第13話 緊急指令、王都から脱出せよ!
それは危機一髪だった。
第一王子が私にカチコミに来たと、ちょうど冒険者ギルドにいたモブ男君が慌てて宿まで知らせてくれたのだ。
そこからはもう大パニックである。
間違いなくこの宿もカチコミの対象だろう。ぐずぐずしていてはあっという間にとっ捕まって、片腕リンちゃんの出来上がりである。
荷物、といってもリュック一個しかないけどね。着替えと装備しか持ってないから身軽なものよ。
それを担いでいると下から『リンナファナの部屋はどこだ!』という王子らしき人物の怒鳴り声が聞こえてきた。因みに私の部屋は二階にあった。
「うわああああ! もう来たあああああ」
ドタドタドタと階段を駆け上がってくる音に焦りまくり、窓を開けてそこからダイブである。
仕方無いよね、お漏らししそうなほどビビったんだから。あ、してないからね。
モブ男君も一緒に落ちてきて足を捻ったっぽい私を抱きかかえて走りだした。
いきなりのお姫様抱っこに慌てたけど、今は自分の足に治癒魔法をかけて治す事に専念しよう。
宿屋が見えなくなった所で、ようやくモブ男君が私を降ろしてくれる。
人間は地に足が着いてないとやっぱり落ち着かないのよね。
町のおっさんたちが『ヒューヒュー』と冷やかしてうるさいし、他に娯楽は無いのかと問いたい。みんな暇なんだよね。
「大丈夫? 立てる? やっぱりすごいなあリンは、怪我してもサっと治してしまうんだもんなあ。正に冒険者の鑑だね」
私的には、二階から飛び降りても怪我しないそっちの方が冒険者っぽいけど。
二階から落ちてもピンピンしている女の子もかなり微妙なので、ちょっとした怪我くらいはしておきたいのだ。
「他の二人は?」
「ロドガルドは旅に出る前にノートの買い溜めに行った、ノートが切れると死活問題なんだって。プーはフィギュアのお店に行ったよ、一緒に旅をするフィギュアを買うんだってさ、いないとやっぱり死活問題なんだって」
ロドガルドとプー? 誰だっけ、ああメガネ君とモブ太君か。
あの二人の死活問題ってなんだろうか。
「町の門で待ち合わせてるからさ、僕たちも行こう。その前にリンは何か準備しておく物はない? 死活問題的なやつ買っておいた方がいいよ」
私にはそんな物はありません。
強いて言うとキスリンゴかなあ、昨日買えなくて食べられなかったから案の定夜にうなされたんだよね。
起きた時に枕に噛り付いてて涎の跡が付いてたよ。
市場で夢にまでみた念願のキスリンゴを買って齧りながら通りを歩く。うんまあ普通のどこにでもある果物なので、夢にまで見る必要は無かったかな。食べたいと一度思っちゃったらしょうがないよねえ。
と、気がついたら私は一人だ。
しくじった。キスリンゴに集中しすぎて通りの雑踏の流れに身を任せていたら、いつの間にかモブ男君と逸れているじゃないか。
こうなったらもう、モブ男君を発見するのは至難の業だ。砂浜から砂粒を探すのは人類では困難なのだ。
門で待ち合わせって言ってたし、このまま門まで行けばいいよね。
兵士が走って何かを探している様子なのが見える。ひったくりや痴漢でも発生したのかな、私も気をつけようか。探し物は私じゃないよね、違う違う。
「いたぞ!」
兵士がそう叫んで指差したのは私ですか、そうですか。
逃げようと角を曲がったらそこにも兵士がいるじゃないか! 私は兵士たちに囲まれて建物の壁まで追い詰められてしまった。
本当なら町の中を逃亡中に果物屋さんに突っ込んだり、鶏小屋を破壊して鶏が逃げたりと、色々騒動があった方が冒険者っぽいのに簡単に追い詰められすぎでしょ私。
あ、でも考えてみれば町の迷惑にならなかっただけましか。
見れば私を追い詰めた兵士は、この前第一王子に命令されて私の腕をぶった切ろうとしてたヤツじゃないか。その顔は見たくありませんでした!
私を探し回っていたのは王子の護衛の兵士たちで、王子と手分けして捜索していたに違いない。
小娘の腕一本ごとき見逃してもらえませんか、何でそこまで執拗に追い詰めるのか。王侯貴族の動物狩りみたいなやつかな、私は獲物なんだね。
うさぎかな、リスかな。
可愛らしい動物を思い描いていると。
「大人しく同行して頂きましょう、殿下が探しておられます」
お肉の解体場ですか? 殿下をそのような場所にお連れするのは気が引けるので、辞退してもいいでしょうか。
「殿下からリンナファナ様を見つけたら、諭してくれるように言葉を仰せつかっております」
ななな何故だ。何故かこの兵士たちは私に敬語を使っている、私の名前に〝様〟まで付いた。
これはもしかして全然関係無い何かあるのかな。
例えば逃げた猫ちゃんを簡単に捕まえるのはどうしたらいいかの相談みたいな。そうか、さては王子はメーデン子爵のお嬢様を狙っているな。
私の片腕を切り飛ばす話とは関係無いのかもしれない。きっとそうだ、片腕は無関係なんだ!
「リンナファナ様、貴女にはこれから殿下の片腕として期待しています。大好きなハンバーグステーキも毎晩思いのままに、楽しい事も一杯やって遊びましょう。そして行く行くは国の礎となって頂きたい、と」
やっぱり片腕の件じゃないか!
ひいいいいい! 終わった――! 私終わった――!
片腕だけではなく、そこまで恐ろしい事を考えていたとは。
私を処刑する残酷な最終宣告に、思わすよろっと立ちくらみが。
「だ、大丈夫ですかリンナファナ様!」
兵士は慌てて私に手を伸ばす、ここでこの手に捕まったら試合終了だ。
あ、兵士と兵士の間に隙間発見!
一か八か! どうせ捕まったら処刑の身だ。私はそこに飛び込んで駆け抜けてみる選択に、全てを賭けるしかないのだ。
そう私の全身全霊の賭けだ! 私の十七年間を舐めんなよおお!
結論から言うと、あっさり捕まりました。
冒険者とはいえ今まで食っちゃ寝していた十七の小娘が、毎日訓練を欠かさない屈強な王都軍兵士に敵う訳がなかったのである。
「いっだあああい、ごめんなひゃい」
腕を捕まれた痛みと捕まったショックで、思わず叫び声と情けない謝罪の声をあげてしまった私に、兵士はびっくりして手を離す。
逮捕相手とはいえ、美少女の悲鳴にはそこそこのスタン効果があるに違いない。
「も、申し訳ありません! 思わず力が入ってしまいま――」
恐らく兵士は目の前から忽然と消えた少女に、脳が追いつけなかったはずだ。
なぜなら、私は脱兎の如く逃亡したのだ。
当たり前だ、一回捕まえた虫から手を離せば飛んで逃げるのが道理。
いや間違えた、乙女として例えを間違えた。小鳥だ、そう小鳥から手を離せば逃げるのが当たり前!
雑踏に紛れて兵士たちは何とか撒いたようね。よし、このまま門まで行って私は自由へと羽ばたくのだ!
どうか王子には見つかりませんように!
「リンナファナ嬢! 見つけた!」
なんてこった、王子に見つかっちまったよ。
次回 「とうとう王子に見つかった!」
リン、盛大な勘違いをして王子を泣かす
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