7、大丈夫だよ
驚愕の中でいち早く我に返ったのはリーティだった。
「死の沼…って、まじで言ってんのかよイアスさん」
死の沼には行ったことがあった。死の沼には恐ろしい魔物が出るという。それゆえに、誰も近づかないのだ。リーティもまた、数年前にエンと馬を走らせたことはあったが、あまりの煙、瘴気に奥まで行くことは叶わなかった。そのため、全員無意識にその場所に行くことを避けていたのだが…
「あ、ある意味安全、かな?」
奴さんもまさか死の沼を通ってくるとは思わないだろうし。そうエンは苦笑する。が、かなり困惑気味ではあった。
「うん…まぁ悪くない案かな…?」
「姫様それでいいのか?!」
思わずリーティがツッコむと、だって、とばかりにノースは笑う。
「今まで、イアス先生の案で失敗なんてなかったもの」
そう言いきるノースに、リーティは複雑げに、たがしかしその通りで。
イアスの言葉通りであるなら、必然的に本命である死の沼はノースが通ることになるだろう。つまり、それは関所の囮よりも、何よりも危険であるのだ。
そんなところに、行かせたくない。
その思いがわかってか、リーティの握りしめた拳を見て、ノースは少し申し訳なくなった。お互いのことは、お互いがよくわかっていたから。
「イアス先生の案を呑むわ。これが最善だと私が判断しました。また細かいことは近日中にでも言うつもりだから、とりあえず今日はこれで解散ね」
××××××
「リーティ、ちょっと」
「近づくな」
間髪入れずにそう言われ、思わず足を止めた。こちらに背を向けた背中。会議室からそれなりに歩いた廊下には、人々の声が響いてきている。
「わかってる」
リーティは呟く。
「姫様は主だ。主である姫様は、誰よりも先頭に立ち、勝利の一声をしなければならないと、わかっている」
勝つことが、今、皆に望まれていることなのだと。わかっている、自分達はそのために、戦っている。
「リーティの言いたいこと、わかるよ」
「わかってたまるか!!てめぇなんかに…ッ、」
そこで。言葉を、とめた。不自然なぐらい、肩を震わせて。
「……あぁ、そういえば…あの男も、そうだった…何でも、悟ったようにして…。……エン」
ポツリと紡ぐ言葉。自分の名を呼ばれ、エンは「何」と一言だけ返す。
「お前は、姫様を裏切らないよな」
違うだろ。
違うだろ、リーティ。
言えずに、歯がみする。姫様、ではないだろう。
違うだろう…!
思わず、そう叫びそうになって、らしくないと激情を抑え込む。ゆっくりと息を吸い、唇を動かした。
「大丈夫だよ、リーティ。」
××××××
「姫様」
会議室。ノースはそう尋ねる先生に、何ですかと首を傾げた。少しだけ悲しげに笑う。
「貴女は、死んではなりませんよ」
「……わかってる」
そんなもの、十分過ぎるぐらい。
「私は死なないわ。決して死なない。」
「リーティをあまり心配かけさせないように。…彼は、もうすでに壊れた、2度はない」
「…1度目、それは、お母様のことかしら。それとも―――…」
強い、その眼光が南を睨んだ。今まで以上に強いソレ。
どこからか、音が聞こえてくるようだった。何かを奏でる慈しみの音が。
「《南》にいる、裏切りもののことかしら」
裏切らない想いが有る限り、大丈夫。