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最果ての世界へ  作者: 律稀
未知の里、不思議な少女
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  イノア──それがアルビノの少女の本当の名前であった。ノースや宙人に教えないのは何も嫌いだからという訳では無い。彼女の境遇を持ってして生まれた、サイロとアルビノの秘密であった。アルビノは軽く目を閉じた。瞼の裏によぎる影、何に変え難い苦い記憶と恩人への想いが彼女を満たす。


  ─アルビノの少女は、ナクラからかなり離れた地方の、その中でも秘境とすら呼ばれるような集落に生まれた。生を授かった彼女に投げかけられた言葉のほとんどは「忌み子」への憎悪の念が込められていた。彼女の父親も母親も、彼女を家族ではない、人間では無いと子を罵り、侮蔑の目を向けていた。あまつさえ、お前のせいで私達夫婦も集落の人々から白い目で見られるのだと。彼女が何をしたという訳では無い。ただ「異形」に生まれてきたことこそが彼女の罪であった。

  辛い暮らしは何年続いたのだろうか。殺されなかったのが不思議なほどだが、彼女は集落で生きていた。労働力として扱われる奴隷の方がまだましだったのではないか。意味の無い虐待、罵詈雑言。白い肌がきちんと美しく保たれていた時期など無かった。泥にまみれ、茶色く染まったような髪。弱々しい光しか浮かべたことの無い瞳。自分の姿をきちんと見たことすら無かった。

  そんな中で名前を付けられたことこそ、本物の奇跡なのではないかと彼女は後後振り返ることになる。最も、集落の人々は彼女の名前を呼ぶことなど無かったが。必死に自分に名前を言い聞かせ、人間でいようと足掻いていたことなど誰も知らない。彼女をわざわざ構う者など居なかった。

  だが、それも狭い集落だったからである。彼女が六の歳を数える時、地方の管轄であった豪族が消えた。ナーラ一族により排除されたのである。その席に次に座ることになったのは、ナーラ一族の末席に居る、中年のよく肥えた男だった。その者は支配者が変わったのだと知らしめるために一つ一つ集落を回っていた途中だったらしい。権力を振りかざすのが好きな下卑た大人の目に止まらないようにするには、彼女の容姿は目立ちすぎた。興味を惹かれた男は、数年後に少女を引き取ると言い残し、大量の金を置いて去っていった。集落の人々は歓喜した。こんな山奥の集落では得るはずのない大金である。喜んで差し出そうと、最低限の彼女の教育が始まった。彼女の生活は見違えるほど良くなった。汚れているのが普通だった身体はきちんと整えられ、破れている箇所を数えようとも思えなかった服は捨てられ、上等のものに変わった。白い肌と白い髪に赤い瞳がよく映え、可愛らしい女の子の姿になった。

  それがいいことだったのも最初のうちだけである。今まで彼女を下に見て、虐待やら暴言やらを吐いていた者の不満が溜まっていった。これまでの彼女は、言わば集落の「負の感情の掃き溜め」であった。そんな彼女が自分よりも上等な生活をしていることへの不満は爆発的に膨らんでいった。

  こうした中で、集落の人々はあることを決めた。少女は集落の人々に打ち捨てられた。以前のような粗末な服を着せられ、山奥まで来ると乱暴に彼女を置き去りにしたのである。戻ることは許されなかった。

  彼女は一人で山をふらついた。行く宛てなど何処にも無かったが、何故か歩かなければならないと感じていた。生まれ育った集落から遠ざかろうと泣きながらも、嗚咽や咳が出ても歩き続けた。彼女の心の中で、今まで向けられてきた憎悪は集落の人々に返すような形で向いていた。それきり彼女は集落がその後どうなったのかは知らない。近寄ろうなどと思わないが、憎悪だけは「彼女の中の集落」に巣食っていた。ある意味、憎悪が彼女を動かしていたと言っても過言では無いのかもしれない。

  満身創痍になり、倒れた彼女を見つけた者───それがサイロだった。その時からサイロは彼女にとっての恩人である。






「……おかえりなさい。今回はかなり長かったね。怪我はしていない? 体調も大丈夫?」


  イノアはサイロを労った。彼がどうして樹海に降りたのか、彼女は知っていた。目的を達成させないための障害がひしひしと迫っていると彼女は感じていた。


「僕やノースに心配することは特に無いよ。それより、長が言っていた通りだった。今回狩ってきたあの鳥虎、普通じゃなかった」

「長の気にしすぎってことにはならなくなったのね……相手の目的が絞れればもう少し考えようがありそうなのに」

「うん……今回でまた動き始めようと思う」

「……そう。ずっと居続けるのは出来ないし、仕方ないね。本当に、長には感謝してもし足りない。宙人の里に来れて生かされているようなものだしね、私達」


  サイロはゆっくり頷いた。イノアの表情が暗いことは分かっていたが、“約束”を果たすために必要なことであった。サイロはそっと目を伏せた。樹海とは違う風の匂いが彼らの心を過去へと誘っていた。


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