1、序章 北
世界は、なんて残酷なのだろうと思うときがある。
あまりにもそれは切ないぐらい、色褪せていく。
決断を、しなくては。
1つ、息を吸う。
堂々と、胸を張って。
「撤退するわ」
いい放つ。側に控えていた男は目を細める。見た目は若く、その瞳には思慮深い色がよくみてとれていた。
少女はいい放った後に、身を翻した。すらりとした細長いレイピアを腰の鞘に収める。彼女の足元には既にいくつかの骸が横たわっていた。そのどれもか斬撃による出血死のようだった。ひらりと白い毛並みの馬に飛び乗り、男を見る。
「煙弾を」
承知しました、そういう男にうなずき、少女は叫ぶ。
吠えるように、叫ぶ。
「総員撤退せよッ!!北へ――我々の帰るべき場所へ!!」
愛しい貴方の元にも、届きますようにと。
そんなことを思って。
××××××
(―――緑色の煙弾)
透き通った空の下、広がる煙に気づく。そう遠くない場所、彼の瞳にはハッキリと映っていた。
戻らなくては。
と、ふいに風が吹く。それは自然の風ではない――無理矢理捻り、反らした頬にピリッとした小さな痛みが走った。
「――くっ」
「よそ見――してる場合なんだ?!」
避けた先、すくうような銀色の太刀を、かろうじて鞘で受け止めた。鞘がミシリと軋んだ音を立てる。目の前に立ちふさがる男が舌舐めずりをした。
向こうは2つの刃だ。手数では勝てない――!
押さえつけたほうとは違う、右の刃で2つめの刃を受け止めた。
ズリィ,と足元が動く。手数だけでもキツイ上に、一撃一撃が重い…!
「て…っめぇ!!邪魔だ…!」
はやく
はやく、戻らなくては。
あの人が、何かあったのかもしれないのだ。
はやく
「俺の邪魔すんじゃねぇよ…殺すぞ貴様ァッ!!」
「はははっ!いい、イイ!殺しあいだ、宴だ!!今日こそ殺す!!」
対面している双剣使いは哄笑し、黒に光る剣を振り上げる。舌打ちと共に、受け身の姿勢に入る。
そのとき。
どこからともなく、光の速さのようなスピードでソレは飛んできた。
寸前で気づいた男はその弾を避けるべく、一瞬だけ注意を逸らした。その一瞬で十分だった。
「――乗って!」
言われずとも!
馬に半ば飛び乗るようにしてまたがり、慣れた手つきで手綱を取る。そのまま、暴れる馬を嗜めつつ走らせた。隣に少しおくれて、一頭の馬が並ぶ。チラリとそちらに目を向けた。
「落ち着いて、姫様は無事だよ」
「うるさい、知ってる!」
「心配だったくせに…」
馬にまたがる青年はその穏やかな面差しを苦笑気味に浮かべて、それからわずかに首を後ろに向ける。右の手は、銃の引き金を掴んで離さない。二人は馬で並走しているが、大分あの場から遠ざかっていた。辺りには硝煙の臭いが漂っている。
「追っては…来ていないね」
ぽつりと呟かれた言葉に、剣を片手に携えなおした彼は眉間に深いシワを寄せた。
「しつっけぇんだよ、あのストーカー野郎…!とっとと戻るぞ」
「…ほんとに、ね。馬には追い付いては来ないだろうけど、…急ごうか
」
「命令すんじゃねぇよ」
またも苦笑をする青年。
二人を乗せた二頭の馬は戦場の中を走り抜けていく。