赤い糸 しだれる華 夏の夜。
出逢った、それは六年前。お前は俺とは違う名字の頃。それから時が過ぎて今は、俺と同じ名字になってくれて、初めての夏。
「いらっしゃいませ、現金満タンですか?」
世の中が夏休みの時、行きつけの店に、かわいいバイトの女のコが入っていた。
「かわいいよな、イイよなぁ!あのコ」
あっという間に、俺の周りでは評判になった彼女は、地元高校に通う二年生、親戚の店でアルバイトを夏休みの間だけしている、という情報がパッと広まった。小柄だけどスタイルバツグン!愛想の良いそのコ。当然………、
「オトコいるんだろうなぁ、ヒトリじゃないよなぁ、花火大会誘いたいけどやっぱやめとこ、ふられるの決定だよなー」
と、勝手な憶測を考えてしまうというのが、俺らの脳内。俺もそう思っていた。あれだけカワイイ、愛想がイイ、そして………うお!なのだから。と………。
それから一年。
「かわいい?ね、ね、どう?、エヘヘ」
紺地に蝶が舞う、レトロな浴衣姿。合わせた赤い帯、白い花飾り。髪を軽くアップした女のコ。お母さんのを借りたの、と、笑顔で報告してくる、それを着付けて貰った僕の彼女。
ヤバい、目がそこに、帯から上に………行ってしまうのは、情けない俺らの習性なのか………。コレが、本脳。いや、煩悩…………。
「………お、おう、かわいい………」
おわぁーカワイイ、くぅー!かわええなぁ!あー!どうしよう………、ヤバい浴衣って、浴衣って、浴衣。
スタイル出るよなぁ。
甚平に着替えた俺が、今日の花火大会をどう乗り切るか、考え出していると、
「カワイイよねぇ、もうちょっと、褒めてあげたらぁ?」
ニヤニヤ声で美容師のお姉さんが、話しかけて来た。
「ねー!減るもんじゃないのに、ケチ!」
そうよねー!彼氏君、ケチよねー、ラメのそれカワイイでしょう、あげる、と共通の知り合いのお姉さんと、仲良く女子トークとやらで盛り上がっている彼女とは、4歳離れている。
俺、20才社会人、友人からは犯罪者と、言われている野郎です。ハイ、未成年者保護法に違反している………のです。しかし!手はつないでもそこから先には、一社会人として!高校卒業するまでは!ハグだけで耐えるのです!
頑張っております!モラルです。もーらーるー。
お姉さん!お姉さんが悪いのです!何故に彼女の担当で、プライベートでも、仲良しなのですか!あの時、予約か偶然に次………、盛り上がってしまった俺、アドレス交換したのが………大当たりなのか!どうなのか!
ほらほら並んでー、写メ撮ってあげるから、とざわつく俺など関係なく、撮影タイムに突入…………。うん大丈夫、前後。ヨシヨシ。立ち位置ヨシヨシ。
「腕くんで撮る?」
おわぁぉ!何を言い出すお姉さん!やめてくれ、危険だろ!何が危険かは、俺だけが知る世界。
「うん!腕組もう!」
ハイ?のるなお前!と俺が狼狽えていると、キラキラとした、弾ける様な笑顔で俺を見上げると、ふわりと腕に寄せてきた。か、かわいい………。ちょっと幸せ…………。
「もう!どうして前後で歩くのかな?屋上についたけど、そりぁどっかで見た人多いけど」
ほらぁ、みんな右左で歩いてるし、前後って………なんなのよ!と薄暗い空の下、薄い人混みの中で、いつもの如く文句を言っている。
「それはあの、地元の花火大会だから………そんなに混雑しないし、その、おばちゃん達にだな………」
「あー!見られたらはずかいとか?もうすでに、知られてるからいいじゃん!」
そう、夏の終わりに付き合い始めて、お正月にお邪魔した時、誰もいないから初詣と、寄った彼女の集落のお宮に、ぬぁんと!俺の職場のパートのおばちゃんに、遭遇してしまったのだ。
