第119話 誰が火事場泥棒だよ!
新たに入った報告は、お姫ちゃんの反撃軍が隣国軍と交戦して壊滅したというものだった。
皆が余りの事に呆然としている。
フラグを立てちゃった貴族のおっちゃんは、今夜はご飯抜きだね。あーでもそんな事したら絶望して死んじゃうから可哀想かも。
「あああ~」
「なんてこった王女殿下」
「一体何が起きたというのだ」
「敵の竜騎兵部隊にやられたという事です!」
「くそ、またしても竜騎兵か。我が軍があちこちで撃破されているのは、ポンコツ化か竜騎兵だな!」
「こちらに援軍に向かっていたバコ軍も竜騎兵にやられたみたいだしな」
「やつらを何とかせんと、このままでは我が国は滅びかねんぞ」
ちょっと待って、バコ軍って金髪縦ロールちゃんだよね? やられちゃった? 聞いてないんだけど!
「それにしても、ルーアミル王女殿下には光姫の加護がついていたのではなかったのか」
そうよ、そこだよ。光姫なにやってんのよ、役に立たないわね。
「敵による我が軍へのポンコツ化の力と、光姫の加護が互いに打ち消し合ったのかも知れませんな」
「となると、竜騎兵の分だけ我が方が不利なわけか」
「決定的戦力差だった……」
竜騎兵か……そんな強いんじゃ、この戦争に負けちゃうのかも……
それから三日ほどしてこの町に、お姫ちゃんの敗残部隊がボロボロになってやって来た。
数万はいたという話の反撃軍も、今や数百と見る影もなし。
お姫ちゃんの傍には金髪縦ロールちゃんの姿もあった。
竜騎兵にボッコボコにされて泣きながら逃亡して、お姫ちゃんの軍に合流したみたい。
そしてそこでも竜騎兵にボッコボコにされて泣きながらこの町にやって来た、というわけなんだね。
踏んだり蹴ったりじゃないの。
うう、頑張れ金髪縦ロールちゃん。応援してるからね。
「だってあいつらろくでもないんですのよ。岩や炸裂魔法を仕込んだ玉を落とすだけならまだしも、飛竜のアレを爆撃してくるのよ! くっさ! ってなるから!」
うわーおっそろしいー。絶対に頭上に接近させたらだめなやつだ。
久しぶりに心の底から震撼した。竜騎兵、ふざけんな。
だからお姫ちゃんの副官さんが臭いんだ。
王女殿下だー! って駆け寄った町の女の子たちが『くっさ!』て叫んで逃げて、副官さんが遠い目で涙を一粒零してたっけ。
『くっさ!』
ありゃー、向こうでも貴族のおっちゃんたちにも言われてるよ、強く生きて副官さん。
私もあんな人生を送らないように、頭を守る為に手ぬぐいを巻いておこう。
オシャレにもなるし、飛竜のアレからも防御できるしなんて素晴らしいアイテムなのだろうか。
うわー副官さんこっち来ちゃったよ。
私は、人を傷つける人間にだけはなっちゃだめだってカナの教えを守らないといけない。よし、平常心平常心、にっこり微笑もう。
「くっさ!」
あ、副官さんが泣いた。
「ご、ごめんなさい、違うんです。っていうか今の私? 声に出ちゃってた?」
「ごめんリン、私だよ。思わず声に出ちゃった。おっちゃんもごめんね」
フィギュアちゃんが私の胸の中でぺこりと謝る。
謝るんならせめて服から顔を出して謝ってよフィギュアちゃん! 完全に私が言ったみたいになってるから!
「いや、いいんですよ。ちょっと向こうで水浴びしてきますから」
とぼとぼと歩いて行く副官さんを敬礼で見送った。
「リンナファナ嬢、ここにはリンナファナ嬢はおられないのか」
どうやら公爵もお姫ちゃんの敗走部隊に拾われていたらしい。
私の姿でも探しているのだろうか、きょろきょろとしながらこちらに近づいて来た。
「リンナファナ嬢さえいてくれていたら……敵なぞに後れを取らなんだものを……」
何で私が関係してるのかわからない。
後れを取るって逃げ足の事かしら、確かに逃げ足だけは近所でも定評だよ私。
因みに私は今、座って公爵の目の前で天まんじゅうを頬張っている最中である。頭にはオシャレアイテムを装備中だ。
「もう我が国はお終いかもしれんな、目の前で火事場泥棒がまんじゅうを盗んで食べてても誰も咎めん」
誰が火事場泥棒だ!
この天まんじゅうはちゃんと貰ったものなの!
「はあ……」
お姫ちゃんが私の隣に座りこんで、もう一個食べようと取り出した天まんじゅうを私の手から取って食べ始めた。
「ありがとうございます、疲れたから甘い物が身体に染み渡ります」
「た、大変でしたね。それにしてもよくこの町まで来れましたね、隣国軍の抵抗は無かったのですか?」
「数万いた兵も散り散りになって、最初は後退を考えていたのですが回り込まれてしまいまして。それでもこの町の方向は敵もがら空きだったのです」
「この町に誘導された、という事ですか? ここに集めて一気に叩こうとしてるのかな」
「敵は十万を超えています、こんな数百の軍なんていつでも潰せるでしょう。それよりも敵はこの町を何故か警戒しているようでした」
「それは私も思いましたわ。この町には敵が腰を引かせる何かがあるような感じで」
そう言いながら金髪縦ロールちゃんも座ったので、天まんじゅうを一個あげる。
なんだろう、この町にヤベー奴でも来てるのかな。
王子だろうか、確かにアレもヤベー奴には違いない。
「ルーアミル殿下のおっしゃる通り、甘味が五臓六腑に染み渡りますわねえ」
公爵が涎を垂らしたので一個あげる。
「おお、すまんな火事場泥棒の娘」
「十ゴールドになります」
「くう、わしからは金を取るのか。ほれ釣りはいらぬ」
釣りはいらぬって、十ゴールドきっちりじゃないのさ!
泥棒扱いするから冗談で言ったぼったくり料金だったのに、あっさり払いやがったよ。王侯貴族は恐ろしい、十倍饅頭にびくともしないとは。
「おお、疲れた時は甘い物に限るな、わしも饅頭分が不足しておったのだ」
何が不足していたって?
「そういえば、あれから一つ新情報があったのです」
「新情報?」
天まんじゅうを食べ終えたお姫ちゃんが話始める。
「これはそちらの公爵の密偵からの情報だったのですが、敵の国側の光姫は黒髪に黒衣の少女らしいです」
「うむ、確か名をアケミンといったかな」
うおお、黒髪ちゃんは隣国側の光姫だったのか!
どうりで私がポンコツ化したはずだわ、こえー光姫こえー。
あれが光姫だったのか! 人生で初めて光姫を見たよ!
「そして驚愕の事実ですが、そのアケミンという少女は実は光姫ではありません」
違うんかい!
じゃ何で私ポンコツ化しちゃったの?
「リンは最初からポンコツじゃないのかな」
何かおかしな事を言い出したフィギュアちゃんの口に、天まんじゅうを押し込んで黙らせる。
ほら、フィギュアが喋ると周りの人たちがびっくりしちゃうからね。
次回 「決戦前夜は愚痴大会」
フィギュアちゃん、お饅頭と決闘