Ⅵ
化け物の羽はとても軽く、柔らかかった。所々に火の粉が飛んだらしい焦げはあったものの、ほとんどが無事だった。泣いてもいないから手元が狂わず、先ほどまでよりも順調に作業は進んだ。始めこそ嫌々だったが、やり始めると段々楽しくなっていく作業というのは不思議なものだ。単純に、レオナルドがこの手の作業をやったことが無いからかもしれないが。
麻袋は膨らみ、入りきらなかった羽が舞う。羽をぎゅっと奥に押し込んでからさらに詰める。軽い羽でもたくさんあると重くなる。初めて「体験」したことだった。
「おい、お前! 終わったけどどうすんだよこれ」
レオナルドは遠くのサイロに、そう叫んで聞いた。まだ作業をしているらしいサイロは何も反応しない。黙々と手を動かしているらしいことは分かった。呼び掛けに応じる様子が無いので、レオナルドは違うことをすることにした。腰を伸ばして壊れたソリへと向かう。荷物が無事かどうか、確かめるためである。
ソリはひどい状態だった。屋根は大破し、底が歪んでいた。大破した屋根の一部が出入りを拒むように倒れている。荷物はその屋根の丁度真下にあった。とてもレオナルド一人の力では荷物は取れない。レオナルドはサイロの居る方向を見た。相変わらず自分の作業に没頭しているようだった。
何時からだかは分からないが、血の臭いが気にならないくらいまでレオナルドの鼻は慣れていた。人間、突拍子もないことが続くと慣れていくものである。
「おい、お前! サイロ!」
「…………………………」
再びレオナルドはサイロに呼び掛けた。返答は無い。焦れたレオナルドはずかずかと大股でサイロの所へ歩き始めた。
「おいっつってんだろ!」
レオナルドはサイロの肩を軽くどついた。彼の身体は力を受け流すように揺れ、倒れることは無かった。どつかれてもなお、サイロは何か考え込んでいた。暫くして、ようやくふと気がついたようにレオナルドを見た。
「あれ、君どうしてここに居るの。羽は? 全部とったの」
「遅いんだよお前! もうとっくに終わってるっつーの!」
「そう。で、用は何なの」
サイロの瞳は何の色も映していなかった。静かに揺れる金はいくつのものを隠すのだろう。
「お前な……ソリの中の荷物を取りたいんだよ。人手不足だ、手伝え」
「ふうん、荷物ね…………じゃあさっさととらないとね」
何かを含んだように瞳が光った。レオナルドは気付かない。レオナルドはサイロが自分の頼みをあっさり了承したことに得意になっていた。サイロの行動がレオナルドの自尊心を回復させたのである。
「ねえ、その荷物って何が入ってるの」
「簡単で手軽めな食い物だろ、あと資料とか本もあったかな……暫く生活する分の必需品はあったと思うぜ」
「ソリ…………必需品に、木材………………」
小声で何か呟くサイロに、レオナルドは気付かない。上機嫌で、足早にソリへと向かう。レオナルドは浮き足立っていた。荷物の中に入っている本を思い出したのである。両親が絶対見せてくれなかった研究内容や、新たな知識が手に入る。両親を越えると誓った彼には必要不可欠な物だったのだ。ソリの中の荷物は、レオナルドにとって、とても大きな意味を持っていた。