第136話 めんどくさいなこの邪神!
「夢を奪われたら人々はどうなるの?」
『混沌の闇の中で朽ちていくのだ、そこに転がっておる者たちのようにな。そ奴らはもう意識が戻らぬ。混沌の闇から戻ってくることは永遠に無い』
は? ふざけないでよ、モブ男君たちが戻ってこない?
モブ男君やモブ太君の笑顔や、メガネ君のメガネがもう見られない?
他の人たちも混沌の闇で朽ちていく?
今まで出会ってきた沢山の人たちの笑顔が浮かぶ。
いつか私とパーティーを組むって言ってくれたロリっ娘ちゃん
強くなってみんなを守るのが夢だって言っていたミーナスちゃん。
高等治癒魔法を覚えるのが夢だと笑ったジーニーちゃん。
モグラ横丁を作ってモグラレストランでモグラバーガーを売り、モグラ協会を拡大するのが夢の幻覚ちゃん。
世界のお饅頭を集めるのが夢の、利根四号ちゃんと妖精のみんな。
いい国王になろうと頑張ってるお姫ちゃんや金髪縦ロールちゃんや黒髪ちゃん。
娘たちが世界に羽ばたくのが夢だと言ったカナ。
本当は私と一緒に冒険がしたかったカリマナ。
みんなの笑顔が、みんなの夢が浮かんでは消えていく。
そのみんなが夢を失って、闇の中から戻ってこない……だと。
そんなの許せるわけがないじゃない!
ふざけるな――!
「ねえリン、喉乾いた。ハーブティー飲もうよ」
え、このタイミングで?
「も、もうちょっと待てないかなフィギュアちゃん。今いい感じで盛り上がってたんだけど」
「やだやだ喉乾いたし、水筒やコップを早く使いたい!」
うーむ困った。だだをこねるフィギュアちゃんが可愛い。
『どうした小娘、先程からの様子、己のこれからの境遇に絶望したのか。御主も早く闇に飲まれるがよい――』
「話の途中だけど、ちょっと休憩してハーブティーを飲んでもいいかな?」
『ふぁ?』
話の腰を折っちゃって申し訳ない。
『何を言っておるのかわからぬ』
「だから私が闇に飲まれるんじゃなくて、私はハーブティーを飲みたいの」
「闇に飲まれるとか今どきダサいよね、若者のトレンドはハーブティーだもん、おっさんも勉強しなよ」
『なんか腹立つなこいつら』
とりあえず火を起こそう。えーとどうやって火を起こせばいいんだ。
そうだ、メガネ君のメガネを借りて着火!
『ほう、最近はそのような火を起こす道具が発明されておるのか。二百年前は高等地獄火炎爆発魔法で火を点けたものだが』
お茶を飲む度に山が吹き飛ぶわ!
邪神に火を貸してもらわなくて正解だった。
メガネ君のメガネに関しては何も言うまい。説明がめんどくさいからだ。
お湯を沸かして、私が摘んだハーブを入れて、んーいい香り。
やっぱりこの草を選んで正解だったわね、私の神眼のなせる業よ。
「はやくはやく」
フィギュアちゃんが、新しい小さなコップを平らな石の上に置いてわくわくしてる。
やっぱり新しいコップを使うのは、気持ちが浮き上がるよね。
じゃ私も、とコップを取り出して石の上に置く。
二個買ったんだっけ、どっちにしようかな……
あらやだ、ついうっかりコップ二つともに注いでしまったわ。
お花の柄のコップとリボンの柄のコップ、乙女としては一つに絞れずに悩むしかなかったのよね。
注いでしまったものは仕方ない。
二杯も飲むのは乙女的にはしたないし、ここは一つこの場の全員にお茶を勧めるのが乙女としては正解だろう。
「邪神も飲む?」
『余に茶を献上しようというのか、良い心がけだな。御主たちの最後の茶に付きあってやろうとするか、余は寛大なのだ』
「リボンとお花とどっちにする?」
『どちらでも構わぬが、ふむリボンにしようか』
邪神はリボンがお好きと。
『勘違いするでないわ! どちらでも構わぬと言ったであろう!』
少し赤くなったような――黒いからわからん――邪神にリボンの柄のコップを渡す。
出来上がったハーブティーを一口飲んでみる。
あ、これいい味してる。どことなくふわっと甘くて優しい味だ。
「美味しいねリン」
フィギュアちゃんも小さなコップで満足そうだ。
『ふむ、スッキリとした味わいだな。だが余はもっと混沌とした味を好む。が悪くはない』
邪神もまんざらでもなさそう。
『勘違いするでないわ! 悪くはないと言っただけだ!』
めんどくさいなこのおっさん!
おっさんかどうかも定かじゃないけどさ!
これを飲んだら終わりか……この邪神をとても私では倒せそうにはないもんね。
賢者はどうやってこの黒いのを封印したんだろうか。
「邪神にも弱点とかあるの? どうやったら封印できるの?」
『それを聞いても小娘には何もできぬぞ。その術はもはやこの世界では失われておるからな。だが冥途の土産に聞いて行くがよい』
邪神はそう言って笑った――気がした。黒いからよくわからない。
『かつて伝説の聖薬エレクシミリオンというのがあってな。どこで誰がどのように精製したのかはわからぬ聖薬だ。賢者は二百年前に、世界に残されていた最後の一本を使ったのだ、それでも賢者の力では余を二百年眠らせるだけだったがな』
「なるほどなるほど、その〝ペ薬〟とかいうお薬が必要なんだね」
『エレクシミリオンだ、何をどう聞いたらそれが〝ペ薬〟になるのだ』
「気にしなくていいよ、名前が長いから略しただけだからさ」
『全然略になってない気がするのだが、気のせいだろうか』
どこかに転がってないかしらそのお薬。
次回 「最後の晩餐はハーブティー?」
フィギュアちゃん、スポイトで遊ぶ
本日、最終話まで投稿します
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