Ⅴ
「……で、君この後どうする気でいるの」
不意にサイロがそう聞いた。レオナルドは困惑した。両親が居なくなった今、仕事を続けるのは不可能だろう。両親の死を知るのは、この少年とレオナルドだけなのだ。子供しか証言者が居ない。後々ナクラに戻ったとして、レオナルドが生活出来るかどうかは分からない。
「どうって……何も考えてないけど」
「ふうん」
サイロは興味無さそうに答えた。何かを思案するように斜め左下を向いている。人が質問に答えておいて、その態度はねえだろ、と内心でレオナルドが毒つく。そんなレオナルドの気など知らないサイロは手持ち無沙汰なのか、足で雪を蹴っていた。
「それがどうしたんだよ」
反応も今一つつかめず、自分の行く末に無関心という態度にレオナルドは苛立った。サイロが何を言いたいのか、まるで分からなかった。
「……不本意だけど、仕方がない」
少し時間を置いて、サイロは口をひらいた。
「なんだよ」
「取引だ。君、学者の息子なんでしょ? 曲がりなりにも知識やら世間一般の常識やらは持ってる訳だ。でも、君はこのままだと村にたどり着くまでには死ぬ」
きっと顔をあげ、蛇のような瞳に強い光を宿したサイロがそこに居た。瞳の色は先ほどまでとはまったく違うものだった。闇を感じる訳でもなく、蛇のようだと思うでもなく、確実に意志のある「人間の目」をしていた。レオナルドは目をみはった。彼をここまで強い目にさせるものは何なのか。そんな目になるほどこの取引には大きな意味があるのか、レオナルドは知らなかった。
「……どうしてそう言い切れるんだよ」
「食料も雪原とか樹海を生き抜く術も知らないんだから当然だよ。……それに、僕達には確実に知識が足りないんだ。分かるでしょ、物々交換の要領で取引だって言ってるの」
サイロはどこか焦ったような表情をしていた。何かを噛み殺すような、そんな獰猛さも見え隠れする。何故、それがレオナルドの中で渦巻いていた。
「…………今すぐには聞かない。取り敢えずこれの処理が全部終わるまでは時間をあげる。応えによっては……何か考えとく」
サイロはそう言ってレオナルドに背を向けた。焦りを押し殺すような声色だった。レオナルドは化け物だったものを見た。少し変色しだしてはいるが、赤く染まった雪の上に羽の無い翼、焦げた毛皮が広がっている。肉はどこにあるのか、探したらサイロの居る化け物の爪先あたりに積み上がっていた。
(あれで、何日生きられるんだろう)
レオナルドはぼんやりと考えた。何も無ければ、三日後の昼前には村に着く予定だった。レオナルドの足では十日はかかるだろう。当然、十日以上程の食料を持って来ている訳がない。しかも、雪原で何が起こるかも分からない。サイロについて行かなければ死ぬことは明確だった。
(それに、あいつ…………僕達って言ったよな。あいつには仲間が居るってことなのか?)
レオナルドはサイロの姿をよく見てみた。正面から見た時は分からなかったが、一束のみ長く尻尾のように伸びた髪があった。レオナルドには、それが余計に蛇らしさを強調しているように思えて仕方なかった。レオナルドよりも少し高い背に痩せ型。しかし奴隷でよく見るような不健康そうな痩せ方では無かった。筋肉質というのだろう、贅肉が無いという印象だった。
レオナルドは自分の身体を見た。普段から運動をしない若い身体にはぷくぷくと贅肉がつき、余計に背が低く見える。自覚はあったものの、痩せるための努力をするという頭は無かったのである。不健康さがこんな場面でたたるとは思ってもみなかった。羽をむしって袋に詰めるという単純作業でもやり続ければ身体が暑くなる。額ににじんだ汗で前髪が張り付いた。息も多少荒くなっている。運動が大変だと身をもって痛感させられた。
(俺は、あいつについて行った方がいいのかな)
レオナルドはサイロが気に食わなかった。学者の息子であることを流されたのも、無理矢理手伝わされたのも、レオナルドよりも強い力を持つことも。彼にとっては、自分よりも身分の低い人に服従することなど屈辱でしか無かった。
(でも、ついて行かなかったら学者になれない。夢を叶えるまで、死んでたまるか!)
レオナルドは化け物の左翼に手をかけた。作業にはまだ続きがあるのだ。言葉にするのは、その後でも十分間に合う。レオナルドは勇んで作業を再開した。