敵わぬ相手
今までに出したことのないほど大きな声で叫んでも兄上から遠ざかっていくばかり、必死に抜け出そうともがいても兵士たちの力で押さえ込まれ、日和は城から遠ざかって行った。
あれから随分と逃げ続け、森の中に入っていった。ここなら相手も視界が悪く簡単には見つけることが出来ないだろうという兵士の考えからだった。
……しだいに雨も降り始め、少しでも雨宿りできる所を探していたところ小さな洞窟らしき場所を見つけそこに身を隠すことにした。
「日和様、我々は日高様のところに行ってまいります。日和様はここで身を隠していてください。ご安心ください。兵士は三人ほど残していきます故、不埒な輩が襲ってきても大丈夫です」
そう言うと日和を担いで此処まで来た兵士たちのほとんどが城に向かって行った。兵士は全員で8人ほどいたつまり5人向かったということになるが日和は無駄なことだと思っていた。兵士たった5人で何ができるというのだ。城にはそれ以上の数の兵士がいたのだ……それがあっという間に死んでいったのだ。5人向かっていったところで無駄死にするだけだ。俯きながらそう思っていると、
「日和様、雨に濡れて寒いでしょう。温まりください」
洞窟の中にはいつの間にか火がともっており明るくなっていた。兵士は見つからないよう洞窟の入り口を葉や岩を集め、どうにか移動できるぐらいの隙間を残して後は塞いだ。見つからないようにするためだろう。
パチパチ……
火が燃えて木が弾ける音だけが洞窟内に響く。誰も喋らない……それもそうだあんなことが突然起きて、此処まで逃げてきてと色々ありすぎたのだから。
俯いたまま日和は兄に託された薙刀を見ていた。
私は何のために武術を学んでいたのだろう……あんな時こそ使うものではないのか。兄上は私をすぐ逃がした……それだけ危険、勝算など無に等しかったのだろう。
兄上は生きているのだろうか?生きていなかったのだとしたら……せめて私も一緒に戦って死んでいればよかった。そう思っていると、
「日和様、お気持ちは分かりますが今は我が身を優先した方が……」
兵士が日和を気遣い優しく言ってくれる。服が雨で濡れてしまっているので風邪を引くようなことは避けたいのだろう。
日和の着ている服は豪華な物ではなく庶民でも着ているような服だった、これも兄上の「城主は民を守り、意見を言う代表。それだけだ」という考え方から兄上も私も庶民が着るような服ばかり持っていた。私もこの考えには賛成だった。
そんなことを思い出しながら火の近くに座り、温まっていると外から足音がした。
「兵士が戻ってきたのかもしれませんね。私が見てきます」
一人の兵士が洞窟を塞いだ人一人ようやく通れるぐらいの穴から外をのぞき見ようとすると……
ズブッ……
嫌な音がした。その音がした方を恐る恐る見ると、なんと兵士の目ごと頭を何者かの手が貫通していたのだ。赤い液体のようなものが流れ出てくるとともに鉄臭い臭いが洞窟内を満たしていく。
その液体の正体はすぐに分かった……血だ。
「何者だっ、みんな日和様を守るんだ!」
残りの兵士たちが立ち上がり日和を庇うように立ち、洞窟の入り口をにらむ。
すると何者かの手は兵士の頭から抜かれていき、死体となった兵士はその場に倒れる……と同時に岩や葉で塞がれていた洞窟の入り口が破壊され、塞ぐ前より洞窟の入り口が広がり雨が入ってくる。
「あ、あの姿は……城を襲ったやつだ!」
何者かの、城を襲った者の体は雨に濡れていたが気にしていない様子でこちらを見ている。
その怪しく光る目でまるで品定めをしているかのように暫く動かなかったが相手を決めたらしく襲い掛かってきた。その相手は日和だった。咄嗟に日和は薙刀を構えるが相手が速過ぎて攻撃できず逆に攻撃され吹き飛ばされてしまった。吹き飛ばされた日和は洞窟のゴツゴツとした岩壁に激突してしまう。
「よくも日和様をーーっ!」
兵士の一人が刀で斬りかかるが何者かの体に当たると刃が折れてしまった。
何者かは斬りかかった兵士の方を見るとその顔に手を当て、洞窟の岩壁にぶつけ殺した。ぶつかった衝撃で壁には血が飛び散る。
「くっ……日和様! お逃げください。ここは私が少しでも時間を稼ぎます」
その言葉に弾かれたように日和は立ち上がった。