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閉じられた場所

作者: 浅香

三題噺のお題メーカーより。


風見鶏は「湖」「タライ」「希薄な記憶」を使って創作するんだ!ジャンルは「王道ファンタジー」だよ!頑張ってね! #sandaibanashi shindanmaker.com/58531 無性に書きたくなったから久しぶりにメーカー使ってみた。

 湖の上に城が浮かぶ。白い外観には傷も汚れもなく、正面から見ると山の字の形をしている。真ん中に突き出た一番高い尖塔の頂点には、国旗が付けられている。白地の背景に赤い日の丸だ。太陽のように見えなくもない。その下には小窓が付いていて、周囲の景色を一望することは容易である。

 しかし、その見張り部屋に行くためには困難があった。まず第一に見張りの目から逃れる必要があり、その上でさらに鍵付きの堅牢な扉を開けなければいけない。城の両脇に備えられた尖塔に小窓はないため、周囲を眺めたければ中央の尖塔を登るほかない。

 下級兵の男は、粗末な軽装備を撫でながら尖塔を見上げる。

 湖の上にぽかんと浮かぶ城は、城壁から湖までを人の十数歩ほどしか余さない地面に根を生やし、敵の侵入を防ぐために橋をなくして孤島のようであり、人が跳んで越えることは不可能な距離を空いて陸地があった。不自然なほど緑が鮮やかな芝の陸地である。城からその豊潤な楽園に行くことも同様に不可能であった。

 彼は下級兵になるまでの記憶がなかった。気がついたら下級兵で、鎖国状態の城内に閉じ込められていた。戦う相手の居ない日々を過ごし、彼は緑の陸地に上がることを夢見た。そのことが自身の脆弱な記憶を助けてくれるような気がしていたのである。

 もう何度も陸地へ渡る術を考えた。泳いで渡ることを一番先に思いついたが、彼は軽装備を取り外すことに覚えのない恐怖を感じて断念した。それ以前に穏やかな水面をいくら眺めたところで、自分が泳いでいるところを全く想像できなかった。恐らく忘れた記憶の中に泳法はないのであろう。

 だからせめて。

 外の世界を眺めるだけでいい。彼は見張り部屋に行くことを望んだ。それだけでよかった。当然、それくらい何の困難があるだろう。少し城の周囲を見るだけだというのに、そこに行くことは禁止されていた。王直々の勅令である。噂によるとその部屋は一度も使われていないという話であった。これは外へ出ることのできない理不尽な鎖国と関係があるのかもしれないと彼は読んだ。納得できない現状を打ち壊すために、彼は城の一番高い場所を目指さなければいけなかったのである。


 見張りの兵士はなんとかなる。何をしたっていい。とにかくそこは抜ければいい。問題は鍵の方だった。普通は見張りの兵士が持っていると考える。残念なことにそんな簡単なことでもなかった。彼は直接聞いてみたのである。見張りをやっているという兵士を相手に、食堂で世間話のついでだった。見張りをしているその兵士ですら、鍵の場所は分からなかった。

