Ⅰ
少年二人は半壊した、屋根の無いソリの中に居た。生憎の曇天のため、夕日が見えず正確な時間が分からない。レオナルドが父親に貰った懐中時計は騒動の最中に壊れてしまったらしい、どれだけ長く見つめていても針が動くことは無かった。
「あー、畜生……お前今どんくらいだか分からねえか?」
「日が落ちるくらいでしょ。今日はここで寝るのが良さそうだ」
サイロはそう言うと、天井を見つめた。暗灰色の空に明かりは無く、少しずつ動いていく雲が見てとれた。晴れる兆しは無さそうだった。
「野宿、するのかよ……」
「さっき言ったじゃん、覚悟しなよって。いい機会だから言っとくけど、君は色々直した方がいい」
そう言いながらサイロは先程荷物を詰めた麻袋の中を漁り始めた。がらがらごろごろと物が動く音がする。
「何だよ、あーお前まだ漁ってない荷物貸せ。お前よりは中身把握してるから」
「んー」
サイロの生返事に、レオナルドはもう抗議しなくなった。息を全部吐き出して、レオナルドは立ち上がろうとした。が、立ち眩みに襲われて座り込んだ。
「あー……くそ…………サイロ、荷物取ってくんねえか? 大分長く水飲んでないから、しんど…………」
確かにレオナルドは化け物の襲撃からほとんど水を飲んでいない。一度堪えきれずに綺麗な雪を選んで三回程口にしただけである。正直に言えば、雪を食べるという行為に対してレオナルドはかなり抵抗があった。それでも、口一杯に雪を詰め込んだ時のひんやりと口全体が冷たくなり、身体の熱が治まっていくのは心地よいと感じたようである。
「水? 雪でも食べてればいいじゃん。解かして水にすれば?」
レオナルドの葛藤なぞ知らぬと言わんばかりに、小馬鹿にした顔でサイロはそう言う。流石にかちんときた。
「あのな、普通そんな飲み方しなかったんだよ今まで! いきなり慣れろってか? 無理だっつの!」
「だから覚悟しろって言ったのに。それより、このよく分からない食べ物開けておいて、すぐ食べられるようにしておいて。三人分出しておいてよ。僕はこれからまたすることがあるから」
レオナルドの主張を聞き流し、ちらりとこちらを一瞥し要件だけ言ったら、サイロはひらりと身を翻して暗い曇天が写ったような雪原へと消えていった。声をかける暇も無い素早さに、レオナルドは思わず舌を巻いた。
「あいつ…………勝手過ぎるだろ………………」
レオナルドは怒りよりも、呆れや脱力感を感じずにはいられなかった。自分の要件ばかりを優先させるのは、レオナルドの父親に似ていた。ぐっと胸につまる物があったが、レオナルドは気付かない振りをして何も出さないように努めた。何故か出したら負けだという気がした。
レオナルドはする事も無く、手持ち無沙汰だった。だが、すでにサイロの指示に従うのは何となく癪にさわるので、食事の準備ではなく荷物の整理を始めた。
サイロが麻袋に移していない物には共通点があった。サイロが欲していた物がレオナルドに読み取れる程、はっきりとした線引きだった。サイロが必要だと判断した物は食べ物、水筒、布、燐寸、灯り等の旅に欠かせない謂わば日用品であった。彼からすれば、貴重な資料だったとしても必要の無い、どうでもいいものなのだろう。
レオナルドの頭に、ふっと何かがよぎった。が、それを彼は自覚していない。遠くで狼のような、犬のような遠吠えが聞こえた。




