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フィーブ・キール 1






 薄暗い室内。


 閉て切られている木掣の明り取りの窓。その隙間から差し込む日の光、風に含まれているさまざまな匂い。それらだけが、それが、時の流れを感じることができるすべてだった。








 Ⅰ. フィーブ・キール








 それは、オレが十四の、まだ春には早い冬のことだった。




「……では、頼みましたよ。キールどの」


 そう言って、ここの城主の小姓頭が、オレを残して、去ってゆく。


 たしかオベールとかいったよなぁ――などと後姿を見送っていたオレに、どうぞ――と、塔の番人が言った。


 戸を開いた番人に、暗いからなぁと言うのも恥ずかしいから、しぶしぶと塔の中に、オレは足を踏み入れたのだ。




 オレがここの城主の人質になって、家族の元を離れてから、既に一月が過ぎていた。


 のっぺりとした、優男――城主のマクシミリアン・ボルティモアに対する印象は、それだった。到底、近隣諸国の城主の心胆を寒からしめている、戦上手とは思えない。それでも、ここ数年で、彼の領地は倍になった。次は、自分の国の番か――そう、怯えている城主がどれくらいいるか、わからない。オレの、伯父も、そのひとりだった。そうして、オレが、友好の証として、ここにいる。




 ボルティモアの城主は竜を飼っている。


 それは、マクシミリアン・ボルティモアが城主になってこのかた、連戦連勝を誇っているから、その強さに対する、周囲の評価だった。あんな優男に――などという、他国の城主たちの歯軋りの痕でもある。


 マクシミリアン・ボルティモアは、かつては、成人することすら難しいと噂されるほどに病弱の嫡子だったらしい。それが、無事成人し、父親の死で跡を継いだ途端、鬼神もかくやといわんばかりの、戦の冴えである。もうこれは、人だけで為せることではない。ならば、なにかが味方についたのだろう。―――そう思いたいのはひとの世の常か。


 マクシミリアンが成人する数年前に、妾腹の兄が、彼を亡きものにしようとしたという事件があった。


 その前に、やはり竜を飼っていると噂されていた他国の城主の元から、竜が盗み出されたという噂がたったらしい。


 ほんとうに竜がいるかどうかは知らない。


 ただ、その後、その城主は、たちまちのうちに、家運が衰え、滅び去った。


 代わりのように、覇王と呼ばれるようになったのが、ボルティモア家を継いだマクシミリアンだとあっては、数年後のこととはいえ、関連づけるものがいたとしても、おかしくはないのだろう。


 マクシミリアンは、竜を盗み、そうして、覇王となったのだ―――――――と。




 まさか、その真偽のほどを目の当たりにすることになるだなんて、オレは、一度も考えたことはなかった。


 ボルティモアの城に厄介になって一月ほどの、新参者に、そんな、城主の秘密を明かすようなことをするはずがない。――それとも、彼らにとって、オレは、人質の価値もないのだろうか。


 まぁ、キールといえば、そんなにでかい領地はないが、それなりに内実は豊かだったりするのだが。


 いずれ殺すのだから、秘密の漏れる気づかいもない――などと、考えていやしないか?


 オレは、臓腑をちろちろと燠火おきびであぶられているような不安を抱えたまま、塔最上層へと、急な階段を上ったのだった。




 蝋燭の明かりだけでは、一段一段がやけに高い石の階段は、上りにくい。が、下手をして、その明かりを消してしまうわけにもゆかず、オレは、注意深く、塔の頂上を目差した。


 やがて、オレは、最上階にたどり着いた。


 目の前にあるのは、黒々とした鉄で補強された、扉だ。ドアに打ち込まれている黒い鋲が、胡乱な気配をかもしている。オレは、唾を飲み込んだ後、丸い鉄の輪に手を伸ばした。


 ギィ――と、軋む音が、オレの背中を逆毛立たせる。


 暗い。


 むっとするような、閉て切られている空間に独特の匂いが鼻を刺す。


 考えないようにしていたが、ここには、竜が飼われているのだ。


 オレは、その番人として、ここで暮らさなければならない。オレの前に番人だったものの道具が一式残してあるから、それを使うようにと、小姓頭――オベールは言っていた。


 他人のお下がりか―――ま、いいけどさ。


 深く考えることをやめて、オレは、ドアを開けたままで、明り取りの窓を探した。開けておかないと、蝋燭の火だけでは、空間は漆黒で、何がなんだか、わからなかったのだ。ぼんやりとしたドアの外からの明かりをたよりに、オレは、どうにか、明り取りの窓を探し出し、開いた。