 ここまで徹底して守られる部屋であれば、下級兵でなくとも大方の見当は付くというものだ。彼は女中を探した。一つの確信を持って。

「やあ、忙しいところすまない」

 廊下を歩く女中をつかまえて声をかける。なんでございましょう、と丁寧な反応を見て彼は困難を悟った。

「見張り部屋に入ったことはあるかい」

 そう言うと女中は一瞬だけ黒目を泳がせた。それから首を振る。

「君がここを歩いているということは、閣下の寝室を後にしてきたということだ。閣下の部屋については詳しいのだろう。それならば鍵の在処は知らないか」

「私が閣下を裏切るとお思いですか」

「まったく以てその通りだ。これは悪いことをした。最近などは戦もなくて兵士が暇をしてばかりでね。下級兵となると女中と世間話でもしたくなるのだよ」

「それなら他をあたってください。と言っても、ここの女中が暇を持て余すことなどございませんが。そんなにお暇でしたら私たちの仕事を分けて差し上げますが」

「はっはは、これは参った。邪魔してすまない」

 手を振ってその場を後にする。実に忠誠心に満ちた単純な女中であった。彼女は確かに裏切らなかった。彼の確信はやはり揺るがなかった。鍵は王の寝室にあるらしい。


「何かご用でしょうか」

 彼が王の寝室の前に立っていると、やがて別の女中がやってきた。

「物見の任を受けて鍵を取りに来たのだが、女中がいなくてね。ほらこの通り、鍵が開かなくて待ちぼうけをくらっているわけだよ」

 そう言い終わると城内がぐらりと揺れた。よくある地震だ。彼も女中も、意に介すことはなかった。

「少々お待ちください」

 女中は些か怪訝な表情をしながらも部屋に入り、鍵を持って戻ってきた。彼はその手の中にあるものを認め、高揚する心を抑えて平然を装いながら受け取った。

「忙しいところすまなかったね。それでは」

 鍵は重かった。それは城の秘密を存分に吸って膨らんだ重さだった。しっかりと握りしめて、彼は見張り部屋の下に至る。

 螺旋階段の前には見張りの兵士がいる。手荒な手順でくぐり抜けようとしていた彼は、そこに立っている兵士を見て計画の甘さを思い知った。

「よう、また会ったな。世間話でもしに来たのか?」

 食堂で世間話をしたあの兵士である。こうも気楽に話しかけられては、かえて手を出すこともできない。

「あ、あぁ。開かない部屋っていうのが気になってな。とても堅牢な扉なのだろうね」

「ははっ、まさかお前、部屋に入りたいのか? やめとけあれは無理だ。鍵がないなら絶対に入れないね」

「その口ぶりは、扉の前まで行った経験があるってことか」

「当たり前だろう? 俺を誰だと思ってる。見張りだぞ? 暇なら売るほどあるんだから、このくるくるした階段で遊びたくもなるさ」

「なるほど。俺がその遊具で遊ぶってのはどうかな。こっちも暇なら押し売りしたいほど余してるんでね」

「構わんけども、ただ石の扉があるだけだぞ? そいつを見たら、階段で走り回ってた方が楽しいってことに気づくはずさ。それでもいいのか」

「物は試しというやつで」

「そうか。じゃあ俺はここに居るからどうぞご自由に。料金はとらないぜ、ははっ」

 見張りの兵士に手を上げて礼を言い、彼はいとも簡単に螺旋階段を上っていく。軽装備の内に重い鍵を忍ばせて。

 甲高い音が響いていた。彼が歩く度に階段は音を上げる。癖になりそうな音だ。暇潰しには丁度いいかもしれない。

 やがて彼は扉の前にたどり着く。そこには石で出来た観音開きの重そうな扉があった。頑丈な錠が下りているが、それは彼の進行を妨げる役割を果たせていなかった。

 鈍く重苦しい音を上げて錠が外れる。それから彼は全身に力を込めて石の扉を押した。床に石が擦れる低い音がしている。下からは見張りの兵士が何事か叫んでいたが、彼の耳がその声を掴むことはなかった。

 通れるだけの隙間を空けて、身体を部屋に滑り込ませる。埃っぽいがらんどうの部屋。大きな窓が正面にある。光が目を射た。それは希望であるように思えた。彼は窓に飛びついて、目を大きく開いて外の景色を見渡した。

 湖があり、緑の陸地が続き、その先にさらに湖が広がり――

 彼は息を呑んだ。石の扉を押し開けて見張りの兵士が部屋に入ってくる。大声で怒鳴られ、肩を掴まれても彼の目にはその景色が焼き付いていた。

 湖には確かに終わりがあった。それはまるで壁だ。木の色をした壁。湖はその中にあった。彼はタライに入った水と子どものおもちゃを想像した。随分と的確な想像であると自負するほどだった。肩にかかった力が弱まった。見張りの兵士も驚いて叫び声を上げた。

 タライの先はガラスだった。

 その外では、城の何倍も大きい巨人たちが興味深げにこちらを見つめている。


執筆時間:1時間。分かりやすいお題で助かりました。肩慣らしだったので適当に……。

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