第124話 リン VS アケミン
「いよいよ雌雄を決する時が来たみたいね」
黒髪ちゃんはやる気まんまんのようだ。
やだなあ、わたしはただのか弱い一般人なのに。
「雌雄を決するってオスだのメスだの、どっちも女の子なのにね。ねえリン、あいつもしかして男の子なの?」
「そういう意味じゃないんだけど、そう言えば胸あんまりないね」
私は思わず疑惑の目を向ける。
「あんたに言われたくないわ! 女の子だよ!」
おいこら、私に言われたくないってどういう意味かな。
「たまねぎも返さないし、もう怒ったからね。オスになるのはお前だ! 食らえ!」
黒髪ちゃんが叫ぶと、また私の周りの空間がおかしい感覚に襲われた。
冷や汗がひどい。手ぬぐいで拭かなきゃ。
「リ、リン。それ手ぬぐいじゃないよ」
よく見たら、村長さんの柄のトランクスである。
乙女がトランクスで顔を拭くだと……危うく気絶するところだった。
「あっはっは! ざまー、あんたがオスだー」
「私の大事な手ぬぐいコレクションに何てことしてくれるのよ! これはモグラ退治の村で村長さんがくれた大切な――」
うん、とくに大切でもなかったか。後でモブ男君にでもあげよう。これダブってたやつだし。
「リン、大丈夫だよ。あっちの黒髪の子なんて、ふんどしで顔を拭いてるもん」
「ギャー! 何で私、ふんどしなんかで顔を拭いてるのよ! 可愛いお花の柄のハンカチを用意したと思ってたのに!」
黒髪ちゃんが気を失いそうになっている、踏ん張れ黒髪ちゃん! 試練に耐えろ!
「これはリンの勝ちだね」
「トランクスで顔を拭くのもふんどしで顔を拭くのも、乙女としてはどっちもダメージだよ!」
「くっ、これ程とは……すかさずオスを突き返してくるとは、さすがにやるわね……」
な、何がよ。
「雌雄を決するというのがこんなに恐ろしい物だとは思わなかった」
「迂闊に踏み込んではいけない、これではどっちも幸せにならない」
黒髪ちゃんの意見に私も同意だ。乙女は絶対にやっちゃいけない事の一つかもしれない。
殿方同士ならあるいは……いやいや、なにやら耽美な扉を開きそうなので厳重に鍵をかけておこう。
「どうする? 殴り合いをする?」
「それも殿方の世界だよ。殴り合った後で肩を組んで歌を歌うとか、いまいちイメージできないよ」
あくまでも私の中のイメージである。
「あんたがタマネギを返してくれれば、タマネギ合戦ができるのに」
遠慮しますよそんな合戦。あれは子供たちの栄養になるのです。
でもタマネギの弁償はしないといけないもんね、うーん、今手持ちが無いんだよなあ。
「タマネギの代わりにこれをあげるよ」
そう言って私は一つの包みを黒髪ちゃんに手渡した。
これは現在私が所持する品物の中で、最高級に素晴らしい最高級で最高級の最強の品なのだ。
「な、なによこれ」
「ハンバーガー」
私はドヤ顔である。さあ心して包みを開くがよい。
「はんばーがー?」
そう、さっき白猫がハンバーガーの村のお土産として持ってきてくれた品物である。
「これはね、ハンバーグをパンで挟んだ物だよ」
「なんだと!! ハ、ハンバーグをパンに挟むだと!?」
そうなるでしょ? 驚きを越える衝撃だよね。この子とは絶対に話が合うと思う。
驚愕の表情で包みを開けた黒髪ちゃんは、震える手でハンバーガーを口に持って行くと一口食べて満面の笑みになった。
うんうん、そうでしょうそうでしょう、と私もハンバーガーの包みを開ける。
因みにハンバーガーの包みはもう一つあったのだ。じゃなきゃ私、ハンバーガーを渡しながら気絶してるよ、もしかしたら死んでたかも知れない。
もちろんフィギュアちゃんと半分こである。
ロリっ娘ちゃんたちには後で村に連れて行ってご馳走してあげよう。
「こ、これは何よ一体。夢の食べ物ハンバーグがこんなお手軽に、しかも美味しい」
「この国の国宝だけど」
嘘は言ってないよね? だって国宝だと思うもん。
「この国が亡んだらこの国宝も亡ぶよ」
嘘は言ってないよね?
「そ、そんな……私は神の食べ物を滅ぼそうとしていたのか!」
愕然とした表情で黒髪ちゃんが膝をついた。
「そうだよ、そもそも何でこの国に来たのさ。あなたは軍とは無関係そうなのにさ」
私の問いに少女はこちらを見上げて来た。
見下ろすのは嫌なので、私も座る。
「だって、この国には美味しい物が一杯あるからって、美味しい物漫遊できるよって、この国に居座っちゃいなよって。戦争に勝ったら何でも食べさせてあげると言われたから来たんだよ」
「うーむ、食べ物で釣るとは実にやり方が汚い。そんなの抗えるわけがないじゃないか」
違うからね、私はハンバーガーで黒髪ちゃんを一本釣りしようとしてるわけじゃないんだからね。
思わずジト目で私を見ているフィギュアちゃんに弁解だ。
「だってダスキアルテ王国はメシマズなのよねー」
どこの国だよそれ、あ、隣国か。
覚えやすいようにペ国とかモ国とかにしてもらえないだろうか。
「何の味もしない豆を水で数十倍にふやかした物とか、パンに生魚を突き刺した物とか何の冗談なのよあれ。生のお芋を齧るとか、もはや料理という概念すら無い時があるのよ」
隣のペ国に旅行に行くのはやーめよっと。
このまま美味しい物漫遊で隣の国を訪問して、危うく犠牲になるところだったわ。
「もしかして隣国はメシマズのあまりに侵略して来たって事じゃないだろうね?」
ま、まさかあはは。
「うん? そうだけど?」
「そうなのかよ!」
そんな理由で戦争始めてんじゃねーわよ!
うう、でもちょっとわかってしまうのが凹む。
次回 「ポンコツ化! はーつどーう!」
リン、隣国軍をへし折る