 途端差し込むのは、冬の名残の冷気と陽光だ。


 目が突然の陽射しに慣れるまで、しばらくかかった。


 明り取りの窓をすべて開き、俺は、蝋燭を吹き消したのだった。


 そうして、真四角な、空間を、見渡した。


 部屋の広さはかなり広い。故郷のオレの部屋が三つくらいは入るだろう。オレが今いる場所からは、色あせたスクリーンに仕切られた、どうやら前の番人が使っていたらしい道具がまとめられている場所が見える。あれが、これからオレが寝起きする場所ということだ。


 そうして、スクリーン、の、向こう側に、オレが見張り世話しなければならない、幻の竜が囚われている。


 すぐに逃げられるように、入り口を閉めるのはやめた。いくらオレの運動神経がまぁひとより優れているとしても、竜に追いかけられたりしたら、ひとたまりもないだろう。だから、無駄といえば無駄だが、念のためだ。まぁ、本気でそんなことを考えてはいないが。考えてもみろ。一応オレの前に、番人がいたわけだからな、そう簡単に、食われはしないだろう。そうであると思いたい。


 益体もないことを考えながら、オレは、恐る恐る、スクリーンの向こう側を、覗き込んだのだ。




 高めの位置にある明り取りの窓から、陽光が差し込む。


 細かな埃がきらきらときらめくその中に、それは、横たわっていた。




 これが、オレの世話し見張る、竜か―――。




 オレは、その傍らに肩膝を突いて座り、つくづくと見下ろした。


 まさか、ひとの姿をしているとは、思いもしなかった。それが、正直な感想だ。


 そう。竜というからには、でかいトカゲの親玉にこうもりの羽が生えたものと相場が決まっている。




 それは、胎児のように、丸くなって、眠っていた。




 とろりと長い黒髪が、横を向いたその白い顔を隠している。


 細い首。薄く綿の入っている掛け布を肩までかけて、その下で丸くなっている、首から肩、背中、腰、足―――その盛り上がりに、不自然なところは、見当たらない。


 少しも、人間と変わることはない。


 ただオレがギョッとなったのは、胸元で交差させられていた細い両手が、不釣合いなほどごつい鋼の枷に繋がれていたからだ。長い鎖が、その壁の両側に設けられている、同じ素材らしい輪っかに通っていて、どうやら足首からも同じように、枷から伸びた鎖が通されているようだった。そうして、その鎖の長さは、途中で調節されていた。


(これじゃあ立ち上がるのがやっとじゃないか?)


 酷いと、思った。


 自由に動かれては迷惑だと言わんばかりに、鎖はそのほとんどの長さを、ぎちぎちに縮めて束ねられていたのだ。


 オレは、はじめて見た、竜と呼ばれるこの、ひとと少しも変わりなく見える存在に、憐憫を覚えていた。


 いくら、城主のものだとはいえ、これは、生きている。


 こんな、身動きもままならないように鎖に繋いで、閉じ込めて………、オレだったら、きっと、死ぬほど暴れて、それでも逃げられないと知れば、絶望に気が狂ってしまうだろう。


(可哀想に………)


 それは、何気ない、行動だった。


 オレは、気がつけば、竜の頬にかかっている長い髪を、梳きあげていたのだ。


 通った鼻筋、青ざめるほど白い肌に印象的な、血玉と呼ばれる珊瑚を彷彿とする、赤い、くちびる。


「あ……」


 長い睫が、かすかに震えたような気がして、オレは、手を、引っ込めた。


 うっすらともたげられた、瞼の下から現れたのは、丸く打ち固めた黄金のような、虹彩こうさいだった。


 ひとじゃない――異質な存在なのだと、本能が、告げる。


 背中に、ぷつぷつと、粟が立つ。


 どれだけの間、オレは、それを、見つづけていたのだろう。


 時間の感覚が、狂っていた。とてつもなく短い時間だったのに違いないのだが、同じく、気が遠くなるくらい長い時間のようにも感じられた。


 何が?


