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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第四章:これは恋ですか?
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 逢坂君と指を重ねたまま、しばらく静寂が流れた。


 キスの余韻で胸の奥が温かかったのに、ひとつだけ、どうしても聞かなければ前に進めないことがあった。


「ねえ、ひとつだけ、聞いてもいい?」


 私の声に、彼はわずかに瞬きをした。


「なに?」


「昨日キッチンに、こもれびの……ケーキ箱、あったよね」


「あったね」


 その返事は淡々としていた。でも、その淡々さが逆に不自然に聞こえた。


「誰が買ったか、知ってる?」


 繋いでいる手が、一瞬ぎゅっと強張った。


「どういう意味?」


「昨日、みちゃったんだよね」


「……何を?」


 私は、息を吸ってから言った。


「幸博パパが、逢坂君のマンションから出てくるところ」


「……そう、なんだ」


 声は落ち着いてる。でも、顔はまるで血の気が引いたみたいに白い。


 私から目線を逸らしているし、唇は固く結ばれている。

 これは、明らかに何か、知っている顔だ。


 心臓がざわっと波打つ。


「逢坂君のお母さん、誰からもらったとか言ってなかった?」


「言ってない」


「じゃ、なんでうちの店のケーキが逢坂君の家にあったんだろ。思い当たるフシとかない感じ?」


「思いつかな……あ」


 短く息を呑む。


 彼の発した「 あ」の一文字に、いろんな意味が詰まっている気がしたからだ。


 私はジッと逢坂君の顔を見つめる。


「真鍋さん、そんな顔で見ないで。襲いたくなる」


 突然の爆弾発言に、私の思考回路は完全にショートした。


「は、はい!? 襲うって、え、今、どんな流れでその結論に!?」


 私は慌てて、繋いでいた手を引っ込めて座卓の陰に隠した。


「いや、だって」


 可愛かったからと、告げる彼は耳まで真っ赤になっている。


「……ありがとう。逢坂君もイケメンで破壊力やばいから、気をつけて?」


「気をつけるって、何を?」


「……夜道とか?」


 逢坂君は一瞬、きょとんとした顔で考え込んだ後、「真鍋さんが俺を襲うってこと?」と大真面目な顔で聞いてきた。


「違うし」


「でも、前科あるし」


「それは……って、問題はそっちじゃなくて、逢坂君の家になぜうちの店のケーキがあったかってこと」


 話の矛先が危うくなったので、強引に話を戻す。


「さっきの、『あ』の意味はなに?」


 尋問する刑事になったように厳しく問い詰める。


「俺、休んでる時、こもれびに行ったから」


 逢坂君は吹っ切れたように暴露したあと、後ろ手をついて足を伸ばした。


「え、いつ?」


「二日目」


「パパのお店で何してたの?」


「絵、描いてた」


「うちの店、気に入ってくれてたんだ」


「あそこ、落ち着くから好き」


 店を褒められて、なんだか自分が逢坂君の中でより一層認められた気がして、嬉しくて胸の奥がぽかぽかした。


「って、だめだめ。謎を追求しなきゃ」


 私は探偵っぽく、眉間に人差し指を当てて、低い声を作った。


「どうしてパパたちは、逢坂君が来たことを私に教えてくれなかったんだろう。何かお店で事件とかあった?」


「事件なんてあるわけないし」


 呆れた視線を向けられた。


「昼間っから私服で、明らかに学校休んでますって状況だったから、不審に思って俺の親に言ったとか?」


「でもパパは、逢坂君の家を知らないはずだけど。逢坂君が教えたりした?」


「教えない」


 即答だった。


 じゃあ、なんで幸博パパは、逢坂君の家を知っていたの?


