第109話 ポンコツ化? そんなの知ったこっちゃないわよ
――バコ軍――
その頃、新領主となったアルメーレルのバコ伯爵軍は、味方の支援に向かう為にウズリー要塞へと進んでいた。
アルメーレルはこの戦いに賭けていた。
自分の父親がやらかしやがったとんでもない悪事を、何としても帳消しにしなければならない。
その為には新領主として、この戦争で国の為、恩義がある王女の為に武勲を何が何でも上げなければなならないのだ。
だからこその全力出撃だった。領都のトファンガには一兵も残さず出兵してきたのである。
まさかよりにもよって王女を川に放り込むとは思わなかった。
思い返せば数年前、父親が王都からの帰り道で自分と同じくらいの少女を川に放り込んだと、父親の馬車の御者から聞いた時は戦慄したものだった。
「あの時に始末しておけば良かったわ、あのクソオヤジ」
「何か申されましたか?」
「あの時に始末しておけば良かったわ、あのクソオヤジと言ったのよ」
言葉をたしなめようとした副官にもお構いなしだ。
「そこは誤魔化すとかなされた方が」
「どうでもいいわよ、それよりもウズリー要塞までどのくらい?」
「あと半日あれば着きます。大丈夫ですよ、あの要塞は半年や一年くらいは平気で持ちこたえるでしょう。よほどのとんでもない物にでも出くわさない限りは大丈夫」
「とんでもない物って?」
「天変地異みたいなものですよ。要塞を二つに折ったり武器をネギに変えてしまうような馬鹿馬鹿しい相手です」
「あり得ないわね」
あの馬鹿オヤジくらいあり得ない、そう思った時に前方から早馬が来るのが見えた。
「あれはウズリーの者かしら。まさか敵を蹴散らして私たちの出番が無くなったなんて言わないわよね」
それは非常に困る。戦争に勝って嬉しいけど、武勲を上げなければいけないからだ。
しかしそうではなかった。早馬が知らせて来たのはとんでもない内容だったのだ。
「大変な事態になりました! ウズリー要塞が陥落した模様です!」
「はえ?」
早馬の兵から連絡を受けた自分の部下の言葉に、思わずきょとんとなるアルメーレル。
「落ちた? 半年から一年はもつ要塞が、こんなにあっけなく? どういう事?」
「それが、要塞が爆発したり二つに折れたり、武器がネギになったそうです」
「あり得るかああああ!」
「ついうっかり武器とネギを間違えてそれぞれ武器庫と厨房に運んだ結果、厨房の爆発で武器を喪失。残ったのは武器庫に積まれたネギだったそうで」
「頭が痛くなってきた。厨房が爆発してるのも意味がわからない」
「せめてゴボウだったら戦えたかも知れません」
「戦えるかああああ!」
確かにゴボウで叩かれたら痛いだろう。でもそれだけだ。
何故味方はこんなにもポンコツ化するのだろうか、このまま行けば自分もポンコツ化してしまうのだろうか。
「前方より敵軍!」
「くっそ! こんな脱力してる時に!」
もはや正念場だ。どの道、戦には参加せねばならなかったのが今来ただけの事だ。
ポンコツ化? それがどうした、私は絶対にポンコツ化などしない。
なんとなくだが、アルメーレルにはそんな予感があった。
「全軍迎え撃て! バコ軍の底力をみせてやれ! 我らの命運は、この一戦にかかっていると心せよ!」
『おおおおおおおおおお!』
頼もしい味方の雄たけびである。
味方の軍は完全に武装していた、ネギではない。よし、やはりポンコツ化はしていない。
一瞬ネギを持った兵士が視界に入りギクッとしたが、どうやら炊事兵がカレーを作っているだけだったようだ。
「カレーにネギ? カレーにネギを入れるの? いやいやどうでもいいから集中しろ、この戦いに勝つわよ」
「陣形を整えよ! 騎兵は右翼と左翼に展開、敵の一撃を受け止めた後で一気に包み込んで押し潰す!」
アルメーレルの副官が、敵を迎え撃つ陣形を指示した。
こういう時は、戦いに精通している武将がいてくれると助かる。
「鶴翼の陣ね?」
「いえ、〝パパお帰りと駆け寄ってくる愛娘を両手で広げて全力で迎える陣〟ですが」
「名前が長すぎるわ! 可愛い娘を押し潰してどうするのよ!」
「先代が考案した陣形ですぞ?」
「あのクソオヤジ、どうりで幼い頃の私を勢いあまって締め上げてたのね! 途中から飛び蹴りを食らわせるようにして正解だった!」
名前はともかく味方の軍は作戦通りに展開しているようだ。
味方はポンコツ化などしていない。陣形に誘い込んだ敵軍を上手く討ち取れる体制である。
敵の指揮官が焦っている様子が容易に想像できた。どうせゲーム感覚でこちらにちょっかいをかけてきたに違いないのだ。
「突っ込んできた敵の先鋒を撃破!」
「右翼、左翼の騎兵隊突撃! 敵の統制が完全に乱れています!」
「敵の指揮官らしいのが、泣きながら指揮をしているのが見えますぞ!」
「遊び感覚で私に喧嘩をふっかけるからこうなるのよ! このまま押し潰せ!」
いける!
これなら勝てるかも知れない。
しかし――
「空から敵の強襲です!」
「は? 空?」
襲ってきたのは敵国の竜騎兵の部隊だ。
遠目に見た時はやけにカラスが多いなくらいにしか思っていなかったのだが、まさかそれが全て敵兵力だったとは。
それは圧倒的だった。
空に向かって矢を放つも簡単には当たらず、軽々と避けられた挙句に射返される。
空から狙われて攻撃されては、こちらの兵はただの的でしかなかった。
更に飛竜が足で運んできた巨岩を落とされ、騎兵隊に対しては地面すれすれを飛ばれて馬が大混乱に陥った。
「敵の爆撃で我が軍が大混乱に陥っています!」
「くっさ!」
異臭に報告の内容よりも文句が出た。
「申し訳ございません、敵の爆撃の直撃を受けました」
頭に飛竜からの贈り物を乗せた幕僚に思わず後ずさる。
アルメーレルは戦慄した。軍が空からの攻撃にここまで無防備なのかと……
我々はポンコツ化などしていなかった……
それでも竜騎兵が圧倒的過ぎたのだ。
「何……これ」
バコ領の新領主は、自分たちに向って突撃してくる隣国ダスキアルテ王国の地上軍を茫然と眺めていた。
「フェックション!」
「メガネくいっ」
「召喚じゃ――何のセリフだ!」
「リン、またお尻に寒気がしたの?」
「いやこれただのくしゃみだから」
「今度こそ存在を確かめるくしゃみかな」
「フィギュアちゃんが何を言ってるのかわからないけど、なんだか嫌な予感がするよ」
それは自分の友達が一人、なんだか遠くに行ってしまうような感覚だった。
次回 「ウズリー要塞のある町へGO!」
リン、うなぎめしに釣られる