おはじき
考えようによれば BL にも見えなくもなくもない。
作者の意図はありません、たぶん。
ご了承ください。
柔らかな春の陽射し。
道端で遊ぶ小さな少女。少女を見守る二人の少年。
「赤いのはカズにいちゃんでー、青いのはリュウにいちゃんの」
少女が幼い甲高い声で歌うように言いながら、おはじきを弾く。
ガラスのぶつかる軽い音。
「緑のはチーちゃんでしょー、それから桃色のはマコねえちゃんの」
「この黄色のは?」
「これはキョウコの!」
少女が嬉しそうに少年を見上げて笑う。少年たちもつられて笑う。
「んじゃ俺は、俺?」
もう一人の少年がわくわくとした様子で、少女に聞く。
少女はきょとんと少年を見て、手の中のおはじきと地面に広がるおはじきを見て、もう一度少年を見た。
「シロー兄ちゃんはぁ……」
少女のくりくりとした黒い瞳が、じーっと少年を凝視する。
やがて首を傾げながら、
「……白?」
「そのまんまかよ! キョウコぉ……」
少年が眉を下げて、情けない調子で嘆いた。
その様子に、少女ともう一人の少年が心底可笑しそうに大きな笑い声をあげた。
――可愛い末妹と仲のいい兄弟たち
――彼らと過ごす時間が当たり前で、幸せだった
――その頃の俺は、この当たり前が
――当たり前にずっと続くと信じていた
空風が冷たい冬。
「赤はカズ兄ので、青はリュウ兄の」
青年が小さく歌うように呟きながら、おはじきを弾く。
ガラスのぶつかる軽い音。
「緑はチアキの、それから桃色はマコの」
おはじきは、青年の言葉に合わせて一つずつ、手のひらからこぼれ落ちていく。
「んで、黄色はキョウコのな」
かしゃんと小さな音を立てて、最後の一つが手のひらから消えた。
しばらく乱雑したおはじきを見つめたあと、青年は腰を上げた。
数年前に目印として置いた岩は、当時は自分の腹ぐらいだったのに、今では膝あたりだ。
自分も成長しているのだなと思う。それだけ時間が経ったのだ、とも。
青年と岩の間に空風が吹いた。寒さを紛らわすように、首に巻いた布を引き上げる。
当たり前が終わりを告げて、終わりの見えない冬が始まってから、十年以上。
幸せな家族の中で、何の因果か独り生き残ってしまった少年は、いまや立派な青年となった。
細かった身体は立派に鍛えられ、服の下には喧嘩ではない生傷が絶えない。
すべては、この世界への復讐のため。
暖かな光に包まれていた昔には考えられない未来が、そこにはあった。
「ごめんな。白いのは見つかんなかったんだ」
青年は困ったように微笑んだ。
「また、次来る時は、見つけてくるからさ……」
青年の寂しげな声が、空風に浚われる。
時々思うことがある。なぜ自分は生きているのかと。
なぜみんなと共に逝けなかったのか、と。
自分なんて、兄弟の中で一番弱くて臆病で、何もできなかったのに。
目の前で、家族が殺されるのを見ても、何もできなかったのに。
「何もできなかったからこそ、今ここにいるんだろ」
「?!」
肩に重さを感じて、ハッと振り返る。
真横に男の顔があった。
万年眠そうな眼をした、猫みたいな黒髪の男。
同じ志を持つ、今の“家族”の一人。
「こんなとこにいやがって。めっちゃ探したじゃねぇか」
「ごめん。でも、よく分かったな。俺がここにいるって」
男は面倒くさそうに片手を振った。
「めっちゃ探したって言ってんだろ。走り回ってる途中で声が聞こえたから、来てみたら案の定だよ」
「俺の声、そんな大きかったか? ……と、あぁ。こっちの声か」
青年が左胸に手をやる。
そういえば、この男は他人の心の声が聞こえるのだった。
普段は聞こえていても何も言わないし、面倒くさがりだからか行動も起こさないので、時々彼が能力者であることを忘れる。
「しばしば聞こえる声と問いだったからな。お前だと思った」
男が家族の前にしゃがむ。何をするのかと思いきや、彼は突然乱雑に置かれたおはじきを両手で集めて、きれいに並べ直し始めた。
その間、青年はなにも言わず、男の背を見ていた。
「まぁ…生きてりゃ勝ちなんだよ」
「?」
一瞬独り言かと思った。
こっちを見ないまま呟くから。
男はきれいに一列に並べたおはじきを再び指で弾きながら、やはり青年の方は向かずに続けた。
「弱かろうがなんだろうが、生きてりゃなんでもできる。強くもなれる。
昔のお前は、自分が弱いと分かってたから何もしなかった。
家族が殺されてどんなに悔しくても、何もしなかった。
結果生き残って。そして、今ここにいる。
復讐できるくらい、十分に力を持って、ここにいる。
それが答えだろ」
「………………」
二人の間を空風が吹き抜けた。男のだらしなく伸びた後ろ髪が乱れる。
風が止まってしばらくして、沈黙が開けた。
「珍しいこともあるもんだな、あんたが読んだ内容について意見するなんて。明日は槍でも降ってくるか?」
「うげ、面倒くせぇ。んなことになったら俺は俺を恨むぞ」
男がすくっと立ち上がり、青年を振り返らないままポケットに手を突っ込んだ。
「……なんで生きてるのかとか死ななかったのかとか、考えてる暇あったら少しでもケガをしないよう修行してろ」
「……あぁ」
くすぐったい感じがした。家族に愛されてる実感。
男の言葉に小さく頷く。自然と顔がほころんだ。
男は振り向かない。だから、自分の頬が赤いのを見られる心配はない。
「ありがとうな。慰めてくれて」
「……っあーもう! 柄にもないことしちまったぜ」
男ががしがしと乱暴に頭を掻いて、やっと眠そうな瞳を青年に向けた。
「さっさと戻るぞ、アルヴス」
男が足早に青年の脇をすり抜ける。髪の隙間から見えた耳は、毒リンゴのように赤かった。
青年は、男の様子に笑いを噛み殺しながら、その後を追いかけた。
「待てって、置いてくなよ、シュヴァルツ!」
赤、青、緑に桃色、そして、黄色。
岩の前に供えられたおはじきの上を、空風が吹き抜けた。
+++
もとは学校の漫研誌で出したかったけど、絵を描く時間がないので文字化。
漫画ネーム考え中のラストは、
青年が“家族”の誰かに呼ばれて「今行く!」って言って走り去ってったあと、
岩の上に家族がいて『いってらっしゃい』っつって終わるはずだった。
……文字化むずいOTL
読んでくださり、ありがとうございました!
2011.7 双海みりん