6、最初で最後の
10年ほど前のこと。いや、もう少し前だったかもしれない。とにかく、それぐらい前だったとき。
私は、彼と出会った。
そのときの私は《姫》で、彼もまだ《王子》だった。
彼は優しい人だった。それと同時に、…よく迷う人だった。うん。
あの日も、そうだった。
××××××
父さまと母さまが多忙だった小さい頃。よくリーティの目を盗み、裏庭に赴いていた。裏庭は小さい私のちょっとした遊び場。誰も知らない、私だけの秘密。リーティにも知られていなかった(と思う)。
その日も、私はリーティの目を盗んで裏庭に行っていた。
裏庭はたくさんの花が咲き誇る、美しい場所だ。静かで、北特有の寒さなんてものもポカポカ陽気の下では形無しだった。お菓子を持ち込んで大体1時間そこにいる。
だから、びっくりしたのだ。
その日は先客がいた。
美しい銀色の髪は、金髪の自分とまったく正反対。小鳥達に群がられているその様子は可愛らしいに尽きる。歳は自分より6歳ぐらい上だろう。
私が思わず、そっと近づくと、その人は顔をあげ、こちらをみた。
眩しいぐらい無垢な瞳と目があった。
それだけ。
それだけのことだったのに。
顔が熱い。
情けないことだけど、私は一瞬にしてその人を好きに―――惚れてしまったのだ。
ゆっくりと開く唇も。
首をわずかに傾げた、その姿も。
ずっと、忘れてなんていない。
「こん、にちは…?」
私の、初めての恋の話。
そして、決して叶うことのない、最初で最後の片想いだった。
××××××
会議室に、4人は集まっている。1つのテーブルを囲むようにして、声を最初にあげたのはノースだった。
「さて、と。まずは先生のお話を聞きましょう。」
そう言って、イアスを見ると彼は心得たように1つ頷く。
「まず、町の状況ですが…やはり、皆凶作による飢えを案じておりました。この頃は特に寒さも酷い」
「食えるものだけじゃなく、保管もしておきたいからね…」
エンが来る冬を思い浮かべて言う。冬でなくとも、ここらへんは基本寒いわけだが、冬となれば食物はまず育たない。吹雪によって実らないのだ。そのため、今の内に食物は保管しなくてはならなかった。
だが、今年は例年よりかなり凶作だった。とにかく寒さが酷いのだ。
「冬になるまえになんとかケリつけねぇと進軍できなくなるな」
腕を組み、眉間にシワを寄せてリーティは呟く。
吹雪のなか、戦えるとは思わない。
「あまり時間ないわね。…先生、地図を」
ノースの言葉に、彼は杖で床を叩く。少しした後に、テーブルの上に地図が浮かび上がった。立体的である。魔術によって作り出された世界地図だ。
そのちょうど中心。そこに指を指して、ノースは言う。
「私たちはここを突破しなくてはならないわ」
そこは関所だ。
《南》と《北》を繋ぐ関所であり、残念なことに《南》に占拠されていた。何度も取りかえそうとはしているのだが、未だ戦力の違いからとりかえせずにいた。
「何よりもまず、食料優先なのよ。そのためには少しでも領地を広めなくてはならないわ。」
だからこそ、まずはここを突破して。すい、と指が動く。
「ここ。関所から程近いそこに、陣を置く。」
「問題は多々あるな」
ぐしゃり、と自身の髪を掻いてリーティは言う。
「まず関所突破にしても、関所は西側東側。2つある。たから、片方に集中してるともう片方から、こちらの、《北》の領地の侵入を許してしまうことになる」
エンは言う。
「だから、2つに均等に兵力を置かなくてはならない、ってことか」
この中ではあまり参謀だとか、そういう地位にないリーティが呟く。
すると、先程から考え込んでいたイアスがそこで口を開いた。
「2手に分かれる。良い案でしょうが、1つだけ。」
そう言って、示したのは。
「関所の間。死の沼。ここを突破するのをおすすめします。3つにわけて、兵を進めるのです。関所は囮にし、本命をこの沼に。」