第一話〜終わりと始まりの異端審問〜
権力の象徴たらんとする、剣を掲げ市民を導く様に見える巨大な銅像、それが設置されている広場。
その像の眼下で、深紅のドレスを着た少女と鱗で覆われた尻尾が生えている少女が二人、背中合わせで立っていた。見渡す限りの敵という名のオーディエンスに囲まれて。
「……大分、追い詰められちまったな」
「最初から数では圧倒的に負けていますもの。その中でもよくここまで来たものです」
「確かにそうかもな。……なあ、 。お前、ダンスは好きか?」
息を切らしながらに、ドレスの少女はそう鱗の少女へと意地悪く笑みを浮かべ問いかける。
「ええ、まぁある程度は好きですけど……どうしたんです?」
一方で鱗の少女もまた、いきなりの話にぽかんとしながらも、息を切らしながら答えた。
「いや、好きならいいんだ。どうやら私が戦っている様はさながら踊ってるように見えるらしいからな」
「何とそれは優雅な。最もお嬢様らしい」
「んなこったいいんだよ。今はそんな高貴なもんじゃねぇし。ま、私としては願ったり叶ったりだけど」
ドレスの少女は自嘲気味に笑いながら首を横に振る。
お嬢様。かつてはそう呼ばれていて時期もあったなぁ……そう振り返るドレスの少女。彼女にとって今では随分と懐かしく感じる昔の思い出だ。
今にしてみれば悪くない思い出ではあるものの、もう一度あの頃に戻りたいか?と聞かれたら、速攻で首を振るであろう自信がドレスの少女にはあった。
「そうでしょうか?私からすれば初めてであった時から変わりませんけど。それにその深紅のドレス、とてもお似合いですよ?」
少し残念がる鱗の少女であったが、背中から伝わってくる熱に思わず口元が緩む。
何処の誰が野蛮だと言おうが畏怖の対象にしようが、今背中を預けている相手は小さな乙女なのだ。そう鱗の少女は思い返した。
出会った頃からずっと変わらない、小さくそれでいて果てしなく広い背中。
たくさんの旅路の中で教えてくれた。ワクワクするという事を。
「……あんがとさん。んじゃあさ、そんなお嬢様から一点頼み事があるんだけどさ」
「どうぞ何なりと、お申し付けください」
「私と一緒に一局、踊ってくれねぇか?」
「ふふ。私なんかでよろしければ、えぇ、喜んで」
心に思いながら鱗の少女は一切の迷いなく答えた。
そう。だから私はお嬢様について行くと、そう決めたのだ。心の高鳴りが止まらない。
真っ白で退屈なキャンパスに深紅の雫が落ち、広がっていく。あの時の感覚が再び鱗の少女の胸に宿る。
「バカ、お前だからいいんだよ。んじゃ、蹴散らすか」
ドレスの少女は先よりもっと悪戯に微笑みながら構え直した。
ドレスの少女も楽しくて仕方がなかったのだ。今、この瞬間に最高の舞踏会が始まろうとしているのだから。
「はい、そうしましょう」
高鳴った鼓動を冷まさないように、二人はそれぞれの形で舞い始める。
……そして後に奇跡的に生き残った残党は、目の前で繰り広げられたものを見てこう語った。
最早誰も皇女の行進を止められる者はいないだろう。と。
ーーーーーー
時は遡り、ここはグローリエ王国。今より四百年前、先代、故ヴィルエ・グローリエにより建国された、人呼んで《先駆けの覇王国》。当時戦々恐々としていた世界、サドレニア大陸にぽつり産まれ落ちたグローリエ王国は、瞬く間に東側諸国を飲み込むと大陸全土に緊張をもたらし、皮肉にも一時の平和を生み出したのだ。暫くし国家の東半分を海に、西半分を険しい山脈に囲まれる形を取る事で落ち着いたグローリエ王国は、他国の侵入を許さず、またその膨大な国土や潤沢な資源により自足面や貿易面でも数多ある国のなかで確固たる地位を築き上げ、後に世界三大大国の一国となるまでのし上がった。
さて、そのグローリエ王国で王都中央にある大広場の高台にたった今、一人の少女が後ろ手に縛られた状態で立っていた。
少女の名前はフィリア・グローリエ。このグローリエ王国における第三皇女の位置付けにあたる人物である。グローリエ王国に四人いる皇女のうちの一人であり、同時に聖剣の正統後継者のうちの一人でもあった。
他の皇女が礼儀作法や身だしなみに注力したように、フィリアは生まれてからというもの武に注力しており、その実力はグローリエでも五本の指に入るであろうほどには秀でているものである。
