第131話 モブ太君は温泉回を諦めていないらしい
「どうですか、ご満足頂けましたかな」
国王一行が食堂に入って来た。
乙女がゆっくり食べられるように配慮してくれていたのはありがたい。
王侯貴族にがん首揃えられて見つめられる中で、生のお芋を丸かじりしなくて済んだんだから。
「ええ、とても珍しい物を食べさせて頂き感謝いたします。それでは私はそろそろお暇いたします」
さ、とっとと帰って美味しい物を食べようっと。
「え? 帰ってしまわれるのか?」
帰るに決まってるでしょ。生のお芋の渋い感がまだ口の中に残ってるのよ。
「どうだろうか、あなたは我が国に引っ越ししては頂けないだろうか」
「おお、陛下。それは実に素晴らしいお考えです。そうすれば我が国の繁栄間違いなしですな」
突然の申し出に思わず後ずさる。
つまり、私に人質になれという事ではないか。王侯貴族とはそういうものだ。ただで捕まえた人たちを返してくれるなんておかしいと思ったんだ。
「是非、我が国の礎となってもらいたい」
地中に埋めるきたー!
何故王侯貴族は私を地中に埋めたいのか!
「こ、断ると言ったら……?」
この場で斬られる?
さっきの騎士のおっちゃんは私を真っ二つにするとか言ってたっけ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
私の心が不安で揺れる音だ。
ん、違うわね、お城が何故か揺れている気がする。
あーこれ、塔とか折れるやつだ。この城も手抜き工事やってるのか、どこの業者を使ってるのよ。
『ドドオオオオオ――ン』
「うわー火も使って無いのに厨房が爆発した!」
「ま、まてまて、何か勘違いされておるようだが、お引っ越ししてくれたら嬉しいなーくらいだ。金銀財宝もスイーツも思いのままだぞ」
金鉱や宝石鉱山に埋めるという事かな!
金鉱の土の中で、『ウヒヒ、お前が食うのは生のお芋だけだ』っていうわけね!
「南の塔が折れました!」
「大変です! 陛下の秘蔵美少女フィギュアコレクションの箱を開封したら、全てからおっさんの人形が出てきました!」
「のおおおおおおおお! 違うんだ、使者殿には好待遇を約束するつもりなんだ!」
一体、何が起きてるのよ!
突然侵略してきて大変な目に遭った町の人や村の人やお姫ちゃんたちの事を考えると、この王様には不信感しかないんだよね。
「他国から輸入したチーズがネズミに全てパクられました!」
「他国に足元見られて高い金額を払わされた、高級クッキー詰め合わせもやられました!」
「頼む使者殿、もう帰ってくれんか」
何だかよくわからないけど意外とあっさりと私を外に通してくれたので、そのまま待機していたブチ猫に背中に乗せてもらった。
「それでは皆さんごきげんよう」
「うむ、約束は必ず果たそう。これ以上この国の食事がポンコツ化するのは何としても避けたいからな」
「怖ろしい相手でございましたな陛下」
私を乗せたブチ猫はもの凄い速さで町を駆け抜け野を駆けた。
もらったお魚パワーかもしれない。
「恐ろしい国だったねリン」
「うん、あの食事では私は生きられない」
国境を越えた私たちは、やがて焼きいもタルトの村に着いた。
「やれやれ帰って来たよ」
「着いたねなんとかかんとか村」
「焼きいもタルト村だよフィギュアちゃん」
「カツアワ村だね。お帰り二人とも」
村ではモブ男君たちが出迎えてくれた。何故か周りに子供たちが群がっていて、三人とも大人気の様子だ。
「ごめんね留守番させて」
でも感謝してもらいたい。一緒に行ったら生のお芋を丸かじり修行が待っていたのだから。
「村の小さい子供たちの相手をして、こっちはこっちで楽しかったよ」
「この方々には子供たちが剣術を教えて貰っていましてな、とても助かりました」
へー、モブ男君は人柄もいいし、子供に好かれるよね。
