06
放課後になると、当たり前みたいな顔をして逢坂君が教室の前で待っている。
私が廊下に出ると、無言で歩き出して、無言のまま校門を抜けて、無言のまま駅まで向かう。
沈黙が苦じゃないのが不思議だった。
普通なら気まずいのに、逢坂君だと、そこに会話を挟む方がかえって違和感になる。
私の家に着くと、彼はクロッキー帳を取り出して、私の部屋の隅や、窓際や、カーペットの真ん中で、気が向いた場所に座って何かを描く。
時々、ベッドに寝転んで、そのまま本気で眠る。
「逢坂君、寝るなら家に帰りなよ」
「ん……わかった」
その「わかった」が、即座に行動に移されたことは一度もない。
そして二十一時に店を閉店する両親たちが帰ってくる前に、彼は帰る。
玄関で靴を履いて、私の方にだけ体を向けて、
「じゃ、また明日」
そう言って、軽くキスをしていく。
毎日、必ず。
でも、それ以上のことは何もない。
触れ合いは最低限。
ヤリチンたる矛先を挫かれたから、リベンジのために虎視眈々とその機会を伺っている。
最初はそう思ったけど、逢坂君から繁殖を求める本能みたいな、ガツガツした雰囲気は感じない。
今日も彼は私の家にいて、絵を描いて、眠って、キスをして帰っていった。
これって、何?
全然わからないまま、翌日の昼休み、美波に話してみた。
*
「……って感じで、なんか毎日来るの。もしかして新種の座敷わらしなのかな?」
美波はウエハースを齧りながら、眉を寄せた。
「唯、それもう付き合ってるよ?」
「え?」
「どこからどう見てもカレカノじゃん」
「だって私、告白されてないよ」
「今どき告白なんて形式的なもんでしょ。実質付き合ってる、ってやつ」
私はいちごミルク牛乳のストローを噛みながら、机の木目をぼんやり眺めた。
付き合ってる……?
逢坂君と?
そういう感じでは……ない、と思う。
というか、恋っていうほどの感情が自分の中に見当たらない。
ただ、彼といる時間は嫌じゃないし、むしろ……落ち着く。
変な安心感みたいなものがある。
「筋通したいなら、聞いてみなよ」
美波は、反社会的勢力に属してそうな悪い顔で、にやりと笑った。
*
例によって私の家に来て、絵を描いて、気まぐれにベッドで寝転んでから帰ろうとしていた逢坂君を玄関で引き留めた。
「ねぇ。美波が言ってたんだけど」
「ん?」
靴ひもを結びながら、逢坂君は片眉を上げた。
「私たち……実質的に、付き合ってる?」
一瞬、手が止まった。
「だって、毎日迎えに来てくれるし、うち来て……その……キスもしてるし」
言ってから、一気に顔が熱くなった。
逢坂君はゆっくり体を起こし、真っ直ぐに私を見る。
「で、真鍋さんはどう思ってるの?」
「どうって……」
「俺のこと、好きなの?」
心臓が一瞬止まったような感覚がした。
逢坂君の声は、優しくも冷たくもなくて、ただ事実確認みたいに淡々としていた。
「……わからない」
逢坂君はまばたきを一度だけして、靴ひもを指先で軽く弾いた。
「そっか」
怒ったわけでも、落ち込んだわけでもなく、何の色もついていない声。
「じゃ、俺のこと嫌い?」
「嫌じゃないよ。嫌じゃないけど。恋い焦がれるとか、会いたくてたまらないとか、そういうのは、申し訳ないけど、まだない」
正直に告げると、逢坂君は少しだけ、小さく笑った。
「真鍋さん、面白いね」
「なにそれ」
「だってさ……わからないって言いながら、俺とキスしてるから」
言われて、胸の奥がざわりと揺れた。
たしかに、そうだ。
逢坂君が近づいてきても、怖くない。
触れられても、拒絶したくならない。
キスしても、嫌じゃない。
ただそれが恋なのかは、本当にわからない。
逢坂君はドアノブに手をかけて、少しだけ振り返った。
「じゃ、明日も迎えに行く」
「え、いいの? 部活は?」
「飽きた」
さらっと言って、ドアノブから手を離して私に近づく。
「忘れてた」
私の頬を両手で軽く包み込んだ。彼の指先は、いつも通り冷たい。
そして、またあの軽い、でもちゃんとしたキスをひとつ落としていく。
「じゃ」
ドアが静かに閉まる音。
家の中に、私ひとり。
胸の奥が、少しだけ——本当に少しだけ、あったかい。
これが好きに向かう途中なのか。
それともただの錯覚なのか。
自分でもまだ全然わからない。
でも、不思議が詰まった逢坂君のことを知りたいと思う気持ちだけは、確かに私の中に芽生えていた。