そんなフィリアの眼前で相対するは、この国の司法の要でもある教会のトップ、教皇ケールス・エラジオスであった。四十手前になるエラジオスは本来、身の潔白を表現した白いローブで身を包む筈であるが、なんとまあ全身を真っ黒いローブで身を包んでいるのだ。個人の好みだ。と、ケールスは言うものの、どうにも皇女にとってすれば気に入らない。ケールス自身も皇女という立ち位置にありながらも武に奔走する皇女のことが気に入らないらしく、この二人は互いに犬猿の仲であった。
さて、これから一体何が始まるのだろうか、具体的な内容を知らない広場を埋め尽くす国民が相対する二人へ一斉に視線を向ける。
そうして二人いや、広場全体に広がった厳粛な空気の中、ケールスの腹底まで響く低く鋭い一言が静かな広場に響き渡った。
「これからグローリエ王国第三皇女、フィリア・グローリエの異端審問を始める」
そう。これから始まるのは、慈悲など存在しない一方的な避難であり、同時に第三皇女の公開処刑だ。
集まった群衆が一斉にざわつき始める。それはそうであろう、一国民ましてや皇女であろう者が異端審問を受けるのだから。
異端審問。教義に反し異端であるかどうかを問うものであるが、実際のところそんなものは疾うの昔に狭義であり今では国に反するものを天秤にかけるまで広義になってしまっている。
ケールスは淡々と続けた。
「罪人、フィリア・グローリエ。君には二つ、罪状がある。今ここでその罪を認め改める気があるのならば、自身が犯した罪を、この大衆の前で告白するといい。さすれば、ほんの僅かではあるが情状酌量の余地を与えてやろう」
「は、何をいまさら。私は主張は変わらないわ。そもそもそんなこと知らないし、私が何を言おうがハナからそんな余地なんてないでしょうに」
「……愚かだな」
ケールスは首にぶら下げたネックレスの先、子供の手のひら程あるであろう十字架を手にフィリアを冷たく見下ろす。
「それでだ。君の罪についてだが、まず一点。これはかねてより忠告している事ではあるが、君のその相応しくない所作に関してだ。まあ、この際こちらについてはどうでもよい。問題は二点目、君に掛けられてる国家反逆罪についてだ」
「何を根拠にそんな戯れ言を」
あまりにも無茶な主張にフィリアは相も変わらず悪態を着きながら鼻で笑った。冷静に考えて、皇女たるものが国家反逆罪なんぞ起こすはずがないだろう。
だからだ。この場にいる誰もが理解していた。これは邪魔者を消す作業なのだと。先程フィリアが言ったように、彼女が何を言おうが何をしようが初めから結末はすべて決まっている。
フィリアはここで死ぬのだ。
「根拠……私も信じたくはないが幾つかあるのだ。まずは北部王国戦の件での報告。我々がかなり苦戦を強いられた戦だ、君も記憶に新しいだろう」
それが?囚われの身でありながら毅然とした態度で堂々とするフィリアにケールスは小刻みに爪先を地面に叩きつけ続ける。
「君がアイオーレ戦争時、北側諸国へ情報を流しているんじゃないか。こう言った話があるんだ。……動機もある。なんと言っても、あの戦争の総大将は君の最大のライバルらしいじゃないか。勝利した暁には、騎士団長への推薦があったとかないとか、まあ、私には分からん話だが」
ざわつく群衆をよそに、意地の悪い乾いた笑い声を鳴らしながらケールスは肩を竦めた。
アイオーレ戦争。今より二月ほど前に起こった、グローリエ王国が前線を押し込まれるほど苦戦した数少ない戦争の一つだ。
領土拡大を測り南下する北側諸国の連合軍に当初は圧倒していたが、王国北部にあるセレニュレイ山脈に戦線が移動してからというもの北側諸国の物資運搬が困難になり、次第に戦況は覆り最終的にはグローリエ王国の勝利で終わった戦争であった。
が、しかし。そう平和に戦争というものは終わらない。
「生きていたら話が聞けたが、もう死んだ者の話などどうあれ聞けないからな」
そう。正しくその戦争に参加していたアイオーレなるものが、殉死したのだ。享年は二十五歳であった。最後まで誇りをもって王国のために剣をふるい、勝利をもたらした。そんな彼を尊びこの戦争はアイオーレ戦争と名付けられたのだ。
だからいくら皇女だとしてもだ、敵国に情報を流し国の中でも騎士団長クラスの英傑を死に追いやったという事実が本当ならば、極刑も免れないだろう。
「ああ。あと、決定的な証拠が一つ。アイオーレ戦争時、北側諸国と談合する君を見たとの証言が多数寄せられている」