 印象的な一対の瞳が、再び密な睫の影に隠されるまでの間が―――だ。


 ぐらぐらと、足元が揺れるような錯覚にとらわれ、オレは、いつしか、意識を飛ばしていたのである。




「!」


 気がついたとき、塔は、たそがれ間近の朱に染まっていた。


 結局、意識を飛ばしたまま、何刻も眠ってしまったらしい。


 寝起きだというのに、なぜだか、寒くなかった。それどころかあたたかさまで感じて、オレは、どうしてだろうと、確認して、自分の目を疑った。


 オレは――オレは、竜の腹の上に掻き抱かれるようにくるまれて眠っていたのだ。


 初めて触れたとき、ひんやりと低かった竜の体温が、嘘のように、上昇している。


 竜の腹が心地好い上下動を繰り返す。


 着衣を隔てて触れ合っているからだから、ゆるやかな鼓動までもが伝わってきていた。


(うわ……)


 純粋な、驚愕だった。


 見知らぬものに抱きかかえられて眠っていれば、誰だって気づいたときにびっくりするだろう。

 それくらいの、驚きに過ぎなかった。


 床に手をつき、オレは上半身を持ち上げた。


 するり――と、力なく竜の手が背中から滑り落ち、ガチャリと耳障りな音を響かせた。


 竜が目覚める。


 とっさに目をつむったが、そんな気配は微塵もなく、オレは、竜を起こさないように、そっと静かに、起き上がった。


 いつの間にか、息を詰めていたらしい。


 深い溜息が、肺腑から押し出された。と同時に、オレの腹が盛大に空腹を訴えた。


「やばい。飯食いっぱぐれる」


 オレは、慌てて、塔の最上階から、飛び出したのである。




 こうして、オレの竜の番人としての毎日が始まったのだ。






 竜の世話は、そんなに難しいものじゃない。


 朝になれば竜の身なりを整え、時分時分が来れば飯を食わせ、片付ける。そうして、夜が来れば、とりあえず、夜着を着せ掛けるのだ。

 

