2、序章 南
戦場に澄んだ音が響き渡る。
それはおおよそ、戦場に不似合いな音色であったが、まるで労るような優しい音だった。
「――陣が崩れたな」
ポロン。
音が途切れる。奏でていた男は静かに逃走していく兵を眺めた。
大剣を携えた年二十半ばの青年は言葉を紡ぐ。
「相変わらず、お前の言う通りになったな」
「そう誉めたてないでくれ、王。僕は調子にのってしまうよ?」
ふふっ、とそんな言葉に互いが笑みをこぼす。それから、青年は――王は、大剣を空へ掲げた。
「深追いはするな!!南へ、我らが南へ戻れ!!」
叫ぶ。
遠ざかる貴方の、些細な背中の後押しになるようにと。
××××××
血の臭いが鼻につく。それは彼が何よりも嗅ぎ慣れた臭いだった。
退治していた男は既に影も形もない。あのとき邪魔が入らなければ、あるいは。
聞こえてきた王の声。その声が思った以上に近く聞こえてきていて少しばかり驚く。が、そんなものは些細なことか。
「あーぁー…くそ」
まだ、飢えているのに。
沸き上がる殺戮衝動ともよべるものを圧し殺しながら、両手に持った双剣を逆手に持つ。
そのとき、蹄の音が高らかに響いた。
「――ここにいたのか。」
馬にまたがる女性――は、彼の姿を見つけると手綱を引いた。僅かにそちらを見上げて、ため息をこぼす。
「撤退?」
無言で頷く女性。青年は彼女をあまり好いてはいなかった。青年は嘘が嫌いだった。
――彼女は、嘘つきだ。
「しっかりしてくれ、特攻隊長」
「はいはい。」
馬に乗る彼女が去っていく。その姿を後ろから見ながら、未だ声が届かなかったらしい、状況のよくわからない兵たちに伝えるべく、息を吸い込んだ。
また、決着はつかなかった。