「はあ?」
有り得ない。眉を顰め、ケールスを見る。
こうもフィリアが驚くのも無理はないだろう、なんと言っても彼女はそもそもこのアイオーレ戦争に参加していないのだ。当時フィリアは修行の為グローリエ王国南西部に滞在しており、そもそもそんな北側の情勢なんぞ知る由もなかった。
「私も、君がアイオーレ戦争時に南西部にいたことくらい知っているさ。……が、それにしてはあまりにも証言の数が多すぎる。どうであれさすがに無視はできないのだよ」
「幻影魔法、変装の可能性は考えない訳?」
「無論考えたとも。真っ先にアイオーンがな。魔術師どもに頼んで解析させたところ、残念ながら君そのもので間違い無い事が判明したのだ。更に言えば君一人でこの王国を壊滅とは言わないものの、大打撃を与えることはできるであろう?」
「それは確かにそうかもしれねぇな。でもそれはあんたもそうだろう」
「そんなこと今はどうでもいいだろう。それに、様々加味した上での今回だ」
相変わらず減らず口を叩こうとするフィリアに呆れ溜息をつきながら教皇は続ける。
「一応聞いておくが弁解やその他あるか?」
「弁解も何も、そもそもそんなもの私は知らねえよ」
フィリアは鼻で笑いながら、ケールスを睨み返す。無論冤罪である以上フィリアには、知らない。と言うほかないのだ。
というか、本当に何の話か見当もつかない。
「だろうな。ああ、全く。残念でこの上ない」
分かり切っていたフィリアの回答に、ケールスはワザとらしく残念そうに首を振る。
その後五分、十分。幾つか二人は言葉を交わしたが、変わらずの調子で何とも埒が明かない。
しびれを切らしたフィリアは口火を切った。
「んで、これから私をどうするんだ?」
「無論、君を処罰しなければならない」
「親父はなんて?」
「好きにしろ。だそうだ」
「……だと思ったよ。あいつ、うちらには一切興味がないからな」
でしょうね。そう呆れながらに溜息をつくフィリアだったが、一切の興味がない。その言葉は何処か少し物悲しそうに響いていた。
王国であれ、皇女であれ。やはりといったことろだろうか、この時代における皇室の扱いには大きな差があるところが多い。親父。現国王、ベトル・グローリエは正にそれそのものであった。
グローリエ王国には第三皇女フィリアの他に三人、計第四皇女と、皇太子が二人いる。そのうち、寵愛を受けることが出来ていたのは、皇太子二人のみ。フィリア含む四人の皇女に関しては、放任も放任、何をしていようがどこでくたばろうが、ベトルにとっては微塵も興味がないことであった。
フィリアにとってすれば、そんなもの理解しているし、しょうがないものだと諦めているものの何か胸に引っかかる部分も多い。
「ま、なんにせよ忘れるなよ、お前にとってすれば邪魔者が消えて清々するかもしれないけど、これから殺すのは一国の皇女でもあり貴重な戦力の一角だぞ」
「何を自惚れているんだ?君の代わりなんぞ、この国にいくらでもいる」
言い返せない。フィリアは奥歯を噛んだ。
事実、皇女だろうがなんだろうがただの一個人にしか過ぎない。しかも、皇女だなんて大層な肩書きがありながらもこの国では然程大したものでもないのが拍車をかけている。
では武として見たらどうだろう。それも、剣聖の子という天賦の才があるだけでそれを除けばケールスのいう通り、確かに変わりはいくらでもいる。のだ。
「てか一番大事なことが抜けてる。そもそも私はこんなことやってねぇ」
しかしどうあがいても、最早どうにもできなさそうだ。もう何を言っても捨て台詞にしかならないだろう。
最初は戸惑いを見せていた群衆も今ではすっかり欺瞞に満ちた目つきをフィリアへ向けていた。
「この期に及んでまだそんな戯言を……」
「は、言っとけ。今にお前の腐りきったその頭ごと叩き割ってやんよ」
かける言葉ももうない。ケールスはフィリアに背を向け立ち去ると、後方で待機していた部下に刑執行の準備を伝える。
そしてケールスが手を振り合図した瞬間。彼の背後から無数の光の矢がフィリア目掛けて降り注いだ。
が、しかしだ。そのまま黙ってやられるほどフィリアもヤワじゃない。
非力ながらにも培ったその腕力で強引に縄を解くと、足掻かんと一歩一歩前へ進みながら降り注ぐ無数の光をギリギリで交わしてゆく。
