第120話 決戦前夜は愚痴大会
フィギュアちゃんがお饅頭とタイマン決闘をしている間に話を進めなければいけない。ごくり、時間との勝負なのだ。
「隣国は光姫を引き連れてくるという話ではなかったのですか」
「わしも光姫が二人も同時に存在するのは、おかしいと思っていたのだ」
うんうんと公爵が満足そうに頷いている。
一人存在するのもおかしいわそんなわけのわからんやつ。
「光姫じゃなかったら何なのですか?」
「彼女は闇姫です」
なにそれ、光じゃなくて闇なの?
闇姫、くうう、なんだろう、このぞくぞく感は。心が震えるカッコよさがあるな。
『我が名は闇姫! 混沌を司る闇の使者なり』って言ってみたい。
光姫だとどうだろう、『わらわは光姫じゃ、ポンコツの運び屋なり』
うん、だめだこりゃ。
「闇姫は相手の国に押し付けると、その押し付けられた国がポンコツ化するという恐ろしい存在です」
なんて恐ろしい。こっちもポンコツの運び屋だったか。
うんこカードを互いに押し付け合うカードゲームを思い出したわね。私うんこカードを押し付けるの得意だったよ。
村では同世代の子供たちの間で〝うんこカードの運び屋リン〟として恐れられていたのよ、ふふん。
あれ? 当時はドヤ顔だったけど、もしかしたらかっこよくないんじゃないかって気がして来た。
「やっぱりリンってポ――」
何かを言いかけたフィギュアちゃんにすかさず次の刺客を送り込む。
早くも最初の敵を倒してしまったのか、次の決闘相手はダブル天まんじゅうだ!
フィギュアちゃんがお饅頭に挟撃されている間に話を進めよう。
「どういう存在なんですかそれ」
お姫ちゃんを見つめると、彼女は『うーん』と小首を傾げた。
「言ってみれば、貧乏神みたいなものでしょうか?」
「貧乏人の味方はしてくれないんですか、その人」
光姫はいるあいだは繁栄して、愛想尽かされていなくなったらポンコツ化だっけ。
そこに闇姫を押し付けられたら、ポンコツ化×ポンコツ化でこの国は物理的に半分に折れるんじゃないかな。
「ルーアミル殿下、これからどうなされますか。ここにいる数百の兵では何もできませんぞ。敵は恐らくこの町を重包囲しているでしょう」
「こうなったらあまり期待はできませんが、後方にいらっしゃるポンコツの兄上が、新しく編成した軍を率いて進出してくれるのを待つしかないでしょうね。兄上はポンコツですけど、それでもまだ望みはあります」
「そして一気に反撃に出るのですな。素晴らしい」
「ポンコツといえど、それが王族の務めですから。軍を率いて敵を粉砕してこその王家。私の兄上ならやり遂げてくれるでしょう」
「とても残念なお知らせがあります」
私はそう言ってお姫ちゃんの顔を両手で挟んで、とある方向に向けた。
そこには町の若い娘さんたちに対して鼻の下を伸ばしている、残念なポンコツの姿があるのだ。
「ねえ、殿下ぁー、私可愛いバッグとお洋服とお城が欲しいなあ、買ってー」
「私もリボンとお化粧品入れるポーチとダイヤモンド鉱山が欲しい、買ってー」
とんでもねーおねだりされてるぞおい。
最初の小物に対して最後のおねだりの落差が酷すぎる。
ぬるま湯から少しずつ熱くしていって、最後は茹でてしまおうという魂胆か。
めんどくさくなって一緒くたに熱湯ぶっかけてる気もしないでもないけど。
「おお良いぞ良いぞ、はっはっは。くるしゅーない」
承諾しちゃってるよ! 王族怖い!
ちょっと行って、私もリンちゃん専用ハンバーグステーキレストランでもおねだりしてこようかしら。
「あらあら兄上、何故この町にいらっしゃるのですか。ここまでのポンコツだったとは、私もびっくりして開いた口から涎が垂れてしまったではないですか」
「ル、ルーアミル違うんだ、これは私のポケットマネーから出す出費であって、国庫からは出さない」
「あらあらそんな話はしていませんよ。そこまで残念だったとは知りませんでした」
「このお嬢さん方とは潔白の関係なのだ。頼む、リンナファナ嬢には内密にしておいてくれ」
残念な事に、私も現在進行形で思いっきり目撃中ですよ王子。
無表情で王子に説教をしていたお姫ちゃんが戻って来た。
「ふう、私もこんなに激高したのは生まれて初めてです」
え? 激高してたの?
いつもと何も変わらない感じだったけど。
「怒ったら糖分が不足しました。もう一つお饅頭を頂けませんか?」
「どうぞどうぞ」
余っていた天まんじゅうは、私も利根四号ちゃんからたくさんおすそ分けして貰ったからいっぱいある。
天まんじゅうを食べながら愚痴大会を開いている会場に、侯爵と辺境伯たちもやってきた。
「皆様方、あちらで軍議の用意が整いました。軽く食事をしながら作戦会議をいたしましょう」
「たった数百の軍で作戦会議もくそもないけどな。あああー、リンナファナ嬢さえここにいてくれていたら!」
うるさいな公爵は。
私がいたらなんだってのよ。私に恋してんの? あなた奥さんいるでしょう。
お姫ちゃんがスッと頭に手ぬぐいを巻く。常備してたんですかそれ、さてはオシャレに目覚めたんですね。
「おや? ルーアミル殿下はどちらに? おかしいな」
不思議そうな顔をしながら公爵たちが去って行く。
「行かなくていいんですか? 貴族のおっちゃんたち行っちゃいましたけど」
「軍議なんて殿方に任せておけばいいのです。どうせ私はお茶を飲んで、勝っただ負けただ、今のは無しとするだの言い合っているボードゲームを眺めているだけですしね。部屋がタバコの煙でもうもうなんですよ」
それはきついだろうな、退屈だろうし。うんこカードを押し付け合うゲームなら得意なんだけど。
でも金髪縦ロールちゃんが連れて行かれちゃったよ。
「そう言えば、半分死んだ目をしていましたね」
「あらあら、ほっかむりを持つ者と持たざる者の差が顕著に出てしまいましたね。地獄の分かれ道というのは、こういった貧富の差で生まれてしまうのでしょうか。こんな怖ろしい世の中は変えなくてはいけませんね」
王侯貴族の間でも手ぬぐい一枚で貧富の差が出るとは思わなかったよ!
今度可愛いオシャレ手ぬぐいをプレゼントしてあげるからね、金髪縦ロールちゃん!
「では私は暇なので町の見物でもしてきますね」
お姫ちゃんが歩いて行くのを見送る。モブ男君がそれとなく王女の護衛に付いてくれた。うん、いつからいたんだろう。
心なしかお姫ちゃんの足取りが重いのは、やはり負け戦の後だからだろうか。
たぶん彼女は町の見物と言いながらも、あちこち破壊された自国の町の視察に行ったのだ。人々の様子も気になるに違いない。
この戦争はずっと負け戦だ。
このままいけばこの国は侵略されて滅びるだろう。
私に何かできるとは思えないけど、でもまあ、やるだけはやってみようじゃないか。
このままここでお姫ちゃんたちを見殺しにするなんて、私にはできないからね。
次回 「リン、反撃!」
公爵、あれはリンナファナ嬢か! と叫ぶ