第108話 武器がネギになった!
「あ、あれが本当に敵なのか? 戦場に迷い込んだ、どこぞのお嬢ちゃんじゃないのか?」
「ま、間違いありません。あの少女のせいで我が軍がポンコツ化したとの報告があります!」
「で、伝説に聞く光姫か」
「馬鹿な、そんな伝承が出現してたまるか」
「いや、最近王都の神官たちが何かと騒いでいたのは確かだ。私の耳にも入っては来ている」
「王宮によく出入りされている侯爵殿がそうおっしゃるのなら、そうかも知れませんが、いやしかし」
「あれは光というイメージには合わない気がしますな」
士官たちがそう言うのも仕方がない、なにしろ全身黒ずくめの少女なのだ。
「そこの少女! ここはもうすぐ戦場になる、危ないからここからすぐに立ち去りなさい!」
要塞の上から声をかけた相手を、少女はまっすぐに見つめ返して口を開いた。
「美味しい物を食べに来た」
「は? 何を言っているのかわからんぞ」
「だからー、美味しい物。うなぎめしが有名なんでしょここって、それを食べさせてよ」
これにはウズリー要塞の司令部は混乱した。
確かにこの要塞が守る町は、少女の言う通りうなぎめしが名物である。戦時でなければ、隣国の観光客も多く訪れていたのだ。
しかし要塞の正面からやってきた観光客はさすがに初である。
「あの娘は何を言っておるのだ」
「戦争の真っ最中にうなぎめしを食わせろとか、尋常ならざる者だぞ。やはり光姫なのか」
「うなぎめしを食べさせて、さっさと帰ってもらった方がいいんじゃないのか」
皆が少女に気を取られている間に、隣国ダスキアルテ王国軍によるウズリー要塞攻撃の準備は完了しつつあった。
この少女に対してどうするべきか、ウズリー要塞の防衛軍の首脳陣が考えた時だ。
「少女の後方に敵の兵団発見!」
物見やぐらからの報告に皆が一斉に少女から視線を外すと、攻撃準備を整えた軍隊が進撃してくるのが見える。
「腰抜けどもが! 女を最前線に立ててその後方でこそこそと窺っていたとは!」
「あの娘は囮か! 何がうなぎめしだ、ふざけた作戦だな!」
「キャッハハハハハハハハハ」
突然少女が笑い始めた。
その様子に、その場にいた面々が少し臆してしまう。
「ええい、やむを得ん! 矢を放て、これ以上近づかせるな! あんなものが伝承であるものか!」
「どうした! 早く矢を!」
「そ、それが、何故か矢がネギになってます!」
「ふぁ?」
その時である。
爆発音がして要塞が振動したのだ。
突然の爆発に指揮官や兵たちがうろたえる。
「何事だ!」
「厨房が爆発、周囲もろ共木っ端微塵に吹き飛びました!」
「な! 敵の攻撃を受けたのか!?」
「それが、新入りの見習いコックが、コンロに火を点けようとしてうっかり爆裂魔法をぶっ放したとかで」
「うっかりにも程があるわ!」
要塞の不運はまだまだ終わらない。
あちこちで崩壊音が鳴り響き、ゴゴゴゴと振動が絶えないのだ。
「何が起こっている!」
次々と報告の兵がやって来た。
「大変です! 東の監視塔が折れました!」
「正面門が外れました! 誰でもウエルカム状態です!」
「西の城壁が崩れました! こちらもウエルカムです!」
「弓兵隊の矢が全部ネギになってます!」
「武器庫が全部ネギです!」
「侯爵閣下! 侯爵家より書簡が届きました!」
「な、なんだこんな時に? おお、娘からだ」
緊急事態であるが、愛娘からのお手紙に侯爵はついにやけてしまう。こんな時だからこそ心のオアシスは必要なのだ。
「どれどれ」
『私のお誕生日を忘れてたパパなんか嫌い』
「うおおおおおお! もう終わりだああああ! 世界の終焉がやってきたのだああ!」
「侯爵お気を確かに! 一体何が起きているのだ! 我々は何故ここまでポンコツ化せねばならんのか!」
「あっはははははは。私に矢を射かけようとなんかするからよ! 本当にうなぎめしを食べに来ただけなのに、作戦だなんだというから笑っちゃったよ」
黒い髪の少女はやれやれといった仕草をした。
「ま、私には関係ないし。しーらないっと」
要塞の前から少女は離れていく。
少女が完全に離れるのを見計らってから、隣国の軍の一斉攻撃が始まった。
