第106話 軍隊百名 VS リン
「全軍臆するな! ドラゴンといえ敵は一体だ! 我が子爵軍の敵ではないぞ、どうせこいつはすぐにポンコツ化する運命なのだからな!」
「父上に続け!」
猫が氷を吐いた。
一瞬でドラゴンスレイヤーさんズが氷の彫像である。ついでに後ろにあった焚火も凍っている。
炎の氷像なんて初めて見た。かき氷にしたらどんな味なんだろうか。
「子爵様! ジュニア様!」
「か、解凍しろ! 今度は何も折るんじゃないぞ!」
「ジュニア様の耳たぶが取れちゃった!」
「ボンドでくっつけろ!」
「うわあ、子爵様の頭に残っていた最後の一本を折っちまった!」
「なんて恐ろしい事を! 子爵様の魂の一本だぞ!」
「ねえリン。あのおっちゃん、ヒゲでバランス感覚が無くなったのなら、頭の最後の一本が折れたらどうなるのかな?」
「バランスを失って空に飛んでいっちゃうかも知れないね」
さっきからポンコツ化ポンコツ化って言ってるけど、自分たちの事を言っていたのだろうか。
こんなポンコツ連中に負けたのかこの国の国境軍は……
白猫がまたかき氷をくれた。
私にかき氷を作ってくれる度に、ドラゴンスレイヤーのおっちゃんは氷の彫像になってるよ。とんだとばっちりだね。
「とにかくドラゴンを囲め!」
「火を起こせ! 子爵様たちを解凍するまで持ちこたえろ!」
「こいつがポンコツ化するまで時間を稼ぐ!」
「おおー!」
まだやる気かよ! どれだけこちらのポンコツ化に自信があるんだよ!
それだけこの国の国境軍が盛大にポンコツ化して、吹き飛んだって事なんだろうなあ。
でもどうするよこれ、百人はいるふぇ、へ。
『ヘッブヒュュン!』
あらやだ、かき氷の食べ過ぎでくしゃみが出ちゃったわね。
我慢しようと思った分、変なくしゃみになっちゃった。やり直しを要求したい。
「ひいいいいい!」
「何だ今のは! 仲間を召喚しているのか!」
「我らをせん滅する合図か!」
「百体は呼んだに違いないぞ!」
どういう事だよ!
「とにかく子爵様を運べ! この村から撤退する!」
「この村はまずい、ここは不気味な鳴き声のドラゴンが仲間を召喚しているから、侵攻から外すべきだと上層部に報告せねばならん!」
おいこら、乙女の可愛いくしゃみと、猫の召喚の唸り声の区別もつかないのか。
軍隊が総崩れになるきっかけは戦争中にはいろいろとあるだろう。
しかし乙女のくしゃみが原因になったのは、そうそう無いのではなかろうか。
「リン、鼻垂れてるよ」
「ごめんフィギュアちゃん、トゲで鼻水つつかないで」
フィギュアちゃんが出してくれた手ぬぐいで鼻をかみながら、撤退していく隣国の部隊を見送った。
見送っているとモブ男君たちが走って来た。
「村の人の避難は終わったの?」
「リンさんに呼ばれたからとんできたのですが」(メガネくいっ)
召喚してねーわよ!
「敵がそんな感じで逃げていったのなら、わざわざ山に逃げなくてもこの村は大丈夫そうだね」
「うん、でも一応念の為に山には避難しておいた方がよさそう」
「大きい子ちゃーん! 大変大変!」
利根四号ちゃんが慌てて飛んでくる。まさか反対側で事件でも起きたのだろうか!