「アイドル論も叩き込んだブヒ。子供たちの将来が楽しみだブヒ」
未来の余計なアイドル戦士を生産しないでもらえるかな。
「メガネ術も伝授していました、将来が楽しみです」(メガネくいっ)
メガネ術ってなにかな? また新しい単語が生み出されてるんだけど。
私は早速村の長老に、連れ去られた村の人たちや猫が帰ってくる事を伝えた。
全部で二万人くらいいるらしいから、村から村、町へと知らせて欲しい。
「さすがだねリンは! こんな短時間で連れ去られた大勢の人たちを取り返してくるなんて!」
いえ、私焼きいもタルトの文句を言いに行っただけなんですけど。
ついでにこの村の職人家族と猫を連れて帰ろうとは思ってたけど、こんな大ごとになるとは思って無かったんですけど。
「今日はもうすぐ日が暮れるし、この付近で宿を取ろうと思うんだけどいいかな」
「耳寄りなお話があるブヒ。この近くの村には、なんと温泉があるんだブヒ!」
へーそうなんだー。
モブ太君キラキラ、再びだ。
「申し訳ないんだけど、今日はさすがに疲れちゃった。このままこの村の宿ですぐに寝たいよ、ごめんね」
「何故ブヒ! 何故温泉回の神様は、我々に温泉回をもたらしてはくれないブヒか!」
何の神様だって?
キラキラを失ったモブ太君の肩を、メガネ君がぽんぽんしている。
「温泉回は来ませんでしたが、メガネ回は来ると信じて明日を生きていきましょう」(メガネくいっ)
そんな回は来ないけどね! ……来ないよね?
はあー疲れた、焼きいもタルトは食べられなかったけど、何万かの人が助かったのならそれでいいや。
借りたベッドの上で伸びた私は、そのままお休みー。
次の朝、出発しようとしていた私たちの所に女の子がやって来た。
「あの、お姉ちゃん。お隣のペコちゃん家を助けに行ってくれてありがとう。この前ペコちゃんのお母さんに教えてもらったのを、思い出しながら作ったよ。これお礼にお姉ちゃんにあげるね」
彼女の手の中の包みには、焼きいもタルトが燦然と輝いているではないか!
形は不格好だけど、美しい。
「ありがとう、大切にするね」
「食べないとカビが生えるから」
そうだった! 危うくとんでもない悪事を働くところだったわ。
これを五等分して。
「メガネの人たちの分もちゃんとあるよ」
なんと、女の子は頑張って大きな焼きいもタルトを作ってくれたのだ。
余裕で十個くらいに分けることができる大きさだ。
「せっかく来てくれたのにすまんなあお嬢ちゃん、職人がいなくて素人作しか用意できなくてな。でもこの子も一生懸命作ったんでそれで勘弁してくれ」
とんでもない! これは今までに見た中でも最高の部類の尊いお菓子だよ!
焼きいもタルトは私たちパーティーと、作った女の子、それを手伝ったであろう数人の子たちで分けた。
そしてそれぞれが半分に割って近くにいた村人たちに分けていき、ちょっとした焼きいもタルトパーティーが出来上がった。
私もフィギュアちゃんと半分こにして食べる。
「いっただっきまーす!」
口の中に焼きいもタルトの甘い味が広がって、これはもう幸せな笑顔になるしかないじゃないか。
みんな笑顔、私も笑顔、フィギュアちゃんも最高の笑顔で食べてるよ。
早く職人家族が戻って、元通りの村になって、美味しい焼きいもタルトを食べられるようになるといいね。
「それじゃあ私たちは行くね。美味しい焼きいもタルトありがとう」
「私、焼きいもタルトの職人さんになる事に決めた!」
頑張れ! また食べに来るからね! その時はモブパーティーも増えてるかも知れない。
「じゃあねー」
「モブパーの皆さん! バンザーイ! モブパーバンザーイ!」
後から聞いた話だと、焼きいもタルトを笑顔で食べる群衆像が村の中央に建てられたらしい。
焼きいもタルトは平和の象徴のお菓子になった。
次回 「メガネ回? そんなものは来ぬ」
リン、華麗にスルーする