第11章:シュウゲキ
迫り来る敵部隊を見て、俺は『生き残りたい』と望んだ。
その途端、俺の肉体はその望みに応えるように超人的な能力を発揮し始めた。
驚異的な脚力に動体視力、そして再生能力。
それらを駆使した俺の前に、敵はなかった。
スピードを活かして突撃し、確実に1発で1人仕留める。
素早く次の標的に狙いを定め、撃つ。
気が付くと、あれだけいた敵部隊は残らず地面に倒れていた。
だが、それでもまだ遠くからは何人も接近してくる気配がする。
「一旦建物の中に入ろう。このままじゃキリがないわ」
桜花が側に寄ってきて半壊した研究所の入口を指差す。
「そうだな」
俺たちは敵が視界に入る前に研究所内に逃げ込んだ。
中に入ってみると、敵兵は1人もいなかった。
「なんだ、だれもいないのか」
少し拍子抜けだった。
敵がいたときのために殴りかかる準備はしておいたのだが、無駄だったようだ。
「相馬はどこに逃げたんだろうな……桜花?」
桜花は何か考え事でもしているかのように虚空を見つめていた。
俺は肩を掴んで桜花を揺さぶる。
「おい、大丈夫か?」
そう言って俺は桜花の顔を覗き込む。
「あ、ああ……ごめん。何?」
桜花は視線をこちらに向け、笑いながら答えた。
「何かあったか?」
「ううん、何でもない」
俺にはその桜花の笑みが偽りのモノに見えた。
相談の結果、まずこの施設内を探す、という結果に落ち着いた俺たちは、以前桜花が爆弾を仕掛け損ねた部分の捜索を始めた。
相馬はいなくても、俺の家族の遺体くらいはあるかもしれないというのが桜花の考えだった。
以前乗ったエレベーターとは違うエレベーターで地下に降りる。
「あれ……?」
俺は既視感を覚えた。
エレベーターを降りたところにある1本道の廊下、そしてその先にある頑丈そうな扉。
「ここ、前に来た場所か?」
「違うわ、こういう構造の部分はいくつかあったじゃん。ここもそのうちの1つよ」
「そ、そうだっけ?」
俺は1週間以上も前に見た資料を必死に思い出す。
言われてみればそんな気も……。
「隼、気を付けて」
扉の前で立ち止まり、桜花は声をかけてくる。
「どうした?」
「中から声が聞こえる」
見ると、その頑丈そうな扉は完全には閉まっておらず、その隙間から若い男の笑い声が聞こえてきた。
俺は拳銃を出現させる。
「入るぞ」
桜花に合図を出し、その扉を開け、素早く銃を構え中に入る。
「ようこそ、遅かったね!」
「……相馬!」
中で床に座っていた相馬は、俺たちの姿を見ると、立ち上がって両手を大きく広げた。
俺は彼の額に拳銃の照準を定める。
「おかえり、桜花」
相馬はまるで自分の愛娘が久しぶりに家に帰ってきた、とでも言うように歓迎しているふうだった。
俺は桜花を背中に隠す。
が、桜花はゆっくりと相馬の方へ歩み寄っていった。
「おい、桜花?」
俺は手を伸ばして彼女を止めようとするがその手は相馬から発せられた言葉によって止まった。
「全て計画通りだね、桜花」
醜い笑みを浮かべながら相馬は桜花に向かって手を伸ばした。
「そうだね、宗也」
桜花の口元がニヤリと歪む。
どういうことだ?
計画通り? 何がだ?
「残念だったね、小野崎くん。全ては君をここに連れてくるための演出だったんだよ」
正直、訳がわからなかった。
何のためにこんなことを……?
「そういう事よ、隼」
桜花が静かに口を開く。
「相馬宗也は私の駒の1人だもの」
桜花はうつむいたまま言った。
「栗山大和の家を襲わせたのも、研究所を襲わせたのも、再びここに来ることも、全部私の計画通りなの」
が、その時、テレパシーが入ってくる。
(今のうちに彼を殺して)
「次は何をすればいいんだい、桜花。この男にどんな価値があるかはわからないけど、私は君の命令なら何でも聞くよ。」
相馬が桜花に指示を求めていた。
この光景を見れば、相馬も俺と同様の力を持っていると考えて間違いない。
だったら、考える暇もなく殺してやる!
どういう事情なのか、どういう状況なのか、それは桜花から吐き出させればいいだけのことだ!
