Ⅶ
サイロの持つ力……それを説明するには、ナクラを知る必要があった。彼女らはそれを知らない。彼女が思っていた、レオナルドの知識を借りる初めの時はレオナルドからもたらされたようなものであった。
「……ごめんなさい、それをあなたに伝えるには、私も知らなくてはいけないことがあるの。私達の、計画を左右すること。きっと、レオナルドの今後だって変わってしまうような」
計画の危険性を一番知っているのはアルビノである。危険な面倒事が嫌いそうに見えるレオナルドを無断で計画に巻き込むのは、本意ではなかった。
「……なんだよ、その知るべきことって。言っておくけど、逃げんのは無しだぞ」
「勿論よ……教えて。ナクラでは、魔法使いってどういう位置付けに居るの?」
魔法使い──下手をすれば、たった一人で都市さえ落しかねない力を持つ彼ら。サイロの力は恐らくそれに当たる。断言が出来ない所以は、彼らの知識や認識が足りていないためである。しかし彼女は危惧していた。もしその力が一般人が持つことを禁忌とされていたら。サイロはどうなってしまうのか。仮説を立てれば立てるほど、アルビノの背は粟立つ。もう彼が居なくなることに耐えられるほどやわな絆ではなくなってしまった。失わないためには、知が必要であった。
「魔法使いって……そんなの、エンダ中の魔法使い全員ナーラ一族に支配されてるに決まってるだろ。言葉と思考の力を魔法にしてる、強力な力を持った奴らをその辺に放っておく訳ねえし。あのナーラ一族だって、抱えてる魔法使い団に寝返られたらナクラを落されるって言われてるしな。むしろ今まで反乱も起こさず仕えてるってのが不思議なくらいだって……どうした?」
「もしよ……もし、ナーラ一族に帰順していない魔法使いが見つかったら、どうなるの?」
例えが制限されすぎているのは分かってはいた。しかし、回りくどい道を通るほど彼女に余裕は残されていなかった。レオナルドの怪訝そうな顔はアルビノの不安を煽っていく。
「もしって……そんなのあるはずねえだろ。魔法使いになる条件って知ってるか? 専門の教育と、生まれ持った素質が無いとなれないんだよ。素質を持つ人間が生まれてくる血筋ってもんがあるんだからよ。その辺の人間がぽんぽん魔法使いになんかなってたまるか。万が一があるなら…………懸賞金でもかけられて指名手配だろうな、ばれたら」
がんがんと頭の中で警鐘が鳴り響く。レオナルドから教わった、ナクラでの「常識」。もしサイロの存在が知られたら? もしも彼が魔法使いだと分かってしまったら?
本当に、レオナルドに真実を伝えなくてはいけないのか?
現時点での彼女の優先順位にたつのは、レオナルドよりもサイロである。しかし、アルビノは何も知らない振りをして切り捨てることが出来る程非情ではなかった。思考がぐるぐると回る。吐き気さえするような。
「それが、何か関係あるのかよ」
「え、あの…………」
訝しそうな顔をこちらに向けるレオナルド。察しは悪いが、情報があれば思考することが出来るのだとサイロが言っていた。無駄に情報を与えてしまったのだから、下手に誤魔化してことをややこしくするのは得策ではないだろう。それでも、躊躇われた。
「…………ごめんなさい、ちゃんと伝える。私が勝手に言ってしまうのも、良くないとは思うんだけどやっぱり知ってて欲しいから。……サイロはね、ナクラ出身でもないし、魔法使い団になんて入っていないけど、それでも魔法使いなの」
教育も何も受けていない彼が何故か自然と身につけた力。彼がアルビノと出会う前に、その力が目覚めるほどどんなに切羽詰まった状況に置かされていたのか。名前の無かった彼がどこまで心を壊されていたのか、それを考えると気が狂ってしまいそうになる。そんな彼が抱けた夢なのだ。叶えるために全力を尽くす以外の選択肢を彼女は持っていない。否、彼女自ら棄てたのだ。
「はあ…………? そんなの、あるはずねえ! 前例も無いぞ、魔法使いの血筋を引く一族は全部ナクラに居るんだぞ!? そんな馬鹿みてえな話……」
「レオナルドは、私達よりも知識がある分余計混乱すると思うの。でもさ、レオナルドが襲われかけた化け物を、サイロはどうやって倒したのか分かる?」
鳥虎と彼が名付けた怪物を倒したのは今回が初めてでは無い。腕力では敵うはずのない化け物を倒す方法を、アルビノは他に知らなかった。
「火の粉……まさか魔法で出したってのか? 有り得ねえ……けど、確かに繋がる……」
「本当に、混乱ばかりさせてごめんなさい。でもそれがあなたの質問への答え。……長話しちゃったね。皆探してるかもしれないし、先に私は行くね」
混乱しているレオナルドと、これ以上一緒にいることには耐えられなかった。気まずさから逃げるように小走りで厨房の中へと入る。アルビノは胸の中に積もった一物を見ないふりをして、宙人の女達の声に答えた。




