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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第一章:不器用で、短絡的で、悲しい儀式
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04

 逢坂君が美術部だと知った数日後。


 美波はまた「デート行ってくるね〜!」と手を振って、木枯らし一番みたいに校門の向こうへ消えていった。


 私は、特に寄り道する用事もなく、ただ一人、我が家を目指して校門をあとにする。


 同じ制服を着た人たちが塊になって向かうのは、最寄りの駅だ。


 地元の子どもを集めた中学の時は、今よりもっと集団という存在が重要で、どこにも属さないで一人で歩いて帰ることは、まるで法を犯したみたいに感じていた。


 でも今は、バラバラな地域から通学するのが当たり前だからか、その感覚はずいぶん薄れている。


 アルバイトをする人もいるし、部活の人も、帰宅部の人も、放課後はそれぞれの行き先へ散っていく。


 それでも、友だちや恋人と歩く人たちの純粋に楽しそうな雰囲気に囲まれると、自分と世界との間に透明な壁ができたように感じる。


 その輪郭がはっきりするたび、自分だけが、この世界の喧騒から切り離された場所にいるんだと、強く意識させられて寂しさが倍増する。


 私は、生徒たちが群れをなして歩く大通りを避け、裏手にある人通りの少ない道を選んだ。


 細い道に入ると、急に世界から音が消えた。聞こえるのは、自分の靴音と、風に揺れる街路樹の乾いた葉擦れの音だけ。


 十月の光はまだ明るいけれど、細い道には建物の影が長く伸び、早くも冬の気配が滲んでいた。


 音楽でも聞こうと、イヤホンを取り出すために制服のポケットに手を入れた時、いきなり背後から腕を掴まれた。


「……え?」


 紺色のブレザーに隠れた腕を掴むのは、細くて長い指。掴むというより、逃がさないようにそっと押さえる、そんな微妙な力加減だ。


 何だこの手は?と、不審に思いながら振り向く。すると、そこには逢坂陽太が立っていた。


 相変わらず表情は読めない。


 黒い前髪の隙間から、冷えた目だけが真っ直ぐ私を見つめている。


「なに?」と短くたずねたけれど、彼は何も言わず歩き出す。


 でも、腕は掴まれたまま。


 なんで? どこ行くの?


 ていうか、なんで私?


 心の中は疑問だらけなのに、足は勝手に彼についていく。


 誰かに見られてたらどうしようとか、そういう大事なことを考える余裕すらない。


 少し歩いたところでやっと、逢坂君が口を開いた。


「……もう、続きはしないの?」


 淡々とした声。


 続き……って。


 もしかしなくても、不発に終わったアレのことだろうか。


「しないもなにも、たたなかったじゃん」


 言った瞬間、しまったと思った。


 流石に今のはデリカシーがなさすぎた。


 自分で自分の口をふさぎたくなる。


 でも逢坂君は傷ついたふうでもなく、歩く速度も変えず、表情も動かさないまま、ただ一言。


「眞鍋さんち、今日親いる?」


 突然のお誘いに、心臓が跳ねた。


 私の両親は地元の駅近くでカフェを経営している。だから、この時間は絶対に家にいない。


 でも、もう一度アレを彼とやる必要が、果たして私にはあるのだろうか……。


 腕を引っ張られたまま、そんなことを考えながら、駅の改札をくぐる。


 あ、完全に流されてるじゃん、私。


 でも、不思議と拒否する気持ちも湧かない。


 ホームに到着した電車に乗り込むと、ようやく逢坂君は私から腕を放した。


 電車に揺られながら、隣に並んでつり革を握る。


 私も彼も喋らない。


 まるで以前からそうしてたみたいに自然に隣に立って、揺れに合わせて腕が少し触れるたび、私は妙に落ち着かない気持ちになる。


 すでに彼には裸を見られたのに、制服を着て、ちょっと腕が触れただけで妙な気分になるなんて、だいぶバグってる感覚だ。


 私は窓から流れる情報過多な景色を眺めながら、無口な彼のことを考えてみる。


 二年E組。逢坂陽太。


 美術部で、女子からは翳りの貴公子と呼ばれている。


 来るもの拒まずなヤリチンで、今まで泣かせた女は星の数ほど。


 私が知っているのはこれだけ。


 クラスも部活も違うし、好きな食べ物も音楽も知らない。


 そもそもカレカノじゃないし、話したのだって先週が初めてだ。


 ふたりでこうして並んでいるのが、非現実的すぎるのに、どうしてか、妙にしっくりくる。


 結局、家に着くまで私は、一度も「帰って」と言えなかった。



✳︎



「ただいま」と誰もいない家に帰宅を告げる。


 おまけみたいについて着た逢坂君は「おじゃまします」と律儀に挨拶をした。


 玄関のドアを閉める音が、やけに大きく響く。


 なんでまた、この人を連れて帰ってきちゃったんだろ。


 自分の行動がよくわからない。


「これ、使って」


 この前来た時と同じ、お客様用のグレーのスリッパを床に置く。


 返事を返さない逢坂君は、玄関に飾ってある写真立てを凝視していた。


 横長のそれは、私の成長を記録した写真立て。


 ご丁寧にも二十一枚入る仕様になっていて、誕生から二十歳まで毎年一枚ずつ、現在進行形の私で埋められていく仕組みだ。


「これ、真鍋さん?」


 0歳の時の、赤ちゃんの写真を指差す逢坂君。


「たぶん」


「たぶん?」


「だって自分がそれだった記憶がないもん。あるとしたらこの辺から」


 私は左から四番目の写真を指差す。


「四歳?」


「うん。幼稚園でおままご遊びの時、父親における役割分担の比率で友達と喧嘩した記憶がある頃のわたし」


「ふーん」


 逢坂君は深く追求することなく、もう一つ飾られている写真立てに視線を移す。


 彼の視線の先にあるのは、両親と私、三人の家族写真で、高校の入学式前にわざわざ写真館で撮影したものだ。


 スーツを着て澄ました顔の達也(たつや)パパと、同じくスーツを着て柔らかい笑顔を見せる幸博(ゆきひろ)パパ。それから、緊張気味で強張った笑顔の私が写っている。


 いま、逢坂君頭の中に浮かぶのは、二択のうちのどちらかだろう。


 ――お父さんってどっち?


 ――お母さんはいないの?


 この二つの疑問は、高校生になった私にとっては大した問題ではない。でも、幼い頃から周囲の人間の好奇心を刺激しまくる、我が家における家族構成の核心に触れる疑問であることは間違いない。


 小学時代、私が周囲から浮いた存在だった原因も、突き詰めればここにあるし。


「真鍋さんって、写真写り悪いね」


 逢坂君は靴を脱ぎながら、明後日の方向からの感想をぽつりとつぶやいた。


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