第102話 ハンバーグをパンで挟むだと!?
何でそんな物騒な逃亡先を選んじゃったかな!
「あの世じゃなくて、この世のどこかに逃げなさいよ!」
「どこに逃げていいのかわからないし……」
「わしらに逃げ場など無いのじゃよ」
なんだか長老みたいなのが出てきたぞ。村長さんかな。
村人たちが声をかけている。
「総督」
「長官」
「良二千石」
「名主」
「番長」
どれだよ! 村長でいいだろもう。
「聞けば敵国は猫も奴隷として連れ去っていくとか。そんな連中相手にどこに逃げたって一緒じゃよ、わしらはこの村の猫と共に亡ぶと決めたのじゃ」
ここにも噂に振り回されてる人がいたよ。
猫は大事だろうけど一緒に亡ばれたら猫もいい迷惑だ。
逃がしてあげなさいよ、鳩とか獲ってたくましく生きていくわよあいつらは。鳩を獲ってるの見た事あるし。
口から炎を吐いて鳩のロースト作ってたよ、美味しかったよ。他の猫は氷を吐いてトマトのかき氷を作ってくれたよ。
「ねえリン、火を吐くのはあの黒猫ドラゴンの事だと思うけどさ、この前も言ってたけど、氷を吐く猫って何?」
「ただの白猫だよ? よくうちに遊びに来てたんだ」
「ただのって……」
白いから氷なんでしょ、フィギュアちゃんはまだ雪を見た事ないからわからないのかな。
「今更逃げろと言われても手遅れじゃろう。村の衆の足では軍隊にあっという間に追いつかれて、老若男女全員敵兵の慰み者じゃ。最終的には皆食われてしまうのじゃ」
「やつらは食い物に飢えておるという話だからな」
「嫌よ! 生きたまま食べられちゃうのは嫌よ!」
「うちの娘の踊り食いなんかさせんぞ!」
「パンに挟まれてしまうんだわ!」
隣国怖すぎだろ。何の集団が攻めて来たんだ。
「山に逃げるのはどう? 今味方の軍が終結しているから、彼らが来るまで一時的に山でやり過ごすとか」
私の提案に、村長さんが呆れたような顔になった。
「やれやれ、これだから小娘の浅知恵は困るんじゃ。軍事的脅威が迫っておるのに山に逃げる? 現実的な物の見方をしないといかんぞ」
「ご、ごめんなさい。私、軍事的な事何もわからなくて」
「山に入ったら山の神様に怒られるじゃろうが!」
「知らねーわよ!」
一体それのどこが現実的な話なんだ。軍事的な話もどこにも関係なかったわ。
『まあまあ落ち着きなされ』と老婆が割って入って来た。
誰だろう奥さんかな、村長が借りてきた猫みたいに急激に大人しくなったけど、影の支配者かも知れない。
「裏総督」
「裏長官」
「裏良二千石」
「裏名主」
「裏番長」
どれだよ!
「山には山の神様がいてこの村を守って下さっておる。しかし山に入ったら怒って村を滅ぼすかも知れんじゃろ」
守ってるんだか守ってないんだか、わけがわからないわね。
「わしも山に逃げるのは賛成なんじゃが、神聖な山じゃからな」
「まあ山が神聖視されるのはよくある事だね、色んな良くない事が起こってそういう流れになったのかな」
さすがモブ男君は鋭いな。超常現象的な事が立て続けに起これば、人は自然に恐怖するのである。
「そうじゃ、今までも山に入った者が転んだりトゲが刺さったり、間違えて毒キノコを食べて笑いが止まらなくなったりと散々でな」
普通の山なんじゃないのだろうか……
神様の怒りなら随分と小さな怒りだけど。
「あんた方冒険者じゃろ、ちょっくら行って山の神を説得してきてくれんかな」
「冒険者の仕事じゃねーわよ! 神官か聖女に頼んでよ!」
「わしらは村を捨てるわけにはいかんのじゃ、村の名物ハンバーガーを何が何でも守り抜かねばならん」
今とても心地よい響きの言葉が私の耳をくすぐった気がする。
何それ、ハンバーガーって何? どことなく甘美な響きがするんだけど。
「ハンバーグをパンで挟んだ物じゃよ、ハイカラな若者に大人気じゃ」
なんだと――
ハンバーグをパンで挟む――だと!
「ど、どこにあるの。そ、それはどこに行けば拝めるの。ほ、掘ればいいの? 地面を掘ればいいのね?」
「な、なんじゃ。この娘っ子、いきなり中毒患者みたいになったぞ」
「リ、リン落ち着いて。おろおろしないで、はい深呼吸。掘った地面からモグラが迷惑そうにしてるから」
フィギュアちゃんの的確な指示で落ち着いた。じゃなきゃ走り出してあちこちに穴を掘ってしまう所だった。
「この村が亡んだら、ナウな若者が夢中なハンバーガーも亡ぶじゃろうな」
「私が阻止します。山の神様ってどんな感じなの? 話通じる? 白いお髭のお爺さんみたいなのかな」
神様と言ったらやっぱり白いお髭のお爺さんだろう。お爺さんは若い娘さんにはめっぽう弱い、これは勝ったな。
「行く気満々になってるねリン」
「当たり前だよフィギュアちゃん、なんならハンバーガーとやらを守るために隣国軍にカチコミだってできそうだよ」
「人の形はしとらんよ、山の神はドラゴンじゃからな」
「さ、帰りましょうか。村の衆もお元気で、早く避難しなさいよ」
撤収である。ドラゴンを相手にするくらいなら、まだ隣国の軍隊にカチコミに行った方がましだろう。
「急激にやる気が萎んだねリン」
「当たり前でしょ、ドラゴンなんて相手にできるわけがないじゃない、人の手に余るわよそんなの」
「さっきまで行く気になってた神様の方が、人の手に余るような気がするよ。もちろん私の手にも余るから、フィギュアの手に余る事になるね」
「だってドラゴンだよ? 猫じゃないんだからね、ドラゴンなんて話通じないよ」
「猫も通じないよ」
にゃーとか言っとけば何とかなるんじゃないだろうか。
「ハンバーガーはどうすんの? 食べないの? この村が無くなったらハンバーガーも滅びるよ? 私もハンバーガー食べたいもん」
うう、フィギュアちゃんめ、私の最大の弱点を容赦なく突いて来た。
「パ、パンで挟めばいいんでしょ? 私ならハンバーグでパンを挟むけどね。なんならハンバーグでハンバーグを挟んだっていいし。何それ夢のような食べ物じゃん」
とは言うものの、村をこのままにしておくのはまずいよなあ……私たちは村や町の人たちを避難させる為に来てるんだし。
見捨てるわけにはいかないよね。こうなったら山の神だろうがドラゴンだろうが説得に行くしかないよね。
ドラゴンが山に入れてくれればいいんだけど。
け、決してハンバーガーが気になって仕方がないわけじゃないんだからね。
「リン、涎拭いた方がいいよ」
次回 「誰だよドラゴンと話を付けるなんて言い出した奴は」
リン、隣国の侵略軍と初めて遭遇