それはまるで触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりの行動である。
「コードル将軍、今回も我が軍の勝ち戦ですな」
「堅牢とは噂に聞いていたが、ポンコツ化した敵の要塞なぞこんな物か。物足りんわ」
要塞を攻撃している自軍を眺めて不満そうなのは、隣国ダスキアルテ王国軍の司令官だ。
「まだ油断はなりませんぞ。トファンガに潜り込ませた諜報員から、敵の反撃軍が終結しつつあるとの報告が入っています」
「ふん、手応え歯応え噛み応えがあれば良いのだがな、どうせそいつらもポンコツ化だろう。それよりもまだ例の者の動向はわからんのか」
将軍はそばに控えていた情報士官を睨みつける。
睨まれた士官は冷や汗を流す。良い情報をまだ得られていないのだ。
「申し訳ございません。全力で探しているのですが、未だ発見には至っておりません」
「敵の側にいるという光姫ですか。本当に存在するのですかそんなものが」
「神官共が騒いでおるからな。どこまで信用してよいのか軍人にはさっぱりわからん」
その場にいた副官や参謀たち侵略軍の高級将校たちの最大の懸念である。
トファンガに集結している敵の軍などは、簡単にひねり潰す自信があった。
ポンコツ化した敵に竜騎兵をぶつければ、面白いくらいに大勝利を得られる。それはまるでゲームでもしている感覚だったのだ。
しかし敵が光姫となれば話は別だ。
「そんな存在がいるのなら、我が軍に影響があってもよさそうですがねえ」
「しかし神官の言葉も無視はできませんな。もし本当ならば、それが我が軍にとっての最大の強敵になりますゆえ」
「ポンコツ化というものを舐めてかかると、とんでもない事になるのは敵を見れば明らかですからな」
「敵の光姫、いったいどのような者でしょうなコードル将軍」
「神官長によると、良い尻をしているそうだ」
「良い尻ですか。それは是非とも探したいところですな」
「なるほど良い尻ですか」
「よい尻だ」
「フェックション!」
「呼びましたか」(メガネくいっ)
「召喚じゃねーわよ!」
「リン大丈夫? 最近くしゃみばっかりしてるよね。くしゃみする事で色々と割り込みをかけているのかな?」
「フィギュアちゃんが何を言ってるのかわからないけど、違うよ。またお尻辺りに寒気がしたんだよ」
「やっぱり毛糸のパンツを穿くブヒか?」
「いらないから。温めた謎グッズを懐から出してこなくていいから。それにそれは大切なコレクションなんでしょ?」
「大丈夫ブヒ。これは布教用ブヒ」
「何かの宗教だったのかしら」
「そう言えばこの辺境伯領って、うなぎめしが名物なんだっけ、食べたいなあ」
「戦争の真っ最中にうなぎめしとか、やっぱりリンはぶれないね」
「い、いいでしょ別に。そういえば金髪縦ロールちゃんはどうしてるのかなあ、そろそろ味方と合流している頃だよね。元気かなあ、あの子がポンコツ化するのはちょっと嫌だなあ」
「みんなでポンコツ化しませんようにってお祈りしようよ」
「そうだねフィギュアちゃん、いい考えだよそれ」
金髪縦ロールちゃん頑張れ――
侵略軍の司令部に伝令が入って来た。
遂に敵の光姫を発見したのかと司令部の面々が顔を上げるも、どうやらそうではないらしい。
「トファンガより先行出撃してきた敵の一軍がこちらに接近しつつあり」
「報告にあったトファンガの伯爵軍か、要塞に籠った敵と合流する為に来たのでしょう」
「わざわざポンコツ化するためにやってくるとは、ご苦労な事だ」
「哀れなものです。飛んで火にいる夏の虫というやつですよ」
司令部が笑いに包まれた。バカな敵には笑ってしまうのだ。
「予備隊を向かわせて一気に粉砕せよ」
「はっ、指揮は私が直接執って参ります」
将軍がわざわざ出るまでもない、久し振りに暴れてやろうかと副官がマントを翻して司令部から出て行った。
ポンコツ化した敵など、ゲーム感覚で軽くひねり潰してやろう。
そう思いながら副官の顔がにやけた。楽しい狩りの時間である。
ポンコツ化の前に、アルメーレル率いるバコ伯爵軍の命運は尽きかけているのだろうか。
次回 「ポンコツ化? そんなの知ったこっちゃないわよ」
アルメーレルこと金髪縦ロールちゃん、奮戦