第6章:ナメアイ
俺は家に帰ると部屋にこもった。
あの後、俺はリビングの窓から庭に出て、塀を越え、家に帰った。
俺は、大和を——その家族を、殺した。
自分の手で、自分の意志で。
あの時の光景が脳味噌の中にフラッシュバックする。
大和の後頭部が吹き飛び、脳味噌が飛び散り、俺の顔にもその1部が降りかかる。
その時の大和の表情。俺に銃を突きつけられてもピクリともしなかったあの真っ直ぐな目。
最後まであいつは、俺のことを信じていたように見えた。
おそらく、その信用を裏切られたことにも気付かなかっただろう。
手の震えが止まらない。
冷や汗が止まらない。
動悸が止まらない。
「うっ……」
吐き気に襲われて、俺はトイレに駆け込んだ。
「大丈夫?」
部屋に戻ると、いつの間に入り込んだのか、桜花が椅子に座って俺を待っていた。
「電話、かかってきてたよ」
彼女がそう言って、机の上に置かれている俺の携帯電話を指さす。
俺は携帯電話を開いて着信履歴を見た。
「遥奈からか……」
俺は遥奈にかけ直した。
短い呼び出し音の後に、電話越しに遥奈の鼻をすすっている音が聞こえてくる。
「遥奈か? どうした」
もちろん用件は分かっていた。
『うぐっ……隼……大和……大和がぁ……』
遥奈は絞り出すように声を出すと、泣きじゃくり始めてしまった。
「どこにいるんだ? 今からそっちに行く」
俺は、やっとのことで遥奈から病院の名前を聞き出すと、桜花を部屋に置いたまま、暗い夜道に飛び出した。
今は、この魔女と口を聞きたい気分ではなかった。
病院に着くと、遥奈が薄暗い待合室の椅子に座ってうなだれていた。
彼女は、俺を見つけると弾かれたように立ち上がり、駆け寄ってきた。
「うっ……うぅっ……」
見ると、目が真っ赤に腫れている。頬には涙の跡がついてしまっていた。
俺は、見るに耐えなくなって、彼女を軽く抱きしめてやる。
彼女は俺にしがみついてまた泣き始めてしまった。
「……」
何も言葉が出なかった。かけてやれる言葉なんて見つからない。
彼女は泣き続けた。俺の服を涙でびしょびしょに濡らしながら。
(望みは叶ったでしょ?)
病院のソファーに座ってうとうとしていると、桜花の声が頭に響いてくる。
遥奈は俺の膝の上ですうすうと寝息を立てて眠っている。泣き疲れたのだろう。
(桜花……!)
(私は礼を言われる筋合いはあっても不満を言われる筋合いはないはずよ)
(てめぇ!)
確かにそうだ。
元々、そういう“取引”だった。
“小野崎隼”という存在を“遠藤桜花”に売り渡す、そういう条件だ。
こうして自分の意志で身体が動かせるだけでも十分いいはずだ。
(隼は心の奥底で大和という存在を非常に嫌悪していた。そうでしょう?)
否定はできない。俺から遥奈を奪った大和が妬ましかった。
それでいてまだ3人でいよう、などと言う大和が鬱陶しかった。
その大和を殺したことにより、遥奈がこうしていつも以上に俺に寄ってきてくれている。
そうだ、俺の望みは叶った。
叶ったんだけど……。
(罪悪感なんて忘れたほうがいいよ)
桜花がポツリと言う。
(この非日常な生活を送るのに、罪悪感は邪魔になる)
その言葉は、とても重く、説得力のあるものだった。
(わかってるよ。わかってる、けど……)
涙が、溢れて止まらなかった。
次の日、俺は学校を休んだ。
とても学校に行ける状態ではなかった。
「ごめんね、突然押しかけてきて」
俺の部屋のベッドの上に座っている遥奈がうつむきながら言う。
「いや、いいよ」
俺は優しく返す。
さっき、遥奈は泣きながら家にやってきた。
彼女も学校を休んだらしい。
「独りじゃ……寂しくってさ」
「俺も同じこと、思ってた」
そう言って遥奈の隣りに座り、今リビングから取ってきた麦茶が入っているコップを差し出す。
「ありがとう」
遥奈はそう言うと、ごくごくと一気に飲み干してコップの中身を空にしてしまった。
「どんだけ水分足りてなかったんだよ……」
それを見た俺は、呆れながら言った。
だが、遥奈は乾いた笑いを少しこぼしただけだった。
そして、思い切ったように口を開いた。
「あのさ、隼」
「何だ?」
その真剣な口調に俺は少しだけ緊張する。
もしかしてあの時、見られていたのか……?
