第5章:ヤサシサ
(おい、桜花……)
(何?)
(本当に、ここなのか? どこかで道を間違えたんじゃ……)
俺は、願望をそのまま口にした。
だが、そんな幻想はあっさりと打ち砕かれた。
(いいえ、そこよ。 表札に栗山って書いてあるでしょ?)
確かに、その通りだ。
小さい頃、よく連打した呼び鈴。何回もくぐった門。何回も遊びに来た家。
栗山大和の家で間違いない。
(どういう事だ、説明しろ。なんで大和の家なんだ!?)
俺は憤りを隠せない。
今にも声に出して叫んでしまいそうだ。
(その栗山大和の父親が警察の幹部だってことは知ってるでしょ?)
(ああ)
(警察の幹部でありながら、私を狙う“ある”組織の1員でもあるのよ)
“ある”組織? そんなの初耳だ。
(納得いかないな)
(隼、あなたは私の駒。そういう“取引”だったでしょ?)
桜花は少し楽しそうにしゃべっている。
そのことが余計、俺を苛立たせた。
「納得のいく説明をしてくれって言ってるんだ!」
思わず声に出して叫んでしまう。
だが、返事は返ってこなかった。
その代わりに、身体が勝手に動き出す。
自分では止めることもできない。
(おい、桜花! まさかお前……)
(言ったでしょ? あなたは、私の“駒”よ)
クソッ! 身体の制御を奪われるのがこんなに気分の悪いものだなんて……。
そのまま、俺の身体は自分の意志とは反してずかずかと大和の家の中に入っていく。
だが、玄関の扉を閉めた後、俺に身体が返ってくる。
(じゃ、ここのお父上の書斎に行って頂戴)
(あくまで俺にやらせるつもりか)
(ええ、もちろん。それに、この中は私より隼のほうが詳しいでしょ?)
性格の悪い女だ。
(わかった。 じゃあとりあえず——)
そう言いかけて俺の身体は固まる。
制御を奪われたわけではない。
「隼くん、だよな? どうしてここに?」
目の前に不思議そうな顔をした男が立っていた。
大和のお父さん、栗山武蔵だ。
「あ、どうも。こんばんは、武蔵おじさん」
はは、と無理矢理笑ってごまかす。
なんでだ? 今は誰もいないはずじゃ……?
焦りを隠せない。
(桜花! これはどういう事だ?)
だが返事はない。
「ああ、そうか! 今日の夕食、付き合ってくれる気になったんだね!」
武蔵おじさんは満面の笑みを浮かべてリビングに案内してくれた。
「あとは遥奈ちゃんが来るのを待つだけだな。 あ、大和たちが今迎えに行ってて——」
(“特E”という書類がどこにあるか聞いてみて)
桜花から指示が入る。
ここで逆らうと俺の身体を使って何をしでかすかわからない……。
俺は指示に従わざるを得なかった。
「あ、あのおじさん」
少し上ずった声でおじさんに問いかけた。
「なんだい?」
「と……“特E”って……どこにあるんですか?」
おじさんは眼球が飛び出そうなほどに目を見開いた。
「な……なんだって?」
無理矢理笑みを作りながら聞き返してくる。
「“特E”っていう書類です。何のことか教えてくれません……か?」
今度は俺が目を見開いた。
幼い頃から知っているおじさんが、一緒に遊んでくれたおじさんが、俺に拳銃を向けていた。
「悪いな、これも仕事でな……だれに、どこでそのことを聞いたんだ?」
一瞬で彼の目は“おじさん”の目から“警察官”の目になった。
(もういい。殺して、隼)
(ま、待て……まだどこにあるかわかってな——)
「そうか、隼。お前、魔女と“取引”したんだな」
知っている? おじさんは、全て知っているのか……?