 今はまだ薄く綿が入っているが、季節に合わせて、軽くて薄いものに替えるのだろう。


 何に一番驚いたって、竜の食べる飯だ。


 竜というからには、肉を食べると想像するだろう。


 しかし、違った。


 この竜は、清水と蜂蜜だけを口にするのだ。


 うっすらと開いたくちびるの中に、そっと水や蜂蜜を流し込む。そんな時、オレの胸は、びっくりするくらいドキドキと、早鐘のようになるのだった。


 この竜は、雄だというのにである。


 オレっておかしいのか? と、思わないでもなかったが、まぁ、綺麗なものに接する時というのは、緊張するから、しかたがないと、オレは、オレなりに納得していたのだった。


 三日もせずに、オレは、竜に馴染んでしまっていた。


 竜はいつもうつらうつらと眠っているようなものなので、だからかもしれない。


 どこにも、危険はないのだ。


 最初の日に見た、瞳の色だけがひとと違う、たったそれだけの違い。


 恐れることは、なにもなかった。


 愛着さえ、湧いていた。


 だから、つい、竜の縛めに手が伸びる。疾うに、竜がここを自由に動けるくらいに、鎖の長さをぎりぎりの長さに調節していた紐は、解いてしまっている。


「う~ん。特殊な鍵かも」


 たしか、蝋だか粘土だかで鍵の型を取って、それで、合鍵を作る方法があったはずだ。


 竜の白く細い手首や足首を縛めている、はっきり行って無粋極まりない黒い枷。その鍵を手に入れて、縛めを解いてやりたかった。


 それからどうするという算段はない。


 ただ、あまりに重く厳しいそれを、外してやりたいという、たったそれだけのことに過ぎない。


 城主からの解放とか、オレのものにしたいとか、そんなご大層な考えがあったわけじゃない。


 ただ、もう、可哀想でならなかったのだ。


 どうせいつも眠っているのだ。外したところで、逃げる危険はないのに違いない。




 まだ、オレは、竜がここに飼われている真の理由など、知ってはいなかったのだ。






 その夜は、とても、冷え込んだ。


 だから、オレは、竜を抱え込んで、眠った。


 いくら竜とはいえ、物も食えば息もしている。


 寒いのも暑いのも、感じるだろうと、そう、思ったからだ。


 オレの毛布を引きずり、竜を抱えて、頭から被った。


 それがよかったのか、悪かったのか。


 結果として、竜は、目覚めてしまったのだ。






 誰かに、髪を梳かれているような心地好さに惹かれて、オレは、目が覚めた。


 目の前に、金の色。


(へ?)


 しばらく、それが何か、わからなかった。


 理解した途端、オレは、飛び起き、そうして、したたかに腰を打った。


「ってぇ……」


 腰をさすりさすり、立ち上がる。


 乱れた前髪の隙間から、こちらを見上げている、金色のまなざし。


 それを認めて、オレの鼓動が、跳ね上がった。


「よお。目が覚めたんだな」


 しゃがみこみ、怯えさせないようにそっと伸ばした手で、前髪を掻きあげた。


「飯食ったら、髪切ろうな。起きれっか?」


 ニッと目を覗き込むと、かすかに眇めるだけでオレから視線を外しはしない。


「…………」


 口を開くが、音にならない。


「ず~っと寝てたんだから、喋れなくてもしかたねぇよな。ほら、手、こっちに」


 鎖と枷の重みに小刻みに震えながらも、竜は手をオレの肩に回した。


 よく考えると、これって、竜に首絞められても怒れない体勢かもしれない――そんなことがちらりと頭の隅を掠めたが、まいいかと、オレは、しばらく竜がどう動くか静観を決め込んだ。


