第118話 ルーアミル王女 VS コードル将軍
――ルーアミル軍――
「はっはっはっは、敵も案外大した事はありませんでしたね殿下」
敗走していく隣国軍を眺めながら、副官以下のルーアミル軍の上層部は初戦の勝利に安堵していた。
国境軍の壊滅にウズリー要塞の陥落と、連戦連敗の味方に皆は不安を抱えてここまで進軍してきたのだ。
「先陣を撃退しただけで安心するのはまだ早いですよ皆さん」
「申しわけありません殿下」
「はっはっは、ルーアミル殿下のおっしゃる通りですね。買ってカブトムシのオスメスよ、と言いますしね。なんちゃって」
「あらあら、盛大に滑りましたね」
「何だったのですか今の間は、少しくらいクスってしてくれてもいいじゃないですか、傷つきましたよ」
ちょっと涙目の副官を尻目にルーアミルは続けた。
「ここから先は敵の主力軍が相手です、小躍り将軍でしたっけ」
「コードルです殿下」
「あらあら、うっかり私も滑りましたね」
「素晴らしいです殿下。部下のしくじりを帳消しにする為に、すかさず自分の方に意識を向けるその手法、感服いたしました」
「あり得ない失態を上手くカバーされましたな」
「殿下の温かい心に、冷え切って凍えていたこの身も温まりましたわい」
「風邪を引きかけましたからな」
もう二度とオヤジギャグは言うまい。そう心に誓った副官だった。
世界の平和の為にもその判断は正しいのだ。
「で、そのコードル将軍ですが、どのような人物なのでしょう?」
「隣国でも名高い貴族の出の将軍ですな。戦闘狂と聞き及んでおります」
「強敵を求めているとの話です。恐らく次に出てくるのはコードルで間違いないでしょう」
気を取り直した副官も、敵の将軍の人物について情報を出す。
先ほどの大失態を取り戻さなければいけないのだ。
「我が軍の正面より、ダスキアルテ軍! 恐らく敵の主力軍だと思われます!」
兵からの報告に司令部が色めき立った。
見れば、自軍の前に敵の大軍が展開しているようだ。
報告通り敵が掲げている旗は隣国の物で、中央の軍旗はコードルのものである。
その規模にその場にいた者は皆、大規模な戦闘になる予感に気を引き締めた。
「そちらの将はルーアミル殿下とお見受けした! 先程の戦いぶりには感服いたした! 我が名はコードル! 殿下と相まみえる事を光栄に思いますぞ!」
「あらあら、何ですかあのバカでかい声は。よくここまで声が通りますね、なんて頑丈な喉なのでしょう」
「強敵と戦えて嬉しいと声と全身で表現してますね」
「本当に小躍りしてますな」
ルーアミルは相手の馬鹿馬鹿しさに呆れたようだ。声の大きさもさることながら、勝手に侵攻してきて相まみえるのが光栄も何もない。
返答をするのが礼儀なのだろうか、でもあんな馬鹿声を出せる人間が自分の配下にいただろうか、そんな事を考えるまでもなく敵軍が動き出したのが見える。
「敵の右翼と左翼が来ます!」
「あらあらせっかちな将軍ですね」
「包囲をさせるな! 騎兵隊を展開! 敵の速度に後れを取るな!」
副官が軍に指示を出していく。実際にはルーアミルは軍の指揮は副官その他に任せきりである。
一五歳の姫君はさすがに兵法は習っていなかったのだ。
彼女の役割は主に兵の士気向上と各領主軍のまとめ役であった。
なので、戦闘中は美味しいお茶を飲むくらいしかやる事はない。
左右から挟撃してくる敵に対して、ルーアミル軍は上手く対応しこれの撃退に成功。
中央より迫る敵主力に対しては、くさびを打ち込む陣形で逆に突撃を仕掛けた。
相手を分断し、先に蹴散らし空になった左翼と右翼からの逆挟撃で勝敗を決しようというのだ。
それを見るや、コードル将軍は直ぐに中央を引かせ、逆にくさびを包囲する陣形を取る。
「なかなかやりますなルーアミル殿下! この戦いは実に楽しいですぞ! 良い敵にまみえる喜びに打ち震えて来た!」
「あらあら、相変わらず大きな声ですね。私はお茶を頂いているだけなんですが」
コードル将軍は興奮して、持っていた槍をぐるんぐるんと回していた。
ルーアミルはお茶を一口飲む。
戦闘将軍とお茶飲み王女の熾烈な戦いが始まったのだ!
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――ウズリー要塞のあるウズリティアの町――
「フェックション!」
「お呼びでブヒるか姫」
今回はモブ太君が来た! 召喚じゃないって!
モブ男君も来たそうにチラチラ見るのやめてよね。実はやりたいんでしょ。
「リン、またくしゃみが出たの? さっき盛大にモブ化した人がいたから、くしゃみの一つくらいはしておいた方がいいよね」
「ただのくしゃみだってば」
さっきの悲報で空気が悪くなったみたい。ついでに埃っぽくなったからくしゃみも出るという物だ。
何しろ、援軍の公爵がボコボコにされたというのだ。
ありゃりゃ、公爵には光姫の加護が付かなかったんだねえ、かわいそ。
まあ、色々とやらかしちゃってるからねえ公爵は。光姫にも呆れられてたんだね。
味方の軍がやられたと聞いて、兵隊さんや町の人たちみんなが意気消沈しちゃったよ。
膝小僧抱えて小石の数をかぞえ始めちゃった兵隊さんもいるよ。
「こっちはカーチャンの為」
「こっちはトーチャンの為」
おいこらやめろ、その石の積み方はやめろ。
「この石綺麗じゃね? キラキラ光って、これ彼女へのお土産にするわ」
「こっちも珍しいな、うちのオヤジの禿げ頭にお花が咲いたみたいな形してる」
うわーちょっとそれ見てみたい。
「落ちつけ貴様ら! 我々にはまだルーアミル王女殿下がいらっしゃる!」
「そうだった! 王女殿下バンザイ!」
「我らのルーアミル!」
そうだよ、まだお姫ちゃんがいるじゃない。公爵が敗北? それがどうした。
皆もお姫ちゃんの事を思い出して、空気が一気に明るくなったよ。
「我が軍には、これ以上の敗北の報告などないのだ!」
「報告します! ルーアミル王女殿下の軍が敵の主力と交戦! 壊滅しました!」
は?
は?
はあ?
ちょっとそこのあんた! いちいち変なフラグ立てるからとんでもない事になっちゃったじゃないの!
次回 「誰が火事場泥棒だよ!」
リン、天まんじゅうを売る