第12話 王都を出る決意と王城
「王都を出る?」
「うん、実は王子に私の腕が狙われているのよ」
今朝も『猫ちゃんの捜索』クエストを終えたパーティーに、別れを告げる話をしたところだ。
猫ちゃんは本当に逃亡のプロだね、私にもその真髄をご教授願えないだろうか。
「確かにリンの腕が狙われるってのはわかる気がするよ。僕も欲しいもの」
「王族もその腕を買ってるんでしょう」
私は今、腕という言葉に恐ろしく敏感になっているのだ。
何? 私の腕って売買されてるの? あなたたちも狙ってるって……
飾るの? 食べるの? ホラーなの?
「どうした? 何青い顔してるのリン、具合でも悪い?」
「うわああああああ! それじゃみんなさようなら、元気でね!」
「あ、リン! 待って!」
私は必死に逃亡した。
王子の魔の手がこんな所まで伸びていたとは思わなかった。さすが王侯貴族だ抜け目がない。
しかし私はそう簡単には捕まらないのだ、さようならパーティーのみんな! キミたちの事は忘れないヨ!
これは私の自由への逃亡なのだ――!
「どうしたブヒか姫、ほらブヒ、新しいメイプリーちゃんのフィギュアが手にブヒ入ったから、姫も一緒に堪能するブヒ」
ちょっとあなたのブヒ、多すぎるわね。
あっさりブヒ太君に捕まった私は、小脇に抱えられたままでメンバーの元に連れ戻される事になったのである。
「よし決めた。僕たちもリンと一緒に王都を出るよ。不敬かもしれないけど王子にリンの腕は渡さない」
「い、一緒に逃げてくれるの?」
「ええ、貴女のその腕は私たちに必要なのです」(メガネくいっ)
「ひいいいい」
「腕以外にも足も可愛いブヒ」
「ひいいいい」
****
――その頃王城では――
「良くない話とは何か」
声を上げたのはこの城の主、すなわち国王だ。
この国の神事を司る神官長から、王都と国の行く末について報告が上がったのである。
国王の隣には第一王子も控えていた。
神官は世の中のありとあらゆる力の流れを読み取り、それを王に助言する役割を得ており、高レベルな神官ほどその読みは正確だった。
「はい陛下、どうも雲行きに怪しい兆候が出ております。今までは順風満帆に発展してきた我が国ですが、このままではその動きは止まるかと」
「どういう事か、原因はわかっておるのか」
「はっきりとした事はわかりかねますが、我が国にとっては光だった存在が我々の手を離れ消えていく、そんな流れを感じます」
神官の言葉に国王は絶句した。国の光が消える、これは一大事ではないか。
「〝光姫〟、か。神の御使いとも幸運の女神とも呼ばれる事があるようだが」
「もし光姫様が他国へと渡ってしまえば」
「他国はワッショイ。我が国はちんぷんかんぷんな状態になるわな。何が起きてもワケがわからない」
「はい、光が消えた反動で何をやってもサッパリサッパリ。トンチンカンでワヤクソになりますな」
国王と神官長の会話でズーンと静まった室内。光が消えると闇は更に暗くなるので仕方の無い話である。
第一王子はその雰囲気に耐えかねて父親に尋ねた。
「父上、いえ陛下。その光姫様というのはどのような存在なのでしょう。姫や女神というからには女性なのでしょうけれど」
「そなたにはまだ知らせておらなんだか。神官長頼む」
国王に促されて、神官長は第一王子の方に向く。
「私からご説明いたしましょう殿下。〝光の姫〟は数百年ごとに現れる伝説の存在で、国や人々に繁栄や奇跡をもたらす反面、不興を買えば全てポンコツ化して国家も傾くと言われています」
「ふむ、そういえば私も幼い頃にそのような伝承を乳母から聞かされた事があったな」
「どのような者、いえお方が光の姫であるのかは、はっきりとはわかっておりません。今までは勇者のご一行様が怪しいなーと思っておりましたが、最近はそうでもなく」
「勇者パーティーか。確かに今あそこには女性が在籍しているな、コムギ嬢だったか」
「はい、ですが勇者ご一行様からはもう光を感じられませんから、私の気のせいだったのでしょう。ただ、不吉な流れを感じた時に声が聞こえましてな、恐らく光姫様かと」
「ほう、声とな。してどのような?」
その言葉に国王も身を乗り出す。
「〝腕を切り落とされてたまるかい〟でございます陛下。恐らくどこぞのバカヤロウが、光姫様の腕を切り落とそうとしたのでしょう。ホント、ウンコみたいな輩でございます」
「なんとけしからん! そんな愚かな馬鹿者が我が国民に存在しようとは、親の顔が見てみたいわ!」
「全くです陛下! そんなウンコのお陰で光姫様が王都、そして国を離れようとしているなど実に嘆かわしい。国の一大事でございます!」
激高する国王陛下と神官長の隣で第一王子は、張り付いた笑顔のまま大量の汗を流していた。それはそれは大量の冷や汗である。
(え? この前まで勇者パーティーが関連してたかも知れなくて? 女性でしかも腕を切り落とす? それって)
思い当たることがありすぎた。
昨日も元勇者パーティーの女子を発見して、いっちょこの前の続きに手足の二、三本も切ってやろうかと馬車を止めたばかりなのだ。標的はとんでもない素早さで消え去ったので事なきを得たのだ。
「どうされたのですか殿下? おや、大量の冷や汗が」
「い、いや、国の一大事と聞いて、行く末を案じたら汗が噴出しただけでゴザイマス」
「何故私めなどに敬語を」
「うむ、動揺しておるのだろう。下がってよいぞ、少し休め」
「はい、そうさせてもらいますのでゴザイマス」
(まずい、まずい、まずい!)
国王の元から下がると、王子は大慌てで馬を走らせる。
目的地は冒険者ギルドだ。
「私は何と愚かなウンコだったのか! だいたい初めてあの子に会った時に、私の光だ! と直感したはずではないか。雑草とか言われて目が鈍ったか」
到着すると馬から飛び降り、ギルドの扉を開ける。
冒険者たちは突然の王族の来襲に驚いて固まっているようだ。
「リンナファナ嬢はどこだ!」
「え、えと、今日は朝の仕事を終えて、もしかしたら宿屋に戻ってるかも知れません」
「宿屋か、どこだ!」
ビビりまくっている可哀想な受付嬢からリンナファナの泊まっている安宿の場所を聞き出すと、きびすを返してそこに直行する王子。
そこは上半身裸の男が、ボリボリ股間を掻きながら廊下を徘徊しているような不潔な宿だった。
(くそっこんな所で!)
王子は受付から部屋を聞き出し突進、勢いよくそのドアを開けた。
「リンナファナ嬢!」
だが、そこはもぬけの殻だった。
毎晩リンナファナが抱きついて二つに折れ曲がった枕が、固いベッドの上に転がっているだけだったのである。
次回 「緊急指令、王都から脱出せよ!」
リン、兵士に見つかる
本日夜に投稿します