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E.O  作者: えむ
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第8章:コイビト

「どうしたの、隼? 大丈夫、まだ何もしないから」

 実験室の奥から聞こえるこの声。

 もう聞き慣れてしまった声。

 だが、そんな馬鹿なことが……。

 俺は意を決して実験室に足を踏み入れる。

「待ってたよ、隼」

 実験室の奥に立っていた少女はにこりと笑う。

「……遥奈」

「似合ってないよ、そのフード」

 そこに立っていたのは、ここ1週間、ずっと一緒にいた少女。

 昔から想い続けていた少女。

 俺は、頭のフードを脱ぎながら聞いた。

「なんでお前がここにいるんだ」

 もう訳が分からなくなっていた。

 ここは“JWH”とやらの研究所なんだろ……?

「それ、こっちの台詞」

 遥奈はピシャリと言い放った。

 先程まで笑っていたその顔は、そうとは思えないほど真剣な顔をしていた。

 そのまま俺の方へ歩み寄ってくる。

(その女は“JWH”の実験体よ)

 静かに桜花が告げた。

(そ、そんなまさか……)

(“特E”にもその事が書いてあったわ)

 信じられない。いや、信じたくない。

「隼、あなたは“魔女”と“取引”したの?」

 遥奈は俺に拳銃とその厳しい目を向ける。

 今までの遥奈からは予想もつかない冷酷な目だ。

 彼女との距離が近づいていく。

 それにつられて心臓の鼓動も速くなっていく。

 俺は、彼女を刺激しないように静かに答える。

「ああ」

「アタシ、見ちゃって……隼が大和の家の庭から出て行くところ。出来れば、信じたくなかった」

 一瞬、彼女は切なそうな目になった。

 が、それもすぐに元の目に戻る。

「それで、この1週間、隼と一緒に過ごして“魔女”と接触しないか監視して、この組織にも報告して……隼は無実だって信じたかったのに」

「そのために俺に近づいてきたのか」

「そうよ。言ったでしょ、アタシはズルイ女だって」

 遥奈は俺の目の前まで来て立ち止まる。

 その手に握られた拳銃の銃口が俺の左胸に当てられる。

「答えて。隼が、大和を殺したの?」

 彼女の目がギラリと光る。

 返答次第では……殺される。

 冷や汗が流れる。

「ああ、そうだ——」

 俺は口を開いた。

 遥奈の左目がピクリと動く。

「俺が、大和を殺した」

 拳銃を握っている遥奈の右手がプルプル震え始める。

「俺の意志で、この手で、大和を殺した」

 その言葉を聞いた途端、彼女の口がへの字に折れ曲がり、顔が醜く歪んだ。

 銃声が響き、腹部に鋭い痛みが走る。

「う……っ!」

 思わず声が漏れ、床に膝をつく。

 それに追い打ちをかけるように、すごい剣幕でさらに遥奈は迫ってくる。

「殺してやる……!」

 完全に冷静さを失った彼女はうずくまった俺の腹を蹴り上げ、俺は先程までいた廊下まで吹き飛ばされる。

 その力は常人のそれとは思えないほど強力だった。

 遥奈はプルプルと震える腕で拳銃の銃口を俺に向け、叫んだ。

「隼は最低よ! “魔女”にそそのかされて、そうやって人を殺して力づくで欲しい物を手に入れようとして!」

 その通りだ、俺は最低の人間だ。最初に人を殺した時に、人間としての何かを置き忘れてきてしまったのかもしれない。

 遥奈は次々とまくし立てながら、拳銃を連射する。

「大和は隼のことを大切に思っていたのに! 唯一の親友だ、って言っていたのに! きっとあの時だって頭が吹き飛ぶ直前まで隼のことを信じていたに違いない!」

 そんなことは、わかっていたさ。

 彼女の手の中の拳銃がカチカチ、と空しく音を立て、弾が切れたことを知らせる。

 最初に腹に受けた弾以外は、すべてスレスレのところで命中していなかった。

 見ると、遥奈の目からは涙が溢れていた。

「う……ひぐっ……」

 用済みになった拳銃を投げ捨て、遥奈はぺたりと床に座り込む。

「遥奈……」

 そこには先程までの威勢はどこにもなく、いつもの遥奈が——俺のよく知っている遥奈が座り込んでいた。


 腹から出ていた血はいつの間にか止まり、傷口は完全にふさがっていた。

 俺の横に座り込んででそれを見ていた遥奈は感嘆としたふうにつぶやく。

「それが隼の力なんだ……すごいもんだね」

「こんなことまで出来るなんて今初めて知ったけどな」

 俺は自分の腹を撫でながら言った。

 いくら望めば何でも作り出せる能力だからって、望んだだけで傷がふさがるとは思わなかった。

 だが、痛みは何故か継続していた。

 痛みを消すのを俺が望んでいないとでもいうのだろうか。

「痛むの?」

「ああ、なんでかな」

 はは、と痛みに耐えながら軽く笑って見せる。

 それを見た遥奈も笑い返してくれる。

 いつも通りに戻った彼女を見て、俺は少しホッとする。

「ここでの実験の最終目的はね、隼みたいな人を人工的に作ることだったの」

 遥奈がうつむきながら話し始めた。

「アタシは物心ついた頃からこの施設で調整を受けてて、たまに酷い実験もされた。そのせいで死んでいった仲間たちもいた。時にはアタシも暴走した仲間を殺した。でもね、相馬さんっていうこの施設で1番偉い人が、世界を救うためだって言うから、アタシはいろんな実験に堪えてきた」