「処刑人も居ないしどうやって処刑するつもりなのかと思ったけど、そりゃそうだよなぁ!私の一番苦手な属性で手数勝負!いいねぇ、良く分ってんじゃんか!」
声を張り上げ、ひらりひらり。服をかすめてもフィリア本人にその光が触ることはない。この為に設置された高台が崩れようがフィリアが姿勢を崩すなどということはない。それどころか、まるでこの圧倒的に不利な状況を楽しんでいるのかのように不気味に笑みを浮かべている。
この化け物相手に処刑人を用意したところで、恐らくは逃げられる。ハナからケールスは素直に処刑など出来るとは微塵も思っていなかった。
本来であれば高台から落ちた瞬間に、群衆との境として一番内側で構えている兵士たちが、その後ろにいる魔導士たちが追撃する筈であった。だがどうだろう。フィリアから溢れ零れる不気味さに誰一人とその場を動けずにいるではないか。
百余り。その数で一斉に押せば幾らフィリアであれど対処できはしないだろう。そんなこと、誰もが思いついているしそういう方面で話が進んでいた。だが、やはり誰一人動く気配がない。
……一人を除いて。
凡そこうなるであろうと予想していたケールスは惨めな部下たち兵士たちへの失意の中ご自慢の大斧を軽快に担ぎ上げ構えると、気圧されて動けずにいる部下諸共吹き飛ばし一直線にフィリアへと向かう。
「動けるのはやっぱお前だけらしいな。ケールス」
「……少々喋りすぎだフィリア。やはり君は“皇女”なんて崇高なものではない」
光の矢の連撃も終わり、土煙が舞う中。二つの武が静かに対峙した。
一瞬、言葉を交わした二人。そのコンマ数秒後、両者互いを目掛け地面を蹴る。
__________剣聖の子よ、来たれ。
突撃する最中、ケールスが最も面倒だとしていたことが起こった。
剣聖の子。フィリアの固有能力だ。無から剣を造り上げるだけならまだしも、それに関するありとあらゆる属性・技が使えるというあまりにもな能力である。
だからこそその隙を与えぬようにしていたのだが、この一瞬に発動の隙を与えてしまった。
後悔したところでもう遅い。ケールスの大斧、フィリアの剣。両者は激しくぶつかり合う。
「ようやくいい顔するようになったじゃねえかよ」
怪訝そうに顔をしかめるケールスにフィリアは意気揚々に語り掛ける。
剣聖の子が発動する前に叩き潰す算段だったケールスにとって、この状況は手痛い。が、最終的には自ら出迎えなければこの化け物は仕留められない。とも心の隅に置いていたのでまだ怪訝そうにするだけで済んでいた。
最も、そうでなければもっと楽だったのだが。
「……ただ少し面倒だなと思っているだけだ」
ケールスは大斧を振り回しながらフィリアの煽りに乗る。
今にして思えば、自身の背丈もある斧を振り回す教皇と剣を生み出し華やかに舞う皇女。何とも異質な空間なのだろうか。しかもそれが一般兵では目で追うのがやっとなほどなのだから猶のことだ。
一進一退。全くと言っていい、初めから全力で互角の勝負に息をのむ一同であったが、ことの顛末は意外にもあっさり訪れる。
「だが、もうそろそろ終幕だ。よくここまで頑張った。これはなるべく使いたくなかったのだが、仕方ない」
「何を。終幕なのはお前の……お前、まさかッ!」
そうフィリアが続けようとした中、遥か後方、遥か上空。ケールスがこうなった時に残していた最後の手段がフィリア目掛け加速する。
「この……クソ兄貴がぁあ!!!!!!」
その圧倒的で冷徹な闘気にフィリアが気が付き、振り返ったときにはもう遅かった。
遥か上空から一直線に飛んできたそれは、正にこの国で最も強く冷徹であるフィリアの兄、ラインス・グローリエそのものだ。
「全く、最期まで騒がしいやつだな」
鬼の剣幕で睨んでくるフィリアへ、ラインスはただ冷たく言い放つ。
すんでのところで反応するフィリアであったが、あと一歩及ばない。
ドサリ。音もなく断ち切られたフィリアの首が、その綺麗な白金の髪が地面に落ちた。先ほどまであれほど煩かった口も嘘のように静まり返り、転がっている。
そして程なく、その華奢な身体も力なく地面へと崩れ落ちた。
斯くして、フィリア・グローリエは齢十八でその短い人生に幕を下ろすこととなる。
せめてもの救いがあるのならば、痛みもなく最期を迎えられたことだろう。兄、ラインスの僅かな気遣いなのか、ただ冷徹が故に一撃で終わらせたのかは不明だが。




