Ⅰ
冬の雪山への道を、レオナルドはソリに揺られていた。彼にとって実に不本意な結果である。
(なんだって俺がこんな目に。騙しやがってあの狸オヤジ)
彼の母親は申し訳なさそうに彼の顔色をうかがっているが、父親はかえって堂々と胸をはっている。開き直ったが正しいか。
(ちくしょう……雪山の方へ行くって言うから調査かと思えば、資料を得るために田舎に行くだけかよ。しかも呼ばれた理由は荷物持ちとかなめてんだろ。そんなの家の使用人使えばいいのに。あーあ、こんなことだったらナクラに残って本でもなんでも、勉強してた方がよっぽど有意義だったね)
彼の両親は学者である。ナクラにおいて、ナーラ一族に保護され、国から重宝される立場の学者は官僚になれるほど高い社会的地位を誇っていた。勿論家はナーラ一族の城、ナクラの中心地に近く、何人もの使用人を抱え、豪華絢爛な暮らしを謳歌する。もともと豪華であったとしても、自分がさらに富を得るために汚職に手を染める者も少なくない。身分の高い人とは、だいたいそういうものである。
(オヤジ馬鹿なんじゃねぇか、俺が荷物持ちなんかになる訳ないだろ。自分の腹見ろよ、それから遺伝してんだから無理に決まってるだろ。子供は親の仕事を手伝うべきってんならもっと俺に合った仕事させろよな)
子供ながら実に上から目線だが、彼にとってはこれが普通なのである。子供に甘く、欲しいものは何でも与えてきた彼の両親にも、傲慢な彼の性格にも問題があるのだが。
レオナルドを表すなら、「世間知らずのいいトコの坊っちゃん」が妥当だろう。誰かに何か命令することなど、日常茶飯事なのだ。実際彼は何か功績を誇っている訳ではないのだが、学者の息子だから威張って当然という思考回路を持っているらしい。
彼は今、両親の仕事の一環としてとある田舎町へと資料の受け取りに来ていた。しかし、彼の乗る客人用のソリには彼の両親と運転手以外の「ヒト」はいない。あるのは四人分にしては多すぎる荷物である。とても資料の受け取りだけをするとは考えられないほど、荷物はソリの半分程を占めていた。勿論、豪華な暮らしに慣れた学者の家族三人では運びきれない。いつでも持ち運ぶべき物が多いのかもしれない。レオナルドは自分の太った指を見てため息をついた。
(まあいいか。ダリクレア山脈の近くまでは行くんだ。なら、何かしら発見出来るかもしれない。俺がやれば、それは将来の出世につながるはずだ。何せどんな学者でも揃って首を捻るような謎があそこには数多くある。それの一つくらい、見つけられるはずだ)
レオナルドには野心があった。誰よりも優れた学者になること。それが彼の絶対的な目標であった。父親も母親も、過去の歴史に名を残したような偉大な学者をも凌駕する存在になる。彼はそれが出来ると信じていた。彼にとって両親とは越えて当たり前の存在であり、そんな両親を彼は心のどこかで馬鹿にしていた。成長し、最も優れた学者になった自分には、とるに足りない存在となるはずだったのである。
ソリの中で、レオナルドはそっと目を閉じた。雪の日の寒さは厳しい。この時の彼は、この先に何があるのか、何も知らなかった。




