苦戦勝利
妖は日和の方をじっと見つめながらゆっくり日和の周りを歩き始めた。隙をうかがっているようだ。
(ここはわざと隙を見せるんだ。そこを奴は襲い掛かってくるだろう……そこを攻撃するんだ)
日和はコクリと頷いた。そしてわざと妖に隙を見せる。周りをゆっくり歩きながら相手の隙をうかがっていた妖はチャンスだとばかりに日和の背後を取り刀二本で斬りかかって来た。
「ここだっ!」
くるりと身を翻し薙刀の柄で二本とも受け流しそのまま薙刀の刃とは真逆、石突の方で相手の顔を目掛け突きの攻撃をする。石突とは槍や薙刀の柄の尻の腐食を防ぐためにつける金属部品である。薙刀ではこの部分で相手を突いたり斬ったりすることもあるのだ。様々な形があるが日和が兄から託された家宝となっていたこの薙刀は角型になっていた……ということは尖っているため攻撃にも使えるのである。
咄嗟の攻撃に避けようとしたが避けきれず妖の左頬は石突で突かれてしまい、そこから黒い血が流れ出る。
(たたみ掛けろ。奴を斬るんだっ)
「分かってる!」
頬を傷つけられ怯んだ妖に日和は今度こそ薙刀の刃の方で相手の頭から足にかけて真っ直ぐに斬った。妖は刀で防ごうとするも刀ごと斬られてしまい防ぐことができずまともに受けてしまった。
グウウウウゥゥゥッ!
妖は日和が洞窟で会った妖と同じくおぞましい声を竹林中に響かせながら倒れていった。黒い血が辺り一面を染めていく。
「はぁはぁ……」
日和の服は返り血を浴びてしまいもう服は全部黒色に染まってしまった。
(あっけなく終わったな。さぁ、吸収しておくか)
マガツヒがそう言うと自身の体に妖の死体と血液がオーラのようなものに変わり吸い込まれていった。これでまたマガツヒの力が強くなったと同時に妖の邪悪な力もこの竹林からなくなったのだ。
「この妖は随分と人間に近い形をしていた。マガツヒは妖は邪念とかの塊でできているって言っていたけど必ずしもみんな同じ姿形をしているわけじゃないんだね」
まだ血や死体を見ることに慣れていない日和は口を押さえながら言った。
(あぁそうだ。邪念と言っても元は……なんというか言い換えれば人、生物の思いのようなものだ。死んだ後も強い思いを持っていればやがて邪悪なものとなってだな。説明が難しいな……そうだ、この妖の過去を例として説明してやろう)
「妖の過去?」
マガツヒの言葉に日和は首を傾げる。
(この妖は元は普通の人間の女だったのだ。この女は刀の道を究めるため一人旅に出た。旅をしているとある村にたどり着いた。その村は小さいかったが女はその村に入っていった、村の者たちは女を歓迎した。女はその村で一夜を過ごすためその村の宿に泊まった。だが朝になると村人が一人死んでいた……そして死体には刀で斬り殺されたような傷口があった。村の者で武器を持っている者などいない、村の外から刀を持った女が来た……ということは殺した犯人は女だと村人全員が決め付けて旅の疲れでまだ寝ていた女を村人全員で石などで殴り殺したんだ。だが女は村人を殺してはいなかった……濡れ衣を着せられた怒り、真犯人への憎悪、そして剣の道を究めることが出来なかった無念さによって妖となったのだ。今まで真犯人を殺すために見境なく人を殺してきたようだな)
日和は驚いた。この妖の過去は壮絶なものだったことに、そして死してもなお妖となって出てきてもおかしくない真っ当な理由だったからだ。
驚いたまま日和は妖が吸収されたことを忘れて妖を見ようとするが当然妖の死体はなかった。だが持っていた刀と鞘がまだ残っていることに気がついた。日和はその刀に近づくと手に取り、鞘に刀を収めるとそのまま持っていくことにした。
(おい、何をしているんだ? まさかとは思うが……刀を持っていくつもりか?)
「そうだよ。武器は多ければ対処しやすいでしょ」
(まぁ、そうだが武器を変えるつもりか)
「ううん、そうじゃない。もし私がその真犯人を見つけたときの復讐するのに使うの」
日和はもう変わり始めていた。前までは妖に怯えて戦うこともできず弱かったが今ではこうして迷うことなく復讐に使うためと言って刀を拾うまでになった。これが日和の成長なのかそれともマガツヒの影響なのか。
(……ほぉ、お前は躊躇なく生物を殺せるようになったのか)
ニヤリと笑いながら言っているのだが日和にはそれは見えていない。
「そんなんじゃないよ」
折れている方の刀はそのままに日和は歩き始めた。
ここは竹林……背の高い竹が多く日光を遮っていて地面には日がほとんど当たらない。だがもし日光が届いていて影が見える状況だったら日和にも見えていた。
口が裂けるほど口を吊り上げ笑っているマガツヒの影が……それが何を意味しているのか、日和の成長を喜んでいるのかそれとも何か企んでいるのかまだ分からない。
暫く歩いていた日和たちは竹林を抜け出すことが出来た。開けた場所に出ることができ、おまけに人が作ったであろう道らしき場所にも出た。道を目で辿っていくと遠くに村らしきものを見つけることも出来た。夜になる前に抜け出せて良かったと思った日和だったが重大な問題があることに気がついた。それは日和は妖の血を浴びて服が黒く染まってしまっていることだ。もしこの道に人が通りかかりこれが血だとばれたら大騒ぎになる……どうしようか考えていた日和だったがあることを思い出しマガツヒに問いかける。
「マガツヒこの血は吸収できないの?」
今まで妖の血や死体を吸収してきたのならできるはずだと思ったのだがマガツヒは出来ないと答えた。
(服に染み付いてしまったものはどうすることもできん。まぁ堂々としていれば血だとはばれないだろう。人間の血ならまだしも妖の血なんぞ普通の人間は見たこともないだろうからな)
「できないんだ……」
確かに普通の人間は見たこともないだろうから堂々としていればばれることはないだろうがそれでも心配である。
(大丈夫だ。ばれたらその人間を殺せばいいだろう)
「そんなことするわけないでしょ。ばれたら逃げるだけよ」
妖は殺すがただの人間を殺すわけがない。そんな理由もないのだからばれたら即逃げるだけなのだが……まだ問題はあった。それは、
「この薙刀なんだよなぁ」
薙刀自体は持っていても大丈夫なのだが問題なのは刃がむき出しになっていることだ。薙刀に鞘などはないし仕方がないといえば仕方がないのだがさすがにむき出しのままというのは村に入ったとき警戒され注目を集めてしまうことだろう。それは人見知りでおとなしい日和にとっては避けたいことだった。
(だったら我が力を貸してやろうか?)
「力を貸す?」
(あぁ、簡単なことだ。神隠しという力を使えば薙刀をほかの人間からは見えなくなる)
と得意げに言うマガツヒ。
「私には見えるって事だよね」
(もちろんだ。我の力で周りから見えなくするだけだからな。その気になればお前の姿を消すこともできるぞ? 透明人間みたいにな)
「それは遠慮しておくけど薙刀を隠せるならやってね」
(ん、村の入り口でやってやる。道中妖が出てきたら厄介だからな)
マガツヒの言葉を聞いた日和は遠くに見える村を目指して歩き始めた。歩いてばっかりでさらに戦いで体力を消耗している日和はさらに遠くに見えたのだが……