アーキス 2
Ⅳ アーキス
息せき切って駆け込んできたフィーブに、声もなかった。
私は、ただ、フィーブを見つめていた。
フィーブが、ここから連れ出されて、九日目。久しぶりのフィーブの姿は、あまりといえば、あまりなものだった。
乱れた着衣、荒い息。
なにがあったのか、判るような気がした。
ボルティモア―――だな。
ふつりと、胸の奥底から、湧き上がる、憎悪。
フィーブは、このxxxxの、もの――――――。
憎悪と共に、脳裏にこだまするのは、不思議なほどの独占欲。
フィーブは、私のものなのだと。
手を出すことなど、誰であれ、許しはしない。
私のどこに、そんな気概が残っていたのか。それは、私の体内で、煮えたぎる。
手を、フィーブに伸ばそうとして、じゃらりと鎖が音をたてた。
――――煩わしい。
おもわず、鎖を、手で引っ張っていた。もちろん、それくらいで、千切れることなど、ない。
私の血を練りこむなどという、賢しらな呪を施してある、鎖と枷だった。
鍵がなければ、血の主である私から、これらが離れることはない。
居場所を移るたび、だからこそ、鎖と枷と鍵とは、いつも、私から、離れることはなかった。
「アーキスっ」
フィーブの声は、切羽詰っている。
「手、手を出せって」
フィーブが懐から取り出したのは―――間違いなく、私をこの縛めから解き放つ、唯一の鍵だった。
下から、声が、罵声が、聞こえてくる。
ドアに、内側からは、鍵がかからない。
近づいてくる気配に、そんなに時間がないだろうと、知れる。
私は、フィーブに、手を、差し出した。
カチャリ―――
軽い音を立てて、鍵が、縛めを解放してゆく。
手が、足が、軽い。
いったい、どれほどぶりの、自由だろう。
「アーキス、立てれるか?」
心配そうなフィーブの声に、私は、口角をもたげることで、返事に変えた。
差し出される手に、手を重ねた。
久しぶりに感じる、フィーブの熱に、私のからだが、震えた。
「フィーブ」
ありがとうと、口にしようとした刹那だった。
無粋な気をまとって、男たちが、入り込んできた。
フィーブが、私の前に、立ちはだかる。
小刻みに震える、フィーブに、愛しさが、こみあげてくる。
こんな場面で、フィーブが私を守ろうとしてくれる。それが、どうしようもないほどの感動を、私に覚えさせたのだ。