明けましておめでとう!そうなのぉ!彼氏だったの!と狭い集落、皆さん顔見知りな地域、その後の展開は正月明けに仕事に行くと、一躍有名人だったのは言うまでもない
「チッ!プールや海に行ったら、絶対に、横から離れへんのに………」
「それはだな、お前ちっちゃいから、迷子になりそうだから」
は?意味わからんわ!って声が聞こえるけれど、そりぁ海、プールは危ない、なにせナイスなスタイル、出るとこ出てて、引っ込むところ引っ込んで、水着で歩くと通りすがりの女子から、声が上がる………。
「ほぁぁー、本物?」
「ほんもんやわ!失礼やな!もう!」
それに対して、小声でビシッと、ツッコミながらプールサイドを歩く。もう、心配で心配で、なので、ラッシュガードは脱ぐなよ!と言ってるし、当然むくれる。
「水着が見えなーい!ブー!」
膨れて文句言いつつも、日焼けしたら痛いから着とこ、と、その辺は素直に言うことを、聞いてくれるから良かった。
出来るならプールも海も行きたくないのだが、夏場といえば泳ぎたいらしい………。
「トイレの前で待っとかんでも、ええのに」
いや、待ってます。当然ですよ。お前はスキー場でスノボをしてて、俺が先に進んで振り返ると、転んでいたので、大丈夫?と声をかけようとしたら………、
「大丈夫?手、かそうか?えっと彼女名前は?」
通りすがりのボーダーに、ナンパされてるし………。それに対して、慣れてるのか、
「ハァ?名前?ナンパなの?大丈夫です!私もスノボは初心者やけど、スキーは検定持ってるし。このスキー場で12年間、冬は通っててんねん、ありがとやけど一人で大丈夫、それに彼氏そこにいるから」
キッパリ断るお前。
負けないボーダー。新米彼氏は、出るとこ無かったッス………。
「うん、ナンパ。アカンか?そやけど、かわいい女のコに、手を貸すのは当たり前や、彼氏ってホントか?こーへんやん、ひどい奴やなぁ」
「は?じゃ、そこの転んでるかわいい小学生に、手を貸したらええやん、靴外れて困っとるし、それに、さっきから時々見るけど、ナンパばっかり兄さんしとるやん、ほっといてくれる?知らんし」
「カワイイ顔しとんのに、口悪いなぁ、もったいな」
「うるさいわ、さっさと離れろナンパ野郎!」
……………、何故にこうも、心配ばかりなのだよ。
「チラチラ後ろを見ながら歩くのなら、横に並んで歩けばいいのにー!」
「…………、早めに来たからいいとこ取れたな」
あー!会話が繋がらんわぁ!面白ないわぁ!と話すこいつの家は、完全なる関西のノリ、家族でボケとツッコミが担当に分かれているという家庭だった。そして俺の彼女は、ボケ担当という意外さ。彼女の兄が言う。
「テレビの電源がつかへんって怒ってるから、見てやったら、コンセントが、抜けているというオチを、フツーにぶちかます奴やで、ボケの更新速度が速すぎて、ヤバいで」
………、そういや両開きだけど、片方が鍵かかってる店屋の引き戸を、開かへんから休みやと、言ってたな。暖簾出てたけどな。思えば何かしらやらかすので、退屈はしない。
ガヤガヤと集まるショッピングモールの屋上、花火大会のときは開放される場所。小さい子供連れが多い。他にも何箇所か見れる場所はあるけれど、ここは家族連れが多いので、声掛けの心配が無い。警備員さんも配されているし。安心安心。
「はなびぃ!わぁ!」
ヒュルと笛吹き上がる空の華、赤の色がドンと開く。響く闇のいろ。上がる歓声、金平糖の様なキラキラとした小さな子供の声が、混ざり弾ける。
