3、《北》と《南》
チャプン。
足の指先から、ゆっくりと浸かる。
ふわりと鼻にミルクの臭いが届いて少し暖かい気持ちになる。そのまま全身に浸かってゆく。
ほぅ、と、彼女は吐息を溢した。
××××××
この世界、プロティオン。ここはかつては争いもない1つの国だった。世界と呼ぶには大きすぎる、1つの国だった。少なくとも10年前は今では当たり前のようになっている戦争なんてなかったはずだった。
戦争――《北》と《南》、2つに分かれて人は戦いを始めた。原因は飢饉や病の流行だ。南では雨が長いこと降らない日々が続き、北では雪により食物が育たない。今までは共存し、助け合っていたが、もはや奪い合うしかない状況にまで陥ってしまった。
元々《北》と《南》には王となる器のものがいた。人は彼らを先頭に、来る日も来る日も、只生きることを望んで戦いを続けている。
(――…だけど。)
パシャン
水面に波紋が生じた。
今日は一体、何人を失ったのだろう。どちらかが奪わなければ、戦争は終わらないのだろうか。
戦争が嫌いだ。
彼女は――《北》の主、姫、ノースは、戦争が本当に、嫌いだった。
××××××
戦地から戻ってすぐ、ノースは禊を受ける。拭っても、拭っても血の臭いは消えないけれど、それは彼女の側近たちがきめた1つの約束だった。
戦いに出なくてはならない、まだ17の姫を、少しでも女の子らしくさせたいと。
そう願っていることを、ノースはしっている。
ごめん。
ノースには、剣を振らなくてはならない理由があったから。
浴室から出て、動きやすい軽服に着替える。防寒具、それからブーツを履き、部屋から出ると。
「ながい」
文句の声が鼓膜に届いた。声のほうに目を向けると、腕組みをしてこれまた不機嫌そうな表情を浮かべた青年が座り込んでいた。白っぽい髪は赤色のリボンで軽くくくられている。体にピッタリとした白い服は薄汚れていた。組んだ腕の左手には1本の剣が握られている。
「リーティ」
名を呼ぶと、舌打ちが返ってきた。ひどい。
「これでも私、主なんだけどな…」
「あ?」
「なんでもない…」
前髪の一房だけ、まるで染められたかのような赤い髪が揺れた。いや、違う。元々は赤い髪だったはずなのだ。燃えるような、美しい赤色。そう本人の口から聞いたことがあるのを何となくおもいだした。
「――リーティ、あなたケガしてるじゃない!治療しないと!」
「姫様送ったら」
右腕から赤い色が滲み出ていた。それを指摘した途端、短く言い返されて口を閉じる。
戻ってきたからといって、油断はできない。《南》側のスパイがいるかもしれない。それをリーティもわかっている。だからこそ、こうして部屋の前で治療もせず、待っていたのだろう。簡単にいってしまえば護衛だ。
言葉も態度も乱暴だ。だがしかし、忠義ならば誰よりも。
結局、何を言っても聞かないだろうからとため息をこぼす。
「……わかったわ。では参りましょう。」
身を翻して廊下を歩き出すノースの少しうしろ、小さくリーティが呟いた。
「仰せのままに」
やっぱり、気だるげに。