9、負けたら
女性は長い桃色の髪を左髪の上側で結い上げており、動くとわずかに揺れていた。同じ色の瞳を隠すようにして、プラチナ色のメガネが掛けられている。
視線が顔を反らしたスティに向いた。
「貴方、王の邪魔を」
「してない!なーんにぃもしてない!ただ寝てただけーねー?王様?」
女性の声を遮り、スティは笑む。どさくさに紛れてこちらを巻き込みながら。
「あー、…うん、まぁ、な?」
とりあえず答えとこう。
「歯切れわっる!やっぱり王のお邪魔になってたのでしょう!」
「ぇええええ俺何にも悪くねぇし!王様遊ばないでくれない!?」
「あとその口!王への尊敬心が全く足りてないですよ!」
「尊敬?!それ俺に求めちゃう!?」
賑やかだなぁ、と特に止めようとも思わず、彼はくすりと笑う。「黒音、大人がいじめてくるよ」とぶつぶつ文句を垂れるスティ。…そういうスティも、19だった気がするのだが、あえてそこには触れないでおいた。
「それで、どうしたんだ?」
リテイン。
女性――リテインは頭をふって、それから頷いた。それだけの仕草で、空気が払拭されたようだった。スティはというと、不満たらたらに、口を尖らせて黙っていた。
「報告です。《北》側に動きがあった――と。」
「えらく早いな」
あの戦いからまだ2日だ。あちらもそうだろうが、こちらの兵の体力も完全には治っていない。それだけ、向こうは焦っているということか。
「また、戦か」
リテインは静かに首を垂れている。くくっ、と楽しそうな笑い声。チラリと目を向けた先、スティは、どうやらガタが外れたらしい。戦の時間を思い出してしまったのか。1度外れてしまえば、先程のようなちゃんとした会話は成り立たないだろう。「酔」った彼は、どうすることもできない。王は視線を戻してため息をこぼした。
「…困ったな、戦は嫌いだ、俺は」
「えぇ、存じ上げておりますよ、王。…ですが、戦わなくては勝てない。負けたら、貴方は全てを失うのです。」
それは、領地だったり、立場だったり、人、だったり。
王、と、小さくリテインが呟いた。
「どうか、無理だけはしないでください。」
疲れているように、見えるのだろうか。自分が。
確かにここ近日は戦続きだった。
守るためには戦わなくてはならない。《北》と《南》では人口にも差があり、《北》のほうが少ないわけだが、向こうのほうがどうやら食糧難になっているようだ。こちらがわでも、もちろんそういった危機には陥りつつあるものの、まだ幾分か余裕があった。余裕があるうちでは、まだ進軍はしたくないと思うのはワガママだろうか。
「――どうやって兵を向けてくるか…だな」
先の戦では、こちらから攻めいった。おそらく彼らは気づかなかっただろう――あのとき、近くには村があった。村の住民を移動させ、守るためには時間稼ぎが必要で、それが進軍という形に取られてしまった。だから、攻める、というのとは少し違うかもしれない。
しかし、今回は。
予感があった。彼女たちは、次の戦で勝負をかけてくる、と。
リテインは
「予想はむずかしいですね。可能性としては、関所2つを攻めてくるのではないかと。」
元々関所は重要なポイントてあるが故に、狙われる可能性も高かった。
では、兵を2手に分け、守備を勤めさせるか。
そう判断し、彼は口を開く。
どこからかハープの音が聴こえてきたのは、そんなときだった。
思わず開いた口を閉じた。
ピクリとスティが肩を揺らす。先ほどから呟き続けていた言葉を止めて、というところをみると、どうやら我に返ったらしい。手の中で、刃は光の粒子に変わっていく。気が高ぶると、彼は「酔う」のだが、その音をきいて気が静まったのだろう。
音は、心を安らかにさせる。
狂人―――スティも例外ではない。
ポンポンと軽く、自分より低い位置にある頭を撫でるように叩いてやり、王はその音を奏でる男をこちらに赴かせるべく、リテイン、と彼女の名を呼んだ。
彼の意見をきいてからでも、決めるのは遅くないだろう。