので、私も仕方なくデザートを頼むことにした。あくまでも仕方なくだよ?
ふむ、仕方ないから、この一番大きなケーキにしておこうか。
ウェイトレスさんを呼んであれこれ注文を終えると、モブ男君がニコニコ笑顔で私に言った。
「リンは凄いよ! この前だって悪魔人王を半分に折っちゃったもんね!」
いえ、私はコロッケを揚げようとしただけなんですけど。
三日後、私は最近友達になった真央ちゃんの家に遊びに行った。私が珍しく名前を覚えた人物である。
ちょっと遠いけどドラゴンに乗せてもらったのだ。
「やっほー真央ちゃん、遊びに来たよー」
「だからわらわはそんな名前じゃねーし、魔王だって言っとるじゃろ」
「だから真央ちゃんでしょ?」
「もういいから、帰れよ」
「遊ばないの?」
「うん、まあ、遊ぶか。何して遊ぶ? 世界征服ごっこでもするか?」
「魔王撃滅ごっことか」
「魔王城粉砕ごっこも面白そうだよリン」
「もうお前ら帰れ」
「魔王様、先程お客様が注文された魔王城ハンバーグでございます」
「来たー、ありがとう執事さん!」
「お前、いつの間にそんなものを頼んどったのじゃ」
美味しいんだよこのレストランのハンバーグステーキ。
「そうじゃろうそうじゃろう、わらわが人間界で食べたハンバーグに感動して開発した至福の、ってレストランじゃねーわ!」
「いっただっきまーす」
もちろん、真央ちゃんの分もちゃんと注文してあるよ。私も鬼畜ではない。
私の分はフィギュアちゃんと半分こだ。
真央ちゃんは私がハンバーグを食べるのを見てため息をついた。
「お前、本当に楽しそうな笑顔で食うのな。その笑顔を見てると、他の事などどうでもよくなってくるわ」
そういう真央ちゃんだって満面の笑みでハンバーグを食べてるじゃないの。
真央ちゃんも笑顔、私もフィギュアちゃんも笑顔、それを見ている執事さんも笑顔。
みんなが笑顔がいいんだよ。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
当初の予定だった邪神の封印が終わりましたので、ここで締めます。
またリンの笑顔が書きたくなったら、ちょろちょろ書くかも知れません。
余談ですが、作者の中では光姫は〝コウキ〟と呼んでました。
でも正直〝ヒカリヒメ〟でも〝シャインなんちゃら〟でもなんでもいいと思ってます。
それではまた!