ⅩⅡ
「結局、君は何を聞きたいの」
「目的だよ、お前の計画とやらの内容もな」
「え、なんで知らないの」
「てめぇが話してねえんだよ!!」
依然として進まなかった話が動き出す。レオナルドは大声を出しすぎて、肩で息をしていた。サイロもサイロで、迷惑やら疲労感やらを滲ませている。
「分かったよ五月蝿いなぁ…………」
面倒だと隠しもせずに態度に表すサイロを怒る気力は、もうレオナルドには無い。
「五月蝿いじゃねえよ。俺の知識が必要になるんだったら早く話せ」
サイロはふ、と息をつき、瞳を閉じた。もうだいぶ馴染んだ冷たい空気が動き、レオナルドの肌を刺した。
「分かってるって…………ダリクレア山脈の、その先には誰も行ったことがないんだ。宙人も、それより弱い人間も。だから、ここはある意味果てだ」
「果てってお前……!」
レオナルドはナクラで受けた教育を思い出した。果てなき世界、エンダ。その最高かつ最も美しい地がナクラ。果てなき世界の全てはナーラ一族に属する。レオナルドが幼い頃から教えこまれてきた、基礎的な思想がそれだ。それ以外を基盤とした思想を唱えること、抱くことすら禁じられている。
(こいつ……何言ってやがる。もしこんなこと言ってるのを知られたら殺される! 正気の沙汰じゃない)
「だから、ここに果てがあるんだったら、他にも何処かに果てがあるんだ。誰の指図を受けない、僕らだけの地が───」
サイロは瞑っていた目をゆっくりと開けた。見ている先は何処か、レオナルドには分からなかった。何故かいるはずの無いアルビノを、空中に見ているような、そんな気がした。
「最果ての世界は、絶対にある。僕は、彼女をそこに連れていく」
サイロの蛇のような金の目はいつ見た時よりも強い光を称えていた。真っ直ぐ前を、目的を見ている目だった。きっと彼には障害となるものは見えていない。概念すら知らないのかもしれない。
「お前……! そんなの言ってどうすんだよ、あるはずがねぇんだ。ナーラ一族の目を掻い潜って探すつもりか? なら絶対無理なんだよ。エンダの人間は、全員監視されてるようなもんだからな」
都合の悪いモノは消されてしまうのだ。幾多もあった武力統率の歴史を、彼はサイロよりも知っている。気分だけで潰される勢力だって、彼は両手の指で数え切れないほど知っているのだ。
「まあそうなんだろうね。無謀だって言われるのは僕も分かってる。でもそれだけで諦めるわけないでしょ、僕だけじゃないんだから。最果ての世界で、彼女が何も恐れずに生きられるなら…………誰に何言われたところで無駄だよ。彼女の安寧が無い世界にいる必要なんて無いんだから」
ゆらり、とサイロの髪が揺れる。一束だけ結ばれた、この長い髪でさえ彼のものであって彼ではないような、そんな気がした。
(やっぱりこいつは蛇だ)
目的以外はきっと見えていない。本当にアルビノがそれを望んでいるのか、レオナルドにはそう思えないその夢も。
「最果てに行ければ、絶対何か分かるんだ……何で僕が生き残ったのかも」
徐々に尻すぼみになっていった言葉を、レオナルドは聞き取れなかった。思い詰めたような顔をしていた。相変わらず霞で白んだ世界は、サイロの黒髪をよく目立たせていた。
「…………で?」
何で俺の知識が必要なのだとレオナルドは問うた。話を聞いている限り、 宙人の持つ知識があればレオナルドの知識までは要らないように感じられた。
「何でって……最果ての世界に行く前にナクラを落とすから」
平然と発せられたサイロの言葉にレオナルドが意味を理解し、また大声を発するまでしばらく時間が必要だった。
「……落とす?」
「落とす」
「……ナクラを?」
「ナクラと言うより、ナーラ一族を潰す」
「……………………はあぁあああああああああああぁぁぁ!?」
「五月蝿いよ」
レオナルドにはサイロが何をしたいのか理解が出来なかった。サイロとアルビノ、ノースに戦力として期待出来ないレオナルド。仮に宙人が味方につくとしても、ナクラを陥落させるなど不可能だろう。ナクラには、騎士団も魔法使い達も、魔導師の連合もあるのだ。勝機はまず無い。
「嘘だろお前気でも狂れてんのか!?」
「狂れてるのかもね。でも、僕は絶対に諦めないよ」
意思を曲げるなんて無縁そうな強い光に、レオナルドはがっくりと脱力した。