「相馬」
俺は1歩前に踏み出す。
「お前に罪を償うチャンスをやるよ」
「何を言っているんだい、小野崎くん? 私は——」
「同じ仲間だとでも言いたいのか?」
俺は憐れむような目をしながら、言った。
「俺はお前と違って魂まで桜花に売ったつもりはない……死ね!」
俺は一瞬で拳銃の狙いを相馬の額に定め直し、引き金を引いた。
相馬はとっさにかわそうとしたようだが、抵抗虚しく頭部を吹き飛ばされ倒れた。
結局、この男も桜花に利用されただけの哀れな存在だったということだ。
「俺の家族に謝ってこい」
俺はそう吐き捨てると、今度はうつむいている桜花に狙いを定める。
「どういう事だ、説明しろ」
身体のコントロールを奪われることを予想していたが、この身体は依然俺のものだった。
俺はそのまま桜花のもとにゆっくり歩み寄る。
「どうした、俺の身体を支配しないのか?」
ずっとうつむきっぱなしだった桜花がようやく顔を上げる。
「もう、無理なのよ」
桜花は少し嬉しげな表情を浮かべていた。
「隼はもう私の力じゃ制御できないくらいに成長しちゃった」
桜花は俺のもとに駆け寄ってくる。
「言ったでしょ、隼は特別だって。“魔女”である私の支配からも逃れちゃうくらい」
そう言って俺の目の前まで来た桜花は抱きついてきた。
その姿は、無邪気さそのものだった。
「なあ、“魔女”って何なんだ? 俺って……何なんだ」
俺は桜花に訊ねた。
「“魔女”なんていうのはただの記号に過ぎない。私が勝手に考えたの。魔女って、なんかかっこいいじゃない? 私だって自分のことが知れるなら知りたいわ」
桜花は一瞬寂しそうな目をしたが、すぐに元の目に戻った。
「私と口づけを交わした男は否が応でも超常の力を手に入れる。さっきの相馬もそう。それからついでに言うと隼が最初に殺したあの変態野郎も、もちろん隼も。でも、隼だけは特別だった、力が強すぎたの。それで、私は隼を完全にはコントロールできなかったの」
俺は手にしていた拳銃を消す。
「何でだ、何で俺だけ……?」
「隼は他の駒の誰よりも変わりたい、と強く願ってた。他の駒は能力を手に入れた途端に安定を願い始めるんだけど、隼はいつだって変わりたいって願ってた。それが隼の力をここまで大きくしたの」
そう言うと、桜花は少し身を離し、俺の目を真っ直ぐに見てくる。
「それに、隼だけは私に心の底からは従っていなかった。それでも私といてくれたことが嬉しくて、こうやって同じ目的に向かって戦いを挑むことで何かが繋がってる気がして、そんな隼を独り占めしたくって……」
彼女の目はとても真剣だったが、俺はその目を見続けることができなかった。
俺は顔を逸らしながら、声を絞り出す。
「だから——したのか」
「え?」
桜花は俺の顔を両手で優しく掴み正面に向けた。
俺は、彼女の目を見ながら、はっきりと言った。
「だから、殺したのか。遥奈も、俺の家族も」
「そうよ」
桜花は即答した。
「そのためにいろんな人に身体を売って、“JWH”の中に“駒”をどんどん送り込んで……今ではこの周辺にいる“JWH”の指揮系統の大半は私の“駒”に成り下がったわ」
その目は自信に満ち溢れていた。
「隼からすべてを奪えば、さらに変化を望む隼の能力はどんどん強くなる。それに今の隼には私しかいない! 私と一緒に歩いていくしかない!」
桜花はさらにきつく俺を抱きしめてくる。
「隼には他に誰もいなくても私がそばにいる、私だけがそばにいるの! だから——」
俺は、黙って桜花を抱きしめ返してやる。
桜花は再び俺の方に顔を向けてくる。
「隼……」
「ありがとう、桜花」
俺は静かに口を開いた。
「確かに桜花は今では、俺の唯一の支えだ。だけど——」
昨日、愚痴を聞いてくれた桜花の姿が思い浮かぶ。
あれは本音だったんだな。
だけど、これは全て桜花によって作り出された状況だ。間違った方法で作られたものだ。
「一緒に世界を作り変えようよ!」
俺の返事を全て聞かずに、桜花がまたしゃべりだす。
「こんなつまらない世界は破壊してさ、“非日常”の世界にしちゃおう! 隼もそれを望んでいたでしょ? 隼さえ望めば、そんな世界は簡単に実現されるはず!」
そうだな、俺は“非日常”に飢えていた。
もっと面白い人生を送りたいと思っていた。
変わりたいと、そう願った。
そして、俺は実際、変わった。
人生も、心も。
「桜花」
「何?」
桜花はこれ以上無いくらいにキラキラと目を輝かせていた。
俺は、その無邪気な輝きを一瞬でかき消す。
「罪を償おう、桜花。2人で一緒に」