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最果ての世界へ  作者: 律稀
知る者、知らない者
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  相変わらずソリの壊れた屋根は入り口をふさぎ、力の無いレオナルドを嘲笑っているようだった。しかし、レオナルドはもう腹など立たない。サイロが自分の言うことを聞いたと思うと、自然にそうなってしまったこと等簡単に許すことが出来るのだ。もっとも、誰を許すべきなのか彼は知らないようだが。


「これをどかすんだ。出来たら中の食料使わしてやるよ」

「荷物ねえ…………」


  レオナルドの無自覚の上から目線に、サイロの何処か含みのある微笑み。どちらが悪質なのだろうか。少なくとも今の段階の彼らには結論を出せないだろう。


  サイロは何処から出したのか、小ぶりの鋸を手にしていた。慣れた手つきで壊れた屋根から手頃な大きさの木材へと変えていく。レオナルドはサイロが作った木材を少し離れた場所に何往復もしながら運んだ。彼の足取りは軽く、浮き上がってしまいそうだった。ソリに使われていた木は上等のものだったらしい、良い香りが木材を持ち上げる度にレオナルドの鼻を擽った。サイロは黙々と作業を続ける。先程の作業でも、今の作業でも、彼は何も言わずに手を動かす。職人に向いていそうだとレオナルドは思った。この少年は寡黙でよく働く。ナクラに居たらどういった人生を歩んでいたのだろう。それを知るには、レオナルドはあまりにも彼を知らなかった。それでも平気だろうとレオナルドは軽く考えていた。


  サイロはとても手際が良かった。レオナルドが木材を運ぶ速さよりもうんと速くソリを解体していく。レオナルドが疲れ、運搬の速さが落ちてもサイロの手際の良さは変わらない。いつの間にか木材の山が出来上がっていた。たまらずレオナルドはサイロに尋ねた。


「なあ、屋根を退けるだけで良かったんだぞ? 今どうなってるんだよ!」

「………………………………え? ああ、それ全部運んだら中に入れば」

「反応遅せえな!!」

「五月蝿い」


  レオナルドの問いに、作業に没頭していたサイロはすぐに気が付かなかった。何故気が付いたのかと言われると、おそらくそわそわしたレオナルドが盛んに足踏みをしていたことが原因だと言えるだろう。


「五月蝿いってお前…………!」


  怒りで二の句を次げないレオナルドなどもう視界に入らぬ、と言っているようだ。何故か彼の背には他を拒絶するような色が見えた。レオナルドは一つため息をついて再び足を動かし出した。今度は、さっきよりもゆっくりと。


  サイロが量産した木材は、均等に五つの山に分けられた。レオナルドは自分の仕事を少し離れたところで見ると、満足そうにふんと鼻を鳴らした。一先ずは機嫌が直ったらしい。軽い足取りでソリへと向かう。先のことなど何も知らずに。

 



  レオナルドは唖然とした。目の前の光景は、レオナルドが今まで生きてきた中で「人」がすることでは無かった。


「お前…………何、やってんの…………」

「何って、見たら分かるでしょ」

「そんなの……人間のする事じゃねぇだろ! 何で盗みなんてするんだよ!!」


  レオナルドはナクラで育った。 美しい町並み、きちんと貴族向けに整備された法、上質な品物の集まる、世界から見れば「最も優れた地」。そこでは、生きていくために盗みなど必要無かった。しかしそれは庶民以上の階級を持つ者のみの暮らしである。庶民の生活も知らない「世間知らずの御坊っちゃん」であるレオナルドに奴隷や家無し児の生き方など分かれという方が無理な話だった。ナクラといえ、そんな人々が盗みをしない筈がない。盗みをし、塵を掻き分け「食べられる物」を探す。当然、それが「上」に知られれば罰せられる。必要のない案山子を壊すように、ぼろ布のような状態まで追いやられる。死んだら死体は放置されるか塵として燃やされる。身分が高い人の目につかぬよう、隠されているだけなのだ。身分が違うだけで生きられるかどうかは明確に分けられる。レオナルドは運良く、「生きられる人間」だったのだ。


  先程レオナルドが化け物の羽を入れた麻袋によく似た袋に、必要か必要でないか吟味しながら物を詰めていくサイロの姿は、近くにいても遠いものだった。レオナルドにとって大きな意味を持つ荷物が、少しずつ価値を見出だせないものに変わろうとしていた。

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