「屋台のおっちゃんが、焼きまんじゅうは何個でも持って行っていいって! どうしよう大変! 私一個しか持てないよ!」
そ、それは一大事ね利根四号ちゃん。
もう売り物にならないから持ってけ持ってけという事なんだろう。
「焼き饅頭は私が預かってあげるよ、その代わり利根四号ちゃんには連絡とかいろいろと手伝って欲しいんだ」
戦争は情報戦だ、妖精ちゃんたちの情報網を活用しない手はないのだ。
「まかせて! 諜報機関Мの情報はすごいよ、この国の全てのおまんじゅう屋さん情報を網羅してるからね! いっぱい活用してね!」
ただ、肝心の情報が戦争と一切関係がなかったようだ。
焼き饅頭を拾ってリュックに仕舞う間、利根四号ちゃんが上機嫌で歌っている。
完全に炭化してしまったお饅頭は、利根四号ちゃんにはお饅頭を焼く為の燃料という事にしておいた。
じゃないとお饅頭の無残な姿に絶望して、ポックリ亡ばれても困るからだ。
お饅頭を回収した後は、また猫に乗せてもらって皆が避難している山へと引き返す。
おそらく隣国軍がこれ以上村には侵攻して来ない事を伝えると、暫くは様子を見ながら村と山で警戒するという事になった。
とりあえず猫には、たまに村の上空を旋回して敵避けになってもらおう。
隣国軍が湧いたら敵避けに氷をシュッシューなのだ。
「お願いできるかな白猫」
猫が地面に描いたマルに私を置いた。
「おお、素晴らしい。山の神様と意思疎通をしている」
「わしは色々と山の神様に尋ねてみたい事があったのじゃ」
「オラも会話してえぞ」
「わしらもじゃー」
村の人の質問に猫が答えていく。何ともほのぼのした風景がそこにあった。
村の人と猫が意思疎通をするのはいい。
いいんだけど。
私をいちいちマルやバツの上に置くのはやめてもらおうじゃないか。
私じゃなくて前足を置けっての。
この村は猫がいるので大丈夫だろうから、私たちは他の町や村に向って出発しなければいけない。まだ戦争は始まったばかりなのだ。
「それじゃ村の皆、他に困ってる人たちがいるかも知れないから、私たちはこの先に進みます。くれぐれも隣国軍には注意してね」
「あ、あんた、行ってしまわれるのか!」
「行かないでくれ」
「お姉ちゃん、行っちゃヤダよ」
「残ってくれないか」
な、なんだ、いきなりアイドル並みにもてもてじゃないか私。
頼れる美人の冒険者の宿命よね。惜しまれての別れが辛いわ。
「私がいなくても猫がいるから大丈夫だって」
「あんたがいないと、山の神様との意思疎通ができないじゃないか!」
「マルとバツの上に置くものが無くなる」
「前足を置けよ!」
「それじゃあ私たちは行くからね、またねー」
「記念に山の神様と意思疎通をする少女の、謎の銅像を造っておきますからなー」
造らなくていいから、謎の像って自分で言っちゃってるし。
「その像があれば山の神様と意思疎通できますからな」
「すごい! 天才の発想だ!」
「これで安心」
「だから前足を置けよ!」
隣国の軍隊を相手にしてた時より百倍は疲れている気がするけど、気のせいだろうか。
「モブパーの皆さん! バンザーイ! モブパーバンザーイ!」
またこの見送られ方をしてしまったか。
村を出てしばらく歩いていると、フィギュアちゃんが不思議そうに私を見上げている。
「どうしたのフィギュアちゃん、私の顔に可愛い顔でも付いてる?」
「ねえリン、ハンバーガーは食べなくても良かったのかなって」
あまりの衝撃的な発言に、気が付いたら私は地面の上に横たわっていた。瞬時に全身の力が抜けて倒れたのだ。
隣国軍と前足コントで疲弊していたに違いない。実に恐ろしい村だった。
その日、私たちが急遽予定を変更して村に戻ったのは言うまでもない。
出発は翌日になったのだ。
次の日、私とフィギュアちゃんは満面の笑みで村から去って行ったのである。
実に美味しい村だった。
次回 「要塞はギャルの話で盛り上がっていた」
リン、知らない所でネタにされる