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E.O  作者: えむ
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第9章:ヘンカ

『先日起きた、市営施設爆破事件の続報ですが――』

 リビングのテレビには、特番のニュース番組が映し出されていた。

 俺たちがやったことはちょっとしたニュースになっていた。

 そりゃそうだ。この平和の国日本で小規模とはいえ爆弾テロが起こったんだから。

 だが、“JWH”のことや、そこに人体実験施設があったことなどが明るみに出ることはなかった。

 施設の周りは完全に封鎖され、自衛隊が警護についていた。関係者以外はマスコミでさえ一切立ち入ることができない。

 そのおかげで、噂が噂を呼び、この強攻策に出た政府への市民の不信感は募るばかりだった。

「結構大げさになったみたいね」

 いつのまにやら頻繁に俺の家を出入りするようになった桜花が、リビングのソファーに寝っ転がってテレビを見ながら話しかけてきた。

 だが俺は返答する気はなかった。

 もうこの女には関わりたくない。それが本音だった。

「はぁ……」

 俺の気持ちを察したのか、桜花は立ち上がってリビングから出て行った。

 桜花が遥奈を殺した。

 俺から大切な物をまた1つ奪っていった。

 その事実が俺の心に影を落とし、憎しみという形でうじうじと腹の中にとどまっていた。

 ここ数日は食欲もあまり無い。

 ましてや学校に行く気など毛頭なかった。

 両親は共働きで、姉は学校。

 日中、この家にいるのは俺と、桜花だけだった。

 学校にも行けず、大和も遥奈もいない。

 俺はもう、日常に帰る術を失っていた。


「あら、桜花ちゃん今日は来てないの?」

 母さん――小野崎知代が、残念そうに聞いてくる。

「たぶん、もう帰ったよ」

 俺も知らない間に桜花は家の中から忽然と姿を消していた。

 ここ最近で母さんや姉さん――小野崎泉は、妙に桜花と仲が良くなっていた。

 まあ確かにあいつはちょっとしたアイドルだし、仲良くなりたいという気持ちはわからなくはない。

「そういえばお前、最近桜花ちゃんと仲悪いんじゃないか?」

 父さん――小野崎千早が、顎に生えた無精髭をいじりながら言った。

「もしかして、喧嘩でもしたのー?」

 姉さんが悪戯な笑みを浮かべながら寄ってくる。

「喧嘩……か」

 そうだな、そうかもしれない。

 しかし、うちの家族は変なところで勘がいいな。

 だが変な誤解をされていそうで嫌だ。

「そういえば隼、中間テストどうだったの?」

 出来上がった夕飯をリビングに運んでいた母さんが、思い出したように言った。

「国語53点、数学49点、英語58点……」

 俺は、予め記憶しておいた数字を羅列していく。

 全てまだ学校に行っていた頃に返却されたものだ。

「まったく、またそんな中途半端な点ばっかり取って……ちゃんと勉強したの?」

「したよ。出来る限り」

 もう過去の話なんだからいいじゃないか、と思うが、母さんはこういうところで無駄にうるさい。

「お姉ちゃんはもっと良い点取ってたのに……同じ育て方したはずなのにどうしてこうなったんだか」

 母さんは、やれやれ、と言わんばかりの表情を浮かべていた。

 そしてこうやっていつも成績優秀だった姉と比べられる。

 そのたび姉さんは今のような得意げな、そして俺を見下すような顔になる。

 だいたい、育て方で成績が決まるのなら苦労はしない。

「大学もどうするのよ。まだ決めてないんでしょ?」

「そのうち決めるよ」

 もう日常に戻ってこれない俺にとっては大学なんてもうどうでもよかった。

「そのうちそのうちっていつになったら――」

「そのうち決めるって言ってんだろ!」

 俺は思わず怒鳴り、勢いで席を立つ。

 そしてそのまま外に飛び出した。

「ちょっと待ちなさい、隼!」

 そんな声が聞こえたが、もうどうでもいい。

 何もかもが、どうでもいい。


「うー、寒っ……」