 遥奈にそんな過去があったなんて知らなかった。

 遥奈に出会ったのは幼稚園の頃だったが、よく習い事があると言って早めに帰っていたことがあったことを思い出す。

「それでたまに早めに帰ってたのか」

「そう。でもね、アタシは失敗作だった。この馬鹿みたいな筋力と不安定な精神しかなくて、研究所のいろんな人から不必要の烙印を押されて……でもこの作戦で成功すれば認めてやるって言われて――」

 見ると、遥奈の目には涙が浮かんでいた。

「それで俺たちを待ち伏せしていたってわけか」

「アタシはね……」

 彼女がうつむいたままぽろっと言葉をこぼす。

「アタシは隼のこと、殺してやろうと思ってた。大和を殺した隼なんて、死んじゃえばいいって思ってた」

 彼女は、そう言うと顔を上げた。

「でもね、殺せなかった。アタシのこと慰めてくれてた隼のこと思い出しちゃって……辛かったんだよね、隼も。まあ、アタシの勝手な解釈なんだけどね」

 そう言って彼女は微笑んだ。

 初めて、彼女のこんな輝きを放つ微笑みを見た気がした。

 ずっと昔から一緒にいたはずなのに、こんなに解放感のある笑顔は見たことがなかった。

 見ているだけで、心が洗われていく気がする。

 遥奈は自分の本当の気持ちを包み隠さず話してくれている。

 なら俺もそれに応えなければ。そう、思えた。

 俺は口を開いて大きく息を吸う。

「許してくれ、とは言わないよ」

「アタシも、許すつもりなんて毛頭ないよ」

 即答された。予想はしていたが少し傷つく。

「でもね……」

 彼女は笑いながら言葉を続けた。

 その表情はとても柔らかく、優しいものだった。

「罪を償おう。それが、私から言えるただ1つの言葉」

 大和にも言われた言葉だ。

 大和と遥奈は根本的に似ていたのかもしれない。

 そして、その2人がずっとそばにいてくれたことがどんなに幸せだったことか、今となってはもう思い返すことしかできない。

 俺が、自分自身でその幸せをぶち壊してしまった。

 1週間前には大変な過ちを犯してしまったけれど、もう同じ過ちを繰り返したくはない。

 これ以上、もう何も失いたくない。

 そうだ、俺は——

「ありがとう、遥奈。俺……」

 そう言いかけたとき、彼女は目を大きく見開いた。

 何が起こったのか、その一瞬では理解できなかった。

 後ろから聞こえてきた銃声。

 それに重なって液体の飛び散る音が聞こえた。

「しゅ……ん……」

 そう言った彼女の顔は、左半分が吹き飛び、醜いものに変わっていた。

 ぱさ、という軽い音を立てて遥奈はゆっくり床に倒れ込んだ。

「ああああああああああああああああああ!」

 溢れ出した感情が、嗚咽となって、叫びとなって俺自身を震わせた。

「危ないところだったね、隼」

 その声を聞いて、俺はパッと後ろを振り向く。

「桜花……!」

 そこには、“魔女”の姿があった。

 両手でライフルを構え、その銃口からは細い煙のようなものが出ていた。

「なんで、殺した?」

「なんでって、敵は殺さないとこっちがやられるわ」

 正論だ。だが、それ故に俺の怒りは募っていく。

「遥奈は、俺に手を差しのべてくれた。恋人を殺した犯人に向かって手を差しのべてくれたんだぞ!」

「それはあの大和って男も同じじゃない。あの男も自分の家族を皆殺しにした犯人に手を差しのべていたわ。でも隼は、その手を振り放った」

 桜花は冷たく放った。

「大和は殺したのにその女は殺さないなんておかしいわ。それに、共犯者に出頭なんてされたんじゃたまったものじゃないから」

「だったらもういっそ、俺も殺してくれよ……」

 涙で視界が歪む。

 しばらく待ったが、返事はなかった。

 何か桜花が表情を浮かべていたようだったが、見ることはできなかった。

 その時、少し離れたところで激しい爆発音がして、研究所全体を震わした。

 桜花はくるっと後ろに向き直り、来た道を戻り始めた。

「行きましょう。早く脱出しないと脱出用以外の爆弾も爆発するわ」

 俺の身体は自分の意志とは反して、立ち上がって遥奈の遺体に背を向け、桜花の後を追って歩き出した。

 もう1度、もう1度だけでいい、遥奈の姿が見たかった。その身体を抱きしめたかった。泣いて、そして謝りたかった。

 だがこの身体は、俺の言うことなんてこれっぽっちも聞きはしなかった。

 離れていく。ただ、離れていく。

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