「おじさん、教えてください! この……俺の力は、あの女はいったい——」
知りたい。おじさんから話を聞きたい。すべてを教えてもらいたい。
そんな俺の意志とは裏腹に、この右手はいつの間にか拳銃を握っていて、おじさんに向かってトリガーを弾いていた。
「——ッ!?」
銃声が轟く。
おじさんの頭が、脳味噌が飛び散る。
(また……俺の身体を使ったのか)
(そうしなければ隼は死んでたよ。それより早く書類を探して)
また俺は人を殺した。しかも、かなり親しかった人を。
(今は考えないで、じゃないと捕まるよ)
俺は、おじさん——だったモノに背を向け、書斎へ急いだ。
手当たり次第に引き出しを引っ張り開け、強盗よろしく部屋を荒らしながら、書類を探した。
「ん、これか?」
2重の鍵のかかっていた引き出しを壊すと、その奥に書類が入っていた。
その紙の束の表紙には“特E”の文字が書いてあった。
(それね、ありがとう。じゃあ他の人に見つからないうちにその場を離れて)
俺は、書類を掴み、服のフードをかぶって、玄関に急いだ。
そして勢いよく扉を開けて外に出ようとする。
「……隼?」
悪いことはどうやら仲間を連れてくるようだ。
背筋に冷たい汗が流れる。
心臓が異常な速度で鼓動を刻み始める。
扉の前には、大和とその弟が並んで立っていた。
門の外には車が止まっている。暗くて中に誰が乗っているのかはわからない。
「どうしたんだこんなところで? 用事があるんじゃなかったのか?」
大和は不思議そうにこちらを見てくる。
(目撃者は抹殺。わかってるよね?)
桜花が確認するようにテレパシーしてくる。
「それにそのフード、似合わないぞ」
こんな状況なのにヘラヘラと笑っている。
だが、彼は何かに気付いたようだった。
「隼、服汚れてるぞ? どうした、怪我でもしたのか?」
俺の服には、おじさんの返り血がついていた。
「うわあああああああ! 兄ちゃああああああん!」
その時、リビングのほうから弟の悲鳴が聞こえてきた。
いつの間にか家の中に入り込んでしまっていたようだ。
「どうした、八雲?」
大和がリビングに駆け込んでいく。
俺も後を追ってリビングに行くと、大和がリビングの入口で立ちつくしていた。
「隼! 隼! 救急車……救急車を呼んでくれ!」
大和が、寄ってきた俺を見て取り乱しながら叫ぶ。
「大和……」
俺はうつむきながら大和に声をかける。
「おじさんは……その男は俺が殺したんだ」
「しゅ……ん……?」
大和は信じられない、信じたくない、と言ったふうに顔を左右に振りながら後ずさった。
もう、どうでもよかった。
目撃者は、抹殺。
俺は拳銃を出現させ、大和の弟に向けてトリガーを弾く。
大きな爆発音がして、弟の頭が吹き飛ぶ。
「やめろおおおお!」
俺が拳銃を持っているというのに、大和は叫びながら素手で飛び掛ってきた。
唐突なその行動に俺は反応しきれずに、床に押し倒された。
大和が馬乗りになる。
「これ以上罪を重ねるな!」
大和は涙を流しながらも必死に俺に訴えかけてきた。
「自首しよう! 俺も共犯者になるから!」
大和は、俺に向かって手を差しのべてくる。
正直、驚いた。
家族を殺された大和が、その犯人に向かって、一緒に罪をかぶってあげる、などと言っている。
それと同時に何だかわからないドス黒い感情が心の奥から沸き上がってきた。
「お前はそうやって……どうして人のことばっかり……」
そうだ、大和は昔からそうだった。自分のことより相手のことを優先する。
今の関係だってそうだ。朝、大和が遥奈と2人で登下校しないのは、大和が、俺のことを仲間はずれにするようで許せないかららしい。
何かにつけて3人で行こう、と言うのも大和がいつも言い出すことらしい。
だがその優しさが、思いやりが……俺には辛かった。大和に俺の全てを支配されているようで、見下されているようで、耐え難かった。
だから、俺は——。
「鬱陶しいんだ、お前が」
声を絞り出し、手に握っている拳銃の銃口を、大和の額に当てた。




