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マテリアル・ストレージ  作者: たまむし
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機工街 1

 知りたい欲求というものはいつまでも人間につきまとう呪いだ。

 小さい頃は目につくものすべてに興味を抱き、年を経てからは物だけではなく見えないもの、たとえば自分の気持ちや他人の思いまでこの手にしたいと考える始末だ。

 そして、ある程度世界における自身の立ち位置を把握したとき、はじめて知ることの難しさを認識する。

 しかし、自然界でおきる事象は科学でいずれ解明されるし、人の気持ちも手段を選ばなければ聞き出せるものである。


 では、我々は生涯で真に知りたいものとはなんだろうか。


 とある世界、とある技術士はこう考えた、物に染みついた記憶、誰がどのような思いで使ったか、作ったか、捨てたかが知りたい。

 物は人の記憶や思いの結晶であり、それは今後幾星霜の時を経ても決して知ることができないものだ。

 それはたとえば、このヘンテコな世界においてとても単純な解決方法がある。


 『鍵屋』に頼ればよい。


 鍵屋は知の極地である、ただし知ることができるのは現在や未来におこる事象や、次に考える思考や今の思いではない。鍵屋は物に宿る記憶を追体験できる能力を持ち、その力は人に作られた物、触れられた物ならなんでも適用される。

 故に、彼らは時に医者よりも人を救い神のごとき目線で他者の心を掴む孤高の存在である。


***


うとうとして気づくともう午前3時、私はつい寝こけていたらしい。

 ゆったりとした木製のロッキングチェアを揺らしながらつい先ほどまでしていたことを思いだす。

 机にある一つの指輪、たしかこれの鑑定をしていた気がする。

 くすんだ金色、質素で装飾のないシンプルな指輪である。

 十歳くらいだろうか、やせ細った少女が朝のうちに私の工房に訪ねてきて換金を依頼してきた。

 たしかに、私の工房は貴金属の彫金などを専門としているが、素材に必要な金属の買取りも行っていた。

 なにやらわけありなのを感じ取った私はとりあえず預かりといった形で指輪を受け取り相応額の金銭を渡したが、そうかこの指輪から発せられる『記憶』を探りそのまま眠りに落ちていたのだ。

 ふと、指輪の鑑定結果の全貌を思いだす。

 

 机に置かれた冷めたコーヒーを一口で飲み干すと立ち上がり、石造りの工房から赤く光る外の世界へと向かった。


 機工街はひとえに機械や工業だけで発展した街ではい。


 蒸気機関や最近ようやく普及し始めた電気といった技術がそこら中をひしめく一面と、外界の街中から集められた廃棄物を処理する巨大な処理場としての一面がある。

 したがって、深夜のこの時間でさえ、街には廃棄炉から漏れる少々の光と果てることなく動き続ける歯車が奏でる轟音がする。

  

 この街にはじめて来た者はこの音に悩まされノイローゼになるか、生活廃棄物が燃やされる午前五時にその悪臭で目が覚めるという。


 「しかし、外は暑いな・・・。」

 

 石造りの我が工房では無断で発電施設より得られた電気を借用し、そのエネルギーを用いて三つの板を回転させ風が送る装置があるため、外よりは暑くはない。

 

 この機工街は三つの階層に分かれ、貴人層、機工層、地下層、というように、金を多く持つ者、職人や技術者、そしてどちらでもない者にきれいに住み分けがされている。

 

 私が住むのは地下層、したがって、発電や蒸気機関用の熱を生む施設がこの層の大部分を占めているため、夏場は四十度を超える日も多々ある。

 その分、真冬でも三十度を下回る日がないし、私のように何かしらの方法でエネルギーを流用しているものが多いためこの街の死亡者は他の街と比べると格段に低い。


 そして、私が今向かう情報屋は機工層にある。

 先ほどの指輪の持ち主についての情報を得るためには地下層では限界がある。

 地下層の住人は基本的に金か物々交換でしか情報を渡さないため、個人で探し物をするにはその地区の代表者に一度話を付けないと一方的に財産を減らすだけである。

 

