第112話 光姫なんて変な人に心当たりはありません
「フィギュアちゃんとフィギュアの区別もつかないなんて、目が腐ってんじゃないかな! 世の中で燃やしていいのはお魚とお肉だけなんだよ!」
「そうだそうだ、フィギュアが動いて喋るなんて頭がおかしい事があるわけないよね、バーカ、バーカ」
フィギュアちゃんが言うと説得力があるんだか無いんだかよくわからないわね。
おかげで素直に後ろを向いてたフィギュアちゃんが前を向いちゃって、悲惨な仲間の状況を目撃して茫然としてるじゃないの。
「くそ! 腹が立つ連中だな! 私の崇高な復讐を邪魔する奴は、剣のサビにしてくれるわ!」
フィギュアちゃんを燃やせと言われて、ぷんすかしてるのはこっちなんですけど!
「リン、危ないから下がって」
モブ男君が私を庇うように前に出て剣の柄に手をかけている。
隣国のマント隊長が剣を抜いた。
剣を抜いた。剣を抜いたと思った。
「何故私の剣がネギになっているのだ?」
「隊長! 俺の剣もネギになっています!」
「俺はタマネギだ」
何故か野菜を握りしめて茫然としている隣国の軍人さんたち。
どうでもいいけどそこにいると危ないよ?
「うわあ! あちあち、マントに火が点いた! やめろ! これは我が家に代々伝わる家宝のマントだぞ!」
ほら言わんこっちゃない。
美味しそうな野菜を持って火のそばにいたら、火も焼き野菜を作るのかと張り切っちゃうよね。
あーあ、マント全部焼けちゃったよ。せっかくマント隊長って名前を付けたのにやめてよね、マント隊長じゃなくなってしまったじゃん。
これから何て呼べばいいのよ。
「あちあち、尻に火が!」
お尻火災隊長に進化した! これは新しいかも!
お尻に初等治癒魔法かけてあげようか、でも殿方のお尻はちょっと……
「こちらもネギ焼きが出来ました!」
「私も焼きタマネギが出来ました!」
他の兵隊さんたちも順調に野菜を焼いているみたいだね。
ちょっと美味しそうな匂いが漂ってきたよ、お尻以外。
「何故だ、何故私がポンコツ化しておるのだ。まさかアケミン殿が近くにいるのか?」
「あの黒髪の少女なら、向こうでこの町の名物のうなぎめしを捕虜に作らせて、満面の笑みで食べてましたけど」
うなぎめしだと!
アケミンだけうなぎめし食べててずるい! アケミンて誰?
「しかし、アケミン殿は我々には害は無いはず。いや気が変わったのか? それとも噂の光姫が近くにいるとでもいうのか?」
「この国に以前から巣食っていたという光姫ですか?」
「この国に取り憑いている光姫がいるのですか?」
おい、えらい言われようだぞ光姫。
「まずいな、ちょっとうなぎめし屋まで行ってアケミン殿を呼んで来い!」
「は! 呼んできます!」
兵士の一人が焼けたタマネギを握りしめて走って行く。
向こうか、向こうに存在するのか、うなぎめし屋が!
「おい、そこの少女。そのフィギュアは何故動いて喋っているのか。何故全人ブヒの夢が実現しているのか。腹話術か?」
お人形遊びじゃねーわよ!
何でそんなキラキラした目で見てんのよ、あんたフィギュア収集をやめてフィギュアアンチになったんでしょ?
「そこのフィギュア、お前は何故動いて喋っておる。お前に何が起きた、ありえん事だろ。おじさん家の子にならないか?」
後半にしれっと自分の願望を混ぜ込んでんじゃないわよ!
「知らなーい。動いて喋ってるんだから別にいいじゃん、世の中の不思議にいちいち反応してたら人生めんどくさいよ。ところでおっちゃん家って美味しい物出るの?」
「こ、こら、後半に何を聞いてるのよフィギュアちゃん。おほほ、後で美味しい物いっぱい食べようね、私といると世界美味い物漫遊なのは間違いなしだから! このおじさんの家じゃ、マント焼きとかマントの煮込みとかそんなのばっかりだよ、知らんけど」
「マントなんか食っとらんわ! フィギュアが動き出すなどという頭がおかしい現象、やはり光姫辺りが関わっているとしか思えん。まさかお前ら関係者か」
そんな変な人物に心当たりはありませんけど。
強いて言えばメガネ君かなあ?
は! まさか!
私は少し震えながら思い当たった人物に振り向いた。あ、こっちか。
「メガネ君は女の子だったりしないよね」
「はて、確認してみましょう」
「何を確認する気だ! って何でノートを取り出したの?」
「私のノートには何でも記載してあるからですが?」(メガネくいっ)
当たり前ですが? という顔で返されても困るんだけど。
「どうやら過去の調査によると残念な事に男の子でした」(メガネくいっ)
お、教えてくれてありがとう。残念の意味がわからないけど、とりあえず何でもかんでも記載しておくノート魔恐るべし。
「というわけで、やっぱり私たちは光姫とは無関係でした」
「今のやりとり、ちょっと説明してもらっていいか。脳の処理が追い付かなかったのだ」
お断りします。私の脳も半泣きですので。
フィギュア店の前のおかしな騒動に、何事かと他の兵士たちも集まって来た。
捕まる前に何食わぬ顔して脱出してしまおうか。
「マント隊長、もしかしてこの少女がそうなのでは?」
「うーむこいつがか?」
おい、マント隊長と言われて否定を忘れてるぞあんた。
しかし残念、もはやその人はマント隊長ではありません、お尻丸出しの隊長ですから。おいこら副官の人、こっちにお尻を向けるな!
「この娘ではないだろう。神官長によると、とても良い尻をしているそうだしな」
「なるほど」
「確かに」
「果たしてそうでしょうか」
「もう一度考え直してみるべきでは?」
おいこらそこのボンクラ隣国軍人ども。
一体何を討論しているのか。内容によってはそこの焚火で全員のお尻に火を点けるぞ。
「リン、この隙にとりあえず逃げよう」
モブ男君が私の手をひいて逃げようとしたが、直ぐに回り込まれて退路が絶たれてしまった。
「逃がすわけにはいかんな、捕らえて光姫の事を洗いざらい吐いてもらおう」
「そんなの知らないわよ! どこの誰よ光姫って」
光姫なんて、とんでもなくやばそうな匂いがぷんぷんするよ。
できれば会いたくないな。
その時だ、私とフィギュアちゃん以外は男性しかいないこの場に、女の子の声が響いたのだ。
「ねえ、何なの? 美味しいうなぎめしを食べて幸せに浸ってたのに、何で呼び出されたわけ?」
何か来たよ。
黒髪に黒い服の全身黒ずくめの女の子だ。
さーっと風が吹いて、彼女の黒髪がなびいた。
なんとなく直観でわかった。
何かやべーやつに出くわしてしまった気がする。
次回 「黒髪の少女は笑う」
リン、出会う