 真夜中の外は少しいつもより冷え込んでいた。

 俺は上着を出現させ、上から着こむ。

 俺は行くところもお金も無いので、小さな公園のベンチに座っていた。

 携帯電話の時計を見ると、午前0時をちょうど過ぎたところだった。

 思わずあくびが出てしまう。

「ふぁああぁぁぁぁああ」

 ふと、視界の隅に人影が見えた。

「桜花?」

 独りで真夜中にこんな静かな公園にいることからくる寂しさのせいか、あれほど憎いと思っていたはずの桜花に思わず声をかけてしまった。

 桜花はゆっくりとした足取りでこっちに来てくれた。

「こんなところで何してるの、隼。家出?」

「う、うるせーな。どうだっていいだろ」

 図星を突かれて、俺は少し恥ずかしくなってうつむく。

「隣、座っていい?」

 俺の目の前まで来た桜花が柔らかい表情で見つめてくる。

「……好きにしろよ」

 そんな桜花を見て、思わず可愛いと思ってしまった自分が恥ずかしくなり、ぶっきらぼうに返事を返してしまう。

 それを聞いた桜花はクスっと笑い、俺の右隣に座ってきた。

「桜花も、そんな風に笑えるんだな」

 初めて見た表情に、勝手に口から言葉がこぼれ落ちる。

「褒めてるの? ありがとう」

「……」

「……」

 会話が途切れてしまう。

 夜の静寂が2人を包む。

「何があったの?」

 桜花が静寂を破って聞いてきた。

 俺は、漆黒の空を見上げながら答えた。

「まあ、色々とな――」

 愚痴が、何か支えを失ったようにボロボロとこぼれ落ち始めた。


「へぇ、そんなこと考えてたんだ」

 溜まっていた愚痴を全て吐き出してしまうと、何だか心が軽くなった気がする。

 桜花に対する愚痴も、彼女は嫌なを顔せずに聞いてくれていた。

 喋り終わると、いつのまにか桜花に対する憎しみもすっかり忘れてしまっていた。

 許せる、という訳ではないが、もうそのことでうじうじ考えるのはやめよう、そう思えた。

「今なら、遥奈の気持ちもわかる気がするな……」

「え……?」

 桜花が不思議そうに首を傾げる。

「いや、こっちの話だ」

 その時、急に目頭が熱くなる。

「あれ……?」

 ボロボロと先程の愚痴のように、涙が溢れて出て止まらない。

「隼……」

 肩にそっと細い手が回される。

 桜花が、俺の肩を抱いてくれていた。

「私が、そばにいるよ」

 耳に息がかかり、少しくすぐったい。

 だがその言葉は、俺の心の芯まで暖めてくれた。

 例え、その言葉が偽りの言葉だったとしても。

 今こうして、誰かがそばにいてくれることが嬉しくてたまらなかった。

「うぅっ……あああああああっ!」

 俺は、桜花の胸の中で泣いた。

 喉も涙も枯らすほど声を上げて、泣いた。


「落ち着いた?」

 泣き止んだ俺に、桜花は優しく声をかけてくれた。

「ああ、ありがとう」

 自然と口元が緩む。

 しかし、些細な疑問が頭に浮かんだ。

「しかし、今日は何か優しいな」

「そう? まあ、隼は特別だからね」

 そう言うと、桜花はそっぽを向いてしまった。

 何かあったのだろうか?

 俺は頬を伝っていた涙を服の袖で拭うと、立ち上がり言った。

「さて、そろそろ帰るかな」

「そうしな。あの家には隼の帰りを待っている人達がいる。隼のことを必要としている人達がいる」

 そう言って立ち上がった桜花は俺に顔を近づけて、軽く唇を重ねてきた。

「桜花……」

「ここにもあなたのことを必要としている人がいるってこと、忘れないでね」

 そう言って、彼女は軽くウインクしてきた。

 その時だった。

 複数の銃声が聞こえてくる。

 少し近いかもしれない。

「いったいどうなってるんだ? まさか俺たちのことがバレたんじゃ――」

 その時、俺の携帯電話に非通知で着信が入る。

「こんな時に誰だよ……もしもし?」

『もしもし、初めまして。自分は“JWH”関東地区司令官、相馬宗也というものですが』

 電話の向こうから、若い男の声が聞こえてきた。

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