手を叩く小さな子、みんな上を見る。タイミングを見て、手を差し出すと、ふわりと差し出してくれた、小さく、柔らかでそして、華奢な手。
何日かしたら、別口の職場のおばちゃんから、かわいい女のコ連れとったなぁ、結婚するんか?とあけすけに聞かれるのは…………、仕方ない。うん、そうなる、そして出てくる結婚………、まだまだ先やけどって返そう。
「誕生日、3月、卒業して就職して、俺もまだ給料低いし、頑張らなくてはムリ!…………」
そう、彼女は3月産まれ、高校卒業しなくちゃいけないし、就職したい企業あるって言ってるし、俺も給料まだ低いし、おわ?何故に真剣に考えてるのだ。
そうその訳は………、この前、彼氏でーす!と紹介されたからだ。そしてその後の、恐ろしくスピーディー、そして何かを、上乗せされたかの様な、怒涛の展開………。
はじめまして、と名字を言った途端、まじまじと眺められた後、知り得た重大事実。俺の親父と彼女のお父さんが、昔馴染の知り合いだったというまさかの展開。
「おお!お前の親父の名前………か?似とるわぁ!オオ!、そうか!お前アイツの息子かよー!ちょっと待てな…………、お!オレヤ、お前の息子来とるのやけどな、娘の事頼むわ、は?知らん?帰ったら聞けやぁ、まぁええ、お前の息子なら大丈夫やし、じゃあな!」
一杯呑んで上機嫌のお父さんは、何とぉ!まだ知らせていない俺の親父にそそくさと、アイフォン取り出し、電話をかましたのであった。
「はよ知らせなあかんやないかぁ、まぁ、家に帰ったら話せえよ!」
絶対元ヤンキーらしい、お父さんにビビっていた俺だったが、親父の縁で何とか認めてもらえた、それは有難かったのだが、俺がその夜遅く、家に変えると、両親、弟二人、それと早寝早起きがモットーの、ばあちゃん迄が待ち構えていたのは、当然の事だった。
そして何故か知らんこちらも呑んで、上機嫌の親父に、くれぐれも!と生活指導を受け、弟にチャカされ、ばあちゃんからは、はよ見せてくれと言われ、お母に関しては、翌日!
「見てみてー、ピンクのスリッパと、可愛いマグカップ買ってきたのぉ!嬉しいわぁ、女のコー、いつ来るの?お寿司を取るのよー!ケーキも買わなくちゃ!」
何をやらかしてくれるのやら、もはや結婚前提かと言われる程に、盛り上がっている我が家…………、などと今までの事を徒然に、音と共に、彩り舞うカラフルな光に被せて思い出していると、ふと気がついた。
は!こ、これが、コレが!まさかの、コレが!
ドドーン、とどーん!バチバチ、パパ、パ、ら、…………
花開いた後、光を帯びた赤い糸が、白い糸が、枝垂れる花火。ぱっと大きく咲き、スゥ!と消える、白い、オレンジ、赤、青、キラキラ星が瞬く。そしてハートだとぉ!ぴ、ピンクのハートが夜空に光るう、おおぅ。
「可愛いい、ね、可愛いい」
きゅっと握ってきた手の力。こちらを向く笑顔、
「う、うん可愛いい」
ぱっと笑顔が爆ぜる。どきどきとした。
花火大会、枝垂れる夜空の華の下。
多分来年も、翌年も、その次も、多分こうして俺たちここで、並んで、きっときっと、二人並んでいると、さっき思った事と重なる。
信じて無かったけど、赤い糸………あるんだなぁと、
少し寄り添い空を見上げながら思う。
とろりとした漆黒に、光の糸を引きながら降りるそれを、一緒に目で追い眺めながら俺は話す。
「来年も、一緒に見に来ような」
うん!行く!嬉しい!と即座に、最上級の笑顔が、答えが、かえってきた。
どん!と胸に飛び込んできたその顔と言葉。まとう空気。ピカピカの輝き。
くぅー!か、可愛いい…………。尻に敷かれるな、俺はと、その時、はっきりとした未来が見えた。
完