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夜がとっぷりと更けていた。いつの間にか宙人の子供たちは宴会場から姿を消し、女たちは必要の無くなった皿や杯を片付けていた。雑魚寝している男たちとノースも目に入る。
レオナルドの頭は昼寝の後のようにすっきりと冴えていた。どうやら眠ってしまっていたらしい。腹は満たされているが、喉の乾きを感じた。はっとして自分の手元を見ると、勝手に体が空になった杯に果実水を注いでいた。彼が自分で自分の杯に注ぐこと、誰かの杯に注ぐことはこの宴が初めてであった。くすぐったいような、堕ちたものだと自嘲的に笑うような、不思議な感覚がした。
乾きが満たされ、レオナルドは改めて周囲を見渡した。宙人の長であるヤトは未だに涼しい顔をしながら酒を煽っていた。酒の匂いが充満し、それだけでレオナルドは酔ってしまいそうだった。
しかし、レオナルドの探している人物は見つからない。サイロとアルビノである。宴の前にアルビノから聞いた真実を、レオナルドは確かめたかった。そのためにも、早急にサイロと話すことが必要だと思っていたのである。
宙人は普通の人間よりも酒に強いらしい。そこらじゅうにごろごろと転がる、酒の入っていた甁を避けながら進むのにレオナルドは苦戦した。女たちが軽く片付けたはずだが、それでもまだ大量に残っているのだ。この里の宙人全員が集まり、しかも女たちも男程ではないとしても、酒を呑んでいたのだから当然か。レオナルドはヤトに席を外す旨を伝え、また難航しながらも宴の会場外へと出た。
夜の冷たい空気がレオナルドの身体を内側から冷やす。相変わらず昼間と同じように霞で視界が白んでいた。そう言えばここはダリクレア山脈の樹海の上空だったなと思い出した。
レオナルドはふと振り返って、自分の居た広間を見た。この里の宙人全員が入れる、とても大きな建物。レオナルドにとっての、ナクラの市街地集会所のようなものだろうか。しかし、それよりも暖かく、どこかレオナルドの胸に迫るものがあった。悪くないなどと上から目線で思いつつも、彼は口の端が上がるのを抑えられなかった。
「ここで何してるの」
背後から、記憶に鮮明な声がした。今まで無かった足音が聞こえてくる。レオナルドはもう一度振り返った。白い霧の向こうから人影が二つ、並んで見えた。レオナルドと同じくらいの背で、一つは尻尾のようなものを揺らしていた。
「酒の匂いに参ってただけだっつーの……サイロ」
人影──サイロとアルビノの輪郭が徐々にはっきりとしていく。顔をしっかりと確認出来る距離になってから、レオナルドも軽く彼らに近づいて行った。アルビノの白い鼻が寒さで赤くなってしまっていた。
「寒い夜に女外に連れ回すのは良くないぜ。女の方が寒さに弱いっていうしな」
「レオナルド、サイロが悪いんじゃないの。私が、お酒の匂いにあてられちゃって」
そうアルビノが言うものの、サイロはどこか不満そうであった。よく見ると、サイロはこの気温にしては薄着をしているが、アルビノは少し着膨れしているように見受けられた。
(何だ……そういうことかよ)
レオナルドがため息をつくと、アルビノは少し困ったように微笑んだ。気持ちは嬉しくとも、過保護すぎる面があるのだろう。着込んでいても鼻が赤くなってしまうのは先天性白皮症のせいであろう。
「いや、いい。忘れてくれ…………それよりか、」
「何。もう休ませたいんだけど」
てめぇは親かと内心で突っ込む。アルビノに目で訴えると苦笑いされた。
「用はお前にあんだよ、サイロ」
「…………僕?」
「おう。そろそろ話して貰おうじゃねぇか」
お前が、本当に魔法使いなのか。目的とやらは何なのか。計画の一部始終はどんなものなのか。レオナルドには知るべき事が多いのであった。