 逢坂君の家と幸博パパの接点が検討もつかず、捜査は行き詰まりを迎えようとした、その時。


「真鍋さんって、ドナーの母親に会ったことある?」


 突然の言葉に、思わず眉が動いた。


「ないよ。パパ達は、教えてくれないから。逢坂君は?」


「会ったことない。けど、知り合いに頼んだって」


「え、うちもだよ。知り合いに頼んだって」


「真鍋さん、誕生日っていつ?」


「3月5日」


「俺、3月1日。生まれた病院は?」


「セントラルクリニックの産婦人科」


「俺も……そこだ」


 空気が、音を立てて固まった気がした。


 私と逢坂君は、同時に視線を上げる。


「……これ、さ」


 私の声は震えていた。


「偶然、なのかな」


「……さあ。けど」


 逢坂君は、体制を直して、私の手を少し強く握った。


「俺たち、同じ病院で同じ年に生まれて、誕生日も近くて……お互い両親が同性カップルなんだな」


 私は喉がぎゅっとつまった。


 知らないはずの情報まで、頭の中で勝手に繋がっていく。


「まさか、だけど……」


「……まさか、な」


 二人して言葉を濁した。


 口に出したら、もう戻れなくなる気がしたから。


 でも、疑問のほうが大きく膨らんでいく。


 私と逢坂君のお父さんとお母さんって……。


「秘密を探るべきなのか……それとも、今のままでいいのか」


 私の呟きに、逢坂君はゆっくりと私を見る。


「真鍋さんは、知りたい?」


「……わからない。でも逢坂君が好き。だから怖い。でも、知らないことがあるのも怖い。つまり、逢坂君が好き」


 支離滅裂なことを言ってる自覚はある。


 でも、頭の中が混乱していて、言葉がうまく出てこない結果、逢坂君が好きなことを再確認した。


 心臓が、やたらとうるさい。

 息が、浅くなってくる。

 やだ、苦しい。


「真鍋さん」


 逢坂君の声が、優しく響く。


「落ち着いて」


「落ち着けないよ。だって、もしかしたら私たち」


「真鍋さん」


 彼は、私の両肩を掴んだ。


 そして、まっすぐ私の目を見た。


「今、確かなことは何?」


「え?」


「俺たちが、お互いを好きだってこと。それは確かだよね」


「……うん」


「それだけで、今は十分じゃない?」


 よく喋る逢坂君の声は、いつもより強かった。


「他のことは、後で考えればいいよ。今は」


 彼は、私を抱きしめた。


 強く、でも優しく。


「今は、俺がここにいる。真鍋さんもここにいる。それだけで十分だから」


 彼の腕の中は、温かかった。


 心臓の音が聞こえる。

 彼のか、私のか、わからない。

 でも、それが心地よかった。


「逢坂君……」


「怖いのは、俺も同じだよ」


 彼の声が、私の耳元で震えていた。


「もしかしたら、って考えたら、怖くてたまらない」


「うん……」


「でも、俺、真鍋さんを失うほうが、もっと怖い」


 その言葉に、私の目から涙がこぼれた。


「いじわる」


「え?」


「そんなこと言われたら、泣いちゃうじゃん」


 逢坂君は、少し笑った。そして、私の顔を両手で包み込んだ。


 親指で、涙を拭ってくれる。


「真鍋さん、キスしていい?」


「……うん」


 私は目を閉じた。


 唇が触れ合う。


 いつもより、深いキス。

 いつもより、長いキス。


 まるで、お互いの不安を消し合うような。

 確かめ合うような。


 彼の手が、私の背中を撫でる。

 私も、彼のワイシャツを強く掴む。


 離したくない。

 この人を、手放したくないから。


 キスが終わって、私たちは額を合わせた。


「真鍋さん」


「ん?」


「どんな真実が待ってても」


 逢坂君は、私の目を見た。


「俺は、真鍋さんが好きだから」


「私も」


 私は頷いた。


「私も、逢坂君が好き」


「じゃあ、大丈夫だね」


 彼は、もう一度私を抱きしめた。


「何があっても、俺たちは大丈夫」


 その言葉が、心に染み込んでいく。


 そうだ、大丈夫。

 何があっても、欠けたかけらがピタリとはまる私たちだからこそ、きっと乗り越えられる。


 沈黙の中で、心臓の音が二人分、重なり合う。


「……会議する?」


 震えそうな声で提案すると、彼は小さく笑った。


「うん。会議しよ」


 私は頷いた。


 ふたりで真実に近づくか。

 それとも今の幸せを守るため、立ち止まるか。


 私たちはお互いの気持ちを伝えあったその日、家族の秘密を探る共犯者として、最初の捜査会議を始めたのであった。


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