そんな嫌な予感が頭の中でどんどん広がっていく。
「アタシを……」
そう言いながら遥奈は、俺の肩に頭をもたれてくる。
シャンプーの香りだろうか、彼女のいい匂いが香ってくる。
「アタシを、慰めてくれない?」
横からは遥奈の匂いが漂ってくる。
すうすうと寝息を立てている彼女の頭を軽く撫でてやる。
俺たちは1つのベッドの中で、抱き合ったまま眠っていた。
別に男と女の一線を超えたわけではなかったが、何か気分が悪い。
「罪悪感は邪魔になる……か」
まさにその通りだった気がする。
「隼……?」
「あ、悪い。起こしちゃったか?」
遥奈が薄目を開いてこっちを見つめていた。
「罪悪感……あったんだね」
「ま、まあな」
聞かれていたのか……。
遥奈は寂しそうな目をしていた。
「アタシのこと、まだ好き?」
「ああ。あの時から俺の気持ちは変わってない」
「ズルイよね、アタシ……」
そう言うと、遥奈はポロポロと涙を流し始めた。
「大和が突然いなくなったからって、隼の気持ちを利用してこんな——」
「それ以上言うな」
俺は彼女の言葉を遮り、口づけでその先の言葉を奪う。
罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
ズルイのは、俺のほうだ。
その後1週間くらい、桜花からの連絡はなかった。
俺のことを気遣ってくれたのか、それともただ単に用がなかったからなのか。
それとは対照的に、遥奈とはほぼ1日中と言っていいもほど一緒にいた。
精神的にも——時には肉体的にも、俺たちは慰めあって過ごした。
朝起きると、学校にも行かずに遥奈と連絡を取り合い、出かけるかどちらかの家に行く。
そんな日々が続いていた。
だが、遥奈からの提案で、今日から学校にも顔を出すことにした。
「この道を通るのも久しぶりだね」
「ああ、そうだな……」
ついこの間まで大和を含めた3人で歩いていた通学路。
今は俺と遥奈の2人だけが並んで歩いている。
遥奈は持ち前の明るさをすっかり失ってしまい、俺はそんな彼女にかける言葉がわからない。
大和という存在がいなくなっただけで、明るかったこの道には重苦しい空気が立ち込めていた。
会話が続かない。
もうあの“日常”には、戻れない。
そうこうしているうちに、学校に着いてしまった。
「やっと来たんだね、隼」
予想外の人物が正門の前で待ち構えていた。
「遠藤……桜花」
「ちょっと来てくれない?」
桜花はにっこりしながら言った。
「……わかった」
隣で歩いていた遥奈は、口をあんぐり開いて立ち尽くしていた。
「隼、桜花さんと知り合いなの?」
遥奈がおずおずと聞いてくる。
「ああ、ちょっとな。悪い、先に行っててくれないか?」
「うん……あ、あとで話したいことがあるから!」
そう言うと遥奈は俺から離れていった。
話したいこと、というのが少し気になるが今はこっちが先だ。
「なんのつもりだ、こんな所で」
「ちょっと直接話したいことがあってね」
桜花は意味ありげな表情を浮かべた。




