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最果ての世界へ  作者: 律稀
知る者、知らない者
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  レオナルドは気味が悪かった。目の前には焼死体がそびえるように倒れていた。これを作った者は、影に隠れているらしい、近付いてくる足音が聞こえた。


「なんなんだよ……どうなってんだよ!」


  思わずレオナルドは叫んだ。呆然とした響きは隠せない。彼が状況についていくには、あまりにも目まぐるしく変わりすぎた。


「騒がしいのが居ると思ったら、原因は君だったのか」


  近付いてきた足音が止まった。レオナルドが声のした方向へ顔を向けると、一人の少年が立っていた。ぼさぼさの黒い髪は跳ね散らかし、四方八方、それぞれ勝手な方向を向いていた。貧しそうな身なりをした、レオナルドと同じくらいの年齢の少年だった。


「誰なんだよ、お前!何なんだよこの化け物!何でお前はあの樹海から出て来たんだよ!……訳分かんねえよ!」


  レオナルドは少年に噛みつくように聞いた。彼はもう自分のことに整理がつけられなかった。状況が読めず、自分をも見失いかけていた。


「五月蝿いなあ、君。僕今そんなことに答えてるほど暇じゃないんだよね。ああ、答える代わりに手伝ってくれる? これ処理しなきゃいけないんだよ」


  少年はそう言って、これというところで化け物を顎でしゃくった。少年はあまりにも冷静で、その淡々とした様子に余計レオナルドは苛立った。彼は格下のように見える者に命令されることが嫌いだった。彼にとっては、同年代の人は全て格下に見えるようだったが。


「何で俺がお前を手伝わなきゃいけないんだよ! 俺は学者の息子なんだぞ!? そんなことして良いのか、将来の官僚なんだ、ナクラの役人だぞ!」

「そんなのどうだっていい。君状況分かってないでしょ。君はこれに殺されかけたけど、僕にはこれを殺せる力はある。これを殺すより、君を殺す方が容易い」


  暗にいつでもレオナルドを殺せると脅した少年の顔は悔しいほど変わらなかった。レオナルドは恐ろしかった。彼の金に光る瞳が。その瞳には、一筋の黒い線があった。レオナルドはいつかナクラの市街地の外れに来た見せ物小屋を思い出した。その見せ物小屋に居た、他の生き物とはまったく異なる肢体を持つ、忌み嫌われる生き物、蛇に少年の瞳はよく似ていた。レオナルドはこの少年に、蛇に近しいものを感じていた。


「お前……人を殺していい訳無いだろ!」

「何言ってるの? ナクラに居る所謂お偉いさんは簡単に人を殺すだろ? 君はその人にもそうやって言うの?」

「っ…………!」


  レオナルドは言葉に詰まった。何も言えない自分が腹立たしい。レオナルドはうつむき、固く唇を結んだ。確かに上流貴族達は使い物にならない奴隷を殺す。政権を狙った暗殺だって珍しいことではない。実際、ナーラ一族が一つ貴族の家を滅ぼした事件が十年前にあったことも彼は知っていた。


「ほら、何も言えないんでしょ。早く手伝ってよ。君に出来そうなのは……羽をむしるくらいか。まあいいや、頼んだ」


  これで話は終わりだというように、少年はレオナルドに背を向け、化け物の影に消えていった。レオナルドは少年が怖かった。怖かったと同時に哀れだとも思った。彼の瞳は美しい金だったが、底の無いくらい光を称えていた。レオナルドには計り知れない闇を抱えているように思えた。

  レオナルドは前を向いた。まずはやらなければならないことが出来た。レオナルドは化け物の翼に向かって歩き出した。背中の毛は焦げていて、まだ少し熱かった。レオナルドは翼を倒れさせ、化け物の身体から翼を少し離した。

  反対側から血のような臭いがした。つんと鼻につく鉄の臭い。この時になって、ようやくレオナルドは殺された両親のことを思い出した。再び鼻がつんとした。目の前が霞んで手元がよく見えない。まだ成長途中の手のひらが空を切る。我慢しようとしても嗚咽が漏れる。静かな雪原にレオナルドの声が響く。


「……何やってんの。ほら、これ袋。渡すの忘れてたけど、これにむしった羽入れて。僕は暫く自分の作業してるけど、やっといてよ」


  いつの間にか少年が来て、要件だけを言ってまた戻っていった。普段なら気に入らなかっただろうが、今はそれがありがたかった。少年からの無言の気遣いとまではレオナルドには分からなかった。彼は少年が持ってきた大きな麻袋に顔を埋めた。ごわごわしていて少し埃臭かった。それでもかまわなかった。



  少し気分が落ち着いてから、レオナルドは化け物の羽をむしり始めた。彼の手が空を切ることは無い。レオナルドは無心で羽をむしり続けた。何に使うのか、少年の正体は何なのか、知りたいことは山ほどあっても、何も考えられなかった。ただひたすら羽を取っては麻袋の中に詰めていた。頭を空っぽにして、悲しみを忘れるには丁度良かった。

  レオナルドは化け物の右翼の羽をむしり終えた時、丸まっていた背中を伸ばすついでにあたりを見渡して驚いた。化け物は解体されていた。それに気付いた瞬間、むせかえるような血の臭いに包まれた。レオナルドは吐き気を感じた。ここまで血の臭いを嗅ぐことなど、今までの生活では考えられなかった。


「あれ、今片方終わったんだ。思ってたより遅かったね」


  不意に声をかけられ、レオナルドは驚いた。少年の粗末な服は血で汚れていた。


「お前……何なんだよこれ」


  レオナルドの声は震えていた。動揺を隠せなかった。


「何って、動物だったやつだよ、鳥虎。知らないの? さっき君を殺しかけたやつ」

「…………今お前何て言った?」

「え? 殺しかけたやつ」

「もっと前」

「知らないの」

「あとちょっと前」

「ああ、鳥虎?」


  レオナルドは呆気にとられた。目の前に居るこの少年は、巨大でおぞましい生き物を「鳥虎」と言った。正式名称とは思いがたいところから、少年がつけた名前だと考えていいだろう。


「はああぁぁ!? 何だそれ、名前! 何でそんなのつけたんだよよく見ろよ化け物だろうがこれ! 何でそんな安直な名前つけてんだよ!」

「別に名前はどうでもいいでしょ、何なのか分かればそれで十分」

「だからったって簡単過ぎるだろ、そんな安直な名前の化け物なんて嫌だよ!」

「僕は嫌じゃないしこれでいい」

「本当に何者なんだよお前!」

「ああ、そう言えば君誰?」

「遅えわ!」


  レオナルドの恐怖や吐き気はもうどこか遠くへ行った。変わりに脱力感や少年の様子に対する苛立ちが生まれた。


「俺はレオナルド。学者の息子で、将来的には最高の学者になる男だ!」

「へえ。学者ねえ」


  少年の言葉には皮肉がたっぷりと込められていた。しかし、レオナルドには気付けなかった。今までこちらにあまり関心の無かった少年が反応したため、レオナルドは得意になっていた。


「まあ聞いちゃったし、僕も言っとくか。僕はサイロ。よろしくしなくてもいいや」

「どっちだよ何なんだよお前」


  少年──もといサイロは金の瞳を冷たく光らせていた。レオナルドを通して何かを射抜くように、何かを見つめていた。

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