 オレの首を絞める気配はない。


「よっと」


 オレは、竜の両脇に手を入れて、竜の上半身を壁に背凭れかけるように起こしたのだ。


 壷からさじで掬い取った蜂蜜が、皿の上でとろりとした波形を描く。水がめから椀に清水を汲み、それらを盆に載せた。


「さじ、持てるか?」


 伸ばされる指の心もとなさに、言ったほうのオレが焦れた。


「わかった。口、開けてな。食わしてやるから」


 意識のある相手を起こして食べさせるほうが、膝の上に頭を乗せて食べさせるよりも、やりやすいのには違いない。


 小鳥の雛の餌付けのように、オレは、竜に飯を食わせた。




 そうして、少しずつ、竜は、オレに馴染んだのだ。




 そんな、ある夜だった。


 何の前触れもなく、この部屋唯一の出入り口であるドアが、開けられた。


 現れたのは、オベールだった。


 まだ、オレも、竜も、起きていた。


 明り取りから差し込む月の光が、蝋燭の必要がないほど、部屋を照らしていた。


 驚いたオレが何を言うまでもなく、


「殿のお成りである」


と、オベールが告げた。


 途端、オレは、竜の顔が強張りつくのを、見た――と、思った。


「ここでの一部始終は、言うまでもないが他言無用」


 隅に控えたオレは、現れた、城主の変わりざまに唖然となった。


 もともとそう頑健そうには見えないひとだったが、やつれたように感じられた。


 オベールのかざす手燭の揺れる明かりに照らし出された殿の顔は、頬がげっそりとこけ、眉間に刻まれた皺の深さが、哀れげにさえ見える。


 いったい、城主になにがあったのか。


 ぼんやりと見守っている視線の先で、オベールが、静かに手燭を床に置いた。


 そうして、


「やめろっ」


 止めにはいったオレを、オベールが力まかせに振り払った。


 ドン――と、したたかに壁に全身をぶち当て、オレはしばらく脳震盪で動けなかったらしい。


 オレが気づいたとき、いまだ満足に動くことができずにいる竜は、背後からオベールに抱え込まれ、着衣の襟を大きく開かれていた。


 そうして、城主が、その首筋に、吸いついたのだ。




 なにが起きているのか。


 理解するのと納得するのとは、別のことだ。


 カチャカチャと、竜の枷が鎖が、悲痛な音をたてる。


 あいまあいまに、ぴちゃりと、城主が舌なめずりをする音が混じり、オレは、どうしようもなく、ただ、顔を背けようとした。


 竜の青ざめた顔が、少しだけ、オレに笑顔らしきものを向けてくれるようになっている竜の金のまなざしが、苦痛に、嫌悪に、眇められ、オレの目を捕らえた。


 ――――


 音にならない声で、竜は何かを、オレに伝えようとしていた。


 やがて、城主は、竜の血に満足したらしい。


 口元から喉にかけてを真っ赤に染めて、竜を手放した。


 オベールが、慌てて、懐から取り出した布で、竜の首筋と、城主を濡らす血を拭い取った。


 そうして、手燭を取り上げると、ふたりは、無言のまま、塔を後にしたのである。


「だいじょーぶかっ」




 しばらく呆けていたオレだったが、カチャリという鎖の音に、我に返った。


 慌てて竜の元に駆け寄ると、竜は、くったりと意識をなくして横たわっていた。


 荒い息が、その疲労を伝える。


「ちょっと待ってろ」


 オレは、水を汲んだ。


「ほら」


 椀を口元に持ってゆくが、竜は、口を開こうとはしない。


「頼むから飲んでくれ」


 かたくなに閉ざした口に、オレは、不安と焦りを感じた。そうして、オレは、水を口に含み、そうして、竜の口に直接流し込んだのだった。


 オレは眠れなかった。


 竜が、震えている。


 あれから――城主に血を啜られてから、結局、竜の意識は戻らないままだ。


 青ざめた横顔が、夜の闇の中でもうっすらと浮かんで見えた。


 脂汗で頬に首に貼りついた、オレが切ったせいで不揃いな髪を、梳き上げる。


 汗を、手ぬぐいで拭ってやる。


 竜の首筋に、城主に食い破られた傷口は、既に見えなくなっていた。


 あれからいくらも経っていないのに、傷口は、ふさがっているのだ。




 竜を飼っている。だから、負け知らずなのだ。


 そう、伯父は、ボルティモアの城主のことをオレに話して聞かせた。


 オレがこの地へ人質に来る前のことだ。


 けれど、竜を飼っているから、強いわけではないのだろう。


 おそらくは、竜は、言われているような、ボルティモアの守り神ではない。


 竜がここにいる真の理由を、オレは、多分、知ってしまったのだろう。


 オレは、見ていたのだ。


 竜の血を滴らせながら顔を上げた、城主の顔は、いつものとおり、のっぺりと整っていた。まるで、ここに来たときの、やつれぐあいが嘘のように。


 竜は、血を啜られるためだけに、ここに、繋がれているのだ。


 家畜となんら変わらない。


 ゾクリ―――と、オレの背中が、逆毛立った。


(寒い………)


 そう思って、竜の首が隠れるほど毛布を引き上げ、オレは、そっと、竜を抱きしめた。






 目の前には、金のまなざし。


 オレは、飛び起きた。


 竜は穏やかな顔で、オレを眺めていた。


 まるで、昨夜の出来事が、悪夢の中のことのような錯覚を覚えた。


 が、それは、違う。


 あれは、本当のことだった。


 竜は、確かに、城主に、血を啜られていたのだ。


 明り取りの窓を開けながら、オレは、頭を振った。




「竜………」


 飯を食わせながら、オレは、話しかけた。


「大丈夫か?」


 金の目が、大きく見開かれた。次の瞬間、竜は、笑った。


 大丈夫だというように首を振る。


 昨夜城主に喰らいつかれた箇所を示して、頷く。


 しかし、確かに、昨夜、竜は、怯えていた。


 恐くないはずがない。


(逃がしてやりたい………。しかし、それは、おそらくオレの一族の滅亡を意味する)


「ごめん。ごめんな………」


 きょとんと首をかしげる竜に、オレは、ただ、謝ることばしかもっていなかったのだ。



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