第130話 メシマズ国は伊達じゃなかったわ!
「なにぶん物が物だけに、我が国とてまだ準備ができておらぬ。少し猶予をくれぬか、わしが責任を持って必ず送り届けさせるゆえ」
さすがに今ここで焼きいもタルトを出せと言われてもそりゃ無理か。
私も鬼じゃないんだし無理強いはやめておこう。
それにこの王様も焼きいもタルトを高評価しているみたいだし、価値のわかる人は素晴らしいよね。
仕方ないからタルト職人家族と猫だけでも返してもらおう。
「それでは連行された人々の返還をお願いします」
「何の話だ?」
「軍の連中が住民を連れて来た事でしょう。美味しい料理が作れる女の子とか、我が国の兵士からしたら憧れの存在ですからな」
「他にも料理が作れそうな人材は片っ端から連れて来てしまった状態でして」
「どのくらいおるのだ」
「二万人くらいはいるかと」
に、二万?
ブチ猫に乗れるかしら。
「わかった、数が多いので今日明日というわけにはいかぬが、こちらも責任を持って帰郷させよう」
「猫もお願いします」
「猫? 何かわからんが猫も犬もハムスターも全て返そう」
「これで全てかな? 使者殿」
「ええ、まあ。返して頂けるというのなら、それでいいですけど」
なんだが話が大きくなったなあ。そんなに連れて行かれてたとは知らなかったよ。
「賠償金請求に捕虜返還の使者。誠にご苦労様でございます、あなたは国の恩人となられましたな。さすがは光」
焼きいもタルトを食べたかっただけなんだけど、何がどうなったのかよくわからない。
わかった事はただ一つ。
今日中には私は焼きいもタルトを食べる事ができない……
王様たちが私に色々と何か言っているようだが、もはや私の頭には入ってこない言葉だった。
「焼きいもタルト……」
「芋? 使者殿は芋を所望しておられるのか」
「すぐにオヤツを用意させよ」
私のつぶやきを拾った王様が、私にオヤツをプレゼントしてくれる流れ来たー!
焼きいもタルトは今日はもう諦めた。しかし、この国のお芋スイーツを食べて帰ろうじゃないか。
私はただでは帰らない美味しい物漫遊者なのだ。舐めんなよこの私を。
わくわくした私は食堂に案内された。フィギュアちゃんも私の胸の中でわくわくしている。二人で美味しい物食べて帰ろうね。
ブチ猫はお魚を貰って満足そうだ。お魚を渡す係の人は青ざめてるけど、何もしないから大丈夫だよ。
「失礼いたします。お待たせしました」
遂にお芋スイーツの登場だ!
給仕さんが運んできたお皿が私の前に置かれた。
おわかりいただけただろうか、私の顔から〝?〟がポンポンっと二個出たのが。
お皿の上には、丸ごと乗せられた生のお芋に砂糖をかけただけの物体が乗っていたのだ。
なんだこれは、いやまだ食べてみない事には評価はできない。何事もチャレンジする事が大切である。
「い、頂きます」
一口齧ってみる。
硬くて齧れない。ゴリっと無理やり齧ると渋みが口に広がった。
「フィギュアちゃんも齧ってみる?」
「いらなーい」
手に砂糖の粒を何個か取ってまた私の胸元へと帰って行く。
「こ、これは一体……」
「我が国の伝統的なスイーツでございますが?」
メシマズ国は伊達じゃなかった!
せめてスライスするとか、細く切るとかスティック状にするとかしなさいよ! 丸ごとってなんだよ!
こりゃ戦争してでも美味しい物を食べたいわけだわ。
とにかく出された食べ物は意地でも食べないと、出した人にも食べ物にも失礼だ。
フィギュアちゃんという援軍を絶たれた今、私は孤軍奮闘でこのお芋と戦わなくてはならないのか。
ゴリゴリゴリ。
シャクシャク。
「おほほ、自然な素材を生かした風味がとても美味しかったです」
自然そのものだけどね!
一応食べ物なので食べられない事もない。生のお芋もよく噛めば、じわじわと美味しいのだ。丸ごとなので顎も鍛えられるかも知れない。
「おかわりもございますが」
「遠慮させて頂きます」
何とか片づけたのに、ここで増援を投入されてたまりますか。
乙女がお芋を二個も三個も丸かじり出来ますか。
「乙女は一個でも無理だと思うよリン」
お、乙女だって根性出せばお芋と戦えるのよ。
「あの、これを焼くとか蒸すとかした方がいいのではないでしょうか?」
私のふとした疑問に給仕さんが驚愕の顔をする。
「ひいい」
おい、ひいいって言ったぞ。
そんなとんでもない事を言ったのか私は。
「厨房で火なんか使ったら、爆発するじゃないですか!」
「どういう理屈ですか!」
まあたしかにうちの国でも、何かと厨房が爆発していた気もするけど。
この国ではそんなになのか。
「とにかく厨房は火気厳禁なのですよ」
厨房で火を使わなかったらどこで火を使うというのか。
「お庭に焚火で鍋に火をかけたら?」
「鍋が爆発します」
「焚火に串に刺したお魚をかざしたら?」
「魚が爆発します」
意味がわからない。
「お、お肉とかどうしてるんですか。生はだめですよ」
「日干しにしてジャーキーにします」
なんか辛うじて料理っぽいのもあるんでほっとした。
料理というか処理というか。
「たまに爆発します」
「爆発するのかよ!」
だめだ、この国のメシマズは私の手には負えない。
これが黒髪ちゃんの威力なのか違うのか、もしこれが黒髪ちゃんの破壊力なのだとしたら――
帰ってくれて本当に良かった――!
家に帰った黒髪ちゃん、いい子! 天使!
「原因はわかっているのですか?」
「さっぱりわかりません、もはやこの国の伝統と化しています」
良かった、黒髪ちゃんに疑惑の目は向けられていないようだ。
戦争では、単純に相手の国をポンコツ化する為に参加させられていただけみたい。
次回 「モブ太君は温泉回を諦めていないらしい」
リン、華麗にスルーする
生の芋を丸ごと丸かじりする地域の人がいたらごめんなさい
山芋とかは美味しそうです