 しかし、機工層の情報屋は電気や熱などのエネルギーがどこからどこに送られるかを熟知しているため、地下層でかなりの地位を占めている。

 したがって、地下層の住人は一度機工層にでて、知り合い情報を聞くというなんとも効率の悪い作業を強いられている。

 この機工街では基本的には上層から下層への行き来は許されているが、その逆は許されてはいない。

 しかし、この街ができてからもう百年が経とうとしている。

 安全な上層への抜け道は誰もが三つは知ってる状況である。


 私はその一つを使い機工層二区の懇意にしている情報屋が住む飯屋の前に来た。


 「コーティ、あけてくれ、どうせ起きているんだろう」というやいなや、

 ドアが大きく開き、白い髪の背が高い女性が飛び出してきた。


 「店先で私の本名を叫ぶな馬鹿者が!」

 「君の名前がいったいどれだけあるのなんてこっちは知りようもないよ、コーティ・・・、すまない内緒にしているんだったね」

 「おまえ、わざとやっているのか。いいから店の中に入れ」と、無理やりに腕を引っ張られ私は黙って店に入った。


 情報屋の店内は恐ろしく生活感がない。

 あるのは簡素なベッドと大きな作業用の机と二つのいす、そして箪笥のみ。

 曰く、いつ自分の正体がばれても逃げ出せるようにらしいが、彼女は相当に腕が立ち、どんな機密情報も難なく入手し、逃亡の必要はここ五、六年はじめて会った時から一度もない。

 来客用の椅子に腰を掛けるとコーティはコーヒーを入れるといい、キッチンがあるらしい二階へ向かった。


 ものの五分で二人分のコーヒーを持ちコーティは再び姿を見せた。


 「で、こんな時間に何だい、あたしが毎夜毎夜こんな時間まで起きてるわけじゃないってのに。あんたはいつもあたしが起きていてかつ暇なときに突然くる」と、コーティはその綺麗な顔の眉間に強固な皺を寄せた。

 「まぁ、たまたまとしかいいようがないな。ところでコーティ、この指輪を見て欲しいんだ。さっきこの指輪を『視た』ところなにか訳ありでね」

 「あんたが『視た』ならもうあたしの必要はないじゃないか。それともあたしを口説く理由が必要だったのかい?」そういうとコーティは大人っぽい妖艶な笑みを浮かべる。

 「そういうことにしておいてくれ。でさ、コーティ、この指輪面白いんだ、人の声がする。いや、なに記憶が視えたとかそういう話をしているわけではなくてね、元人間の指輪って少し魅力的な響きじゃないかな?」


 たとえば指輪は人の願いや思いを込めてはめられたり、婚姻などの契約の証として用いられることが多い。そういう意味があるのならこれが婚姻の証とするとき、誰かとのつながりを示すことになる。

 

 「つまり、あんたは普通は二つの指輪を用意して一つのつながりを示す証のはずが、一つの指輪のみでつながりを成立させてしまうことに対しての面白みを感じているんだね」


 二人の人間がつながりを示すために四六時中手をつないでいるのは不可能だろう。

 したがって、なにか代替品、今回でいう指輪などにたよるのだが。

 これは人間がとても大きな、そして嵩張る存在だからである。


 もし、片方の人間が指輪サイズなら、なにも代替品がなくともいつも一緒にいられるわけで・・・。


 「話が分かるね、コーティこれの持ち主の少女に一応聞いたんだ、これは誰が持っていたのかとかとね、するとこう答えた『お父さんがね、これは結婚指輪なのだけれどお母さんはい私が小さい頃に出て行ってしまったって言われたの。でもね、お父さんの部屋から同じような指輪がたくさん出てきてね、こっそりいろんなお店で売っているの。うち、お金ないしお父さんんも最近帰ってこないから』ってね」私はニヤリと笑うとのと同時にコーティはたいへんに不快な顔をした。


 「で、最近失踪した女性をあたしにさぐらせようってんだね」

 「そうさ、コーティ。君みたいな一流の情報屋は非常に重宝しているよ。そうだな、先日高価な宝石類を偶然にも入手したから報酬として君に譲ろう。好きな形のアクセサリーにしてね」


 先ほども言ったが私は彫金師をしているため、こうした形でコーティに報酬を支払うことが多々ある。

 

 「ま、あんたの細工は評判もいいし、気に入らなくても高く売れるから、今度もそれでいいよ。ちょうど今は依頼がないんだ、今日の夜にでも結果を報告するから、今日はもう帰んな」 

 

 そういうとコーティは私を部屋から追い出した。

 そしてドア越しからすぐにおおきなイビキが聞こえた。

 彼女のそうした豪快な面が私は彼女の好ましい面でもあり、直してほしい面でもある。


 相変わらず少し赤く照らされた重々しい音がこだまする機工街の地下層を一定のリズムで歩く。


 私は帰路の中、ふとこれから起こる知的好奇心をくすぐる事件に対し、この上ない愛おしさを